紅の野望
「な、な、な……なんだあれはああああ!!??」
極東第一学園内に存在する巨大なスタジアムに司会の声が響き渡る。中継映像を見ていた観客すべての声が止み、静寂が映像の壮絶さを物語っていた。
教師一同、特別観覧席で視聴していた南奈はこめかみに人差し指を当てて苦悶の表情をしている。その横で大きく笑い転げている幼女と見紛うほどの小さい女性が南奈の背中を強く叩きながら言った。
「やった! 本当にやったぞ、あの小僧!! あっはっはっは!!」
腹を抱えて笑っている赤と墨色のルーツカラーの髪の女性とは対照的に南奈は深くため息を吐く。
本当にやりやがった、あのバカ……。あれだけ使うなと念押ししておいたのに……。
中継映像は7秒もの間、サスペンドのテキストが表示され、次に中継が繋がった時には小鬼と兎が仲良く地面に寝転がっている映像が映し出される。
小鬼の表情はやってやったぞを存分に浮き彫りにしており、兎もどこか楽しげだった。
2人が楽しそうにしているのは百歩譲って良しとするにしても、南奈の計画は大きく路線変更をせざるを得ない状況だ。当初の予定ではこのグランドダンジョンで刃が姫野に勝利し、パートナーを組んで学園を代表するプレイヤーに成長させていくはずだった。
それがこんな公共の場で、しかも大々的に発表する羽目になるとは考えてもいなかった南奈はひどく悩む。
バシバシと背中を叩く女性にそれどころの話ではないと、少し声を荒げて告げる。
「言ってる場合ですか! あんのバカ。こっちの都合ってものも頭に……ああ! 総理やら、他の学園になんて説明すれば……!?」
「あっはっはっは……はあ。まあ、それはそれ、これはこれじゃろ。そも、あの小僧を手懐けると本気で思っておったのか? 昔から好奇心だけで動いているような小僧じゃぞ?」
「先輩はいいですよね!? 表立って謝罪会見をするのは私なんですから!? 方々になんて言えばいいのか、代わりに考えてくれません!?」
先輩、と呼ばれた女性は扇子を取り出して口元を隠す。幼い顔立ちなのにどこか妖艶な雰囲気を醸す女性は画面に映る楽しげな小鬼を見て、懐かしさを覚えた。
「なあに。いざとなれば余が声明を出そう。世界ランキング第5位九頭竜蓮の発言じゃ。総理だろうが、誰だろうが文句は言えまいよ」
いざとなれば任せておけ、と幼さの残る顔立ちの女性——九頭竜は濁った赤い瞳を光らせる。
世界ランキング第5位”強欲”の九頭竜。その名は世界中で知られており、かつ極東第一学園の理事長を務めながらランキングを維持し続けている強豪プレイヤーだ。
南奈とは極東第一学園に通っていた当時からの知り合いで、関係は先輩と後輩になる。ちなみに、大手企業へ就職しようとしていた南奈を極東第一学園に誘ったのも九頭竜である。
また、刃とは”アンダーワールド”内で何回も顔を合わせたことはあるが、まだ現実世界では顔を合わせたことはない。
目を細める九頭竜の視線の先には楽しげな小鬼がずっと映っている。
「やはり、欲しいな」
「……はあ。先輩の能力でもユニークウェポンは奪えませんよ。すでにウォーターフィールドで試したでしょう」
「わかっておるわ、ばかたれ。それでも欲するのが余であろう。奪えぬのなら取り込むだけの話。上手くやれよ、南奈。10年前とは違い、今はユニークウェポンの運用は必須じゃからな」
わかってますよ、と疲れた様子の南奈。
アレクサンダーが姫野にちょっかいを出しているのは前々から知っていた南奈だったが、予想外だったのはグランドダンジョンでアレクサンダーが姫野に手を出したことだった。てっきり、自分のレートを上げるために攻略を進めるものとばかり考えていたが、当てが外れた。
刃と姫野が戦うのは想定内だった。
しかし、そこにアレクサンダーが割り込み、加えて不参加の意を表明していた桜までもが現れるなど誰が予想できただろう。
イレギュラーなハプニングでずっと見ていた南奈の心労はピークに達していた。
せめてあと2ヶ月遅くにバレていれば……。
2ヶ月後に7大学園の合同合宿を計画していた南奈は、今ではなくそこでバレてくれればよかったのに、と眉をひそめる。
早い段階での、大々的な発表は南奈の望むものではなかった。
なおも頭を悩ませる南奈の背を再び強く叩いて九頭竜は言う。
「起こってしまったことに、後からこうなればよかったなどと思うな。昔から言っているじゃろう。物事は想像を超えてくる、と。お主はあの小僧を見誤ったのじゃよ。まぁあ? 余はこうなるであろうと思っておったがな」
「そのソースは……?」
「あのゲームバカが実力を隠せるものか。ここは天下の極東第一学園。日本で一番”アンダーワールド”が熱い場所じゃぞ。あやつより強いプレイヤーなぞごまんといるわ。それを見て、あやつが抑え切れるわけがなかろう。あっはっはっは!!」
再び噴き出す九頭竜。確かに一理あると自らの観察眼の甘さを痛感した南奈は映像に視線を移す。
グランドダンジョン”最も古き英雄譚”に参戦していた全てのプレイヤーが強制的にログアウトさせられていた。理由は明白。システムが予想以上の処理に当てられAIが危険だと認知し、プレイヤーを守るために強制的にログアウトさせたのだ。
これには会場もざわめく。さっきの映像もあり、観客の中には”黒塗り”というワードが飛び交っていた。
映像が映らなくなった時から、南奈の映像型デバイスに着信が何件も届いている。それらは国の官僚らや他学園の校長など様々だったが、今はすべて無視することにした。
今はただ、楽しそうにゲームをやりきった刃のことを思う。
思ったものとは違ったが、舞台は用意したぞ。お前が飽きずにゲームを全力でできる環境が整った。どうだ、刃。お前にとっての”アンダーワールド”は格別に楽しいだろう。
10年前とは何もかもが変わった。同じ部分も意義が変わった。刃にとって新しいとも言える”アンダーワールド”はさぞ楽しかろう、と南奈は息をつく。
そっと席を立ち、仕方がないと歩き出そうとする南奈を九頭竜が止める。
「どこへ行く?」
「記者会見の準備を。何はともあれ説明は必要でしょう。さっきから着信も止まりませんし」
「大変じゃなあ。もっとゆっくりすればいいものを」
「ゆっくりなんてしていられませんよ。曲がりなりにも私は極東第一学園の学園長ですから。それに——」
不敵な笑みを浮かべて南奈は九頭竜を見る。
「——ゆっくりしていていいんですか? 追い越しますよ、あいつは。相手が強ければ強いほど、登る山が高ければ高いほどにあいつは攻略という名の好奇心に勝てない。のんびりしていたら、たとえ先輩であろうともその好奇心の名の下に不知火刃は乗り越えていきますよ」
その発言に九頭竜は面食らう。
わずかな静寂があったが、次の瞬間には九頭竜はとても——それはとても楽しそうに微笑んだ。
「——ほう?」
まるで新しいおもちゃを見せられたかのように、無邪気に笑う九頭竜はどこか刃と同じ空気を含んでいた。
不知火刃の登場により2度、時代は動く。1度目はユニークウェポンの優位性で。2度目はプレイヤーの実力がレートでは完全に測れないという証明で。
南奈は振り返らずに特別観覧席を出て行った。その腹には大きく黒い計画を誰にも見せることはなく——。
さあ、予定とは違うが仕事を始めようか。国の優劣など問題にはならない。私は私のやり方で”アンダーワールド”をクリアする。
その思いは誰にも悟らせず、ただゆっくりと張り巡らせた10年の結晶が実を結ぼうとしていた。




