”黒塗り”
小鬼がトリガーを引く。撃ち出されたのは圧縮熱弾頭弾。その一撃は放射状に撃ち出され、約7秒もの間、超広範囲の熱放射を伴って砲身が焼き切れるまで続いた。
眼前に広がる景色を見て、姫野は呆然としていた。
圧倒的な火力。暴力的なまでの一撃は大量のリソースを割いている”最も古き英雄譚”の地形を一変させるどころか、破壊に対して処理が追いつかずに黒く塗りつぶされていく。
姫野の視線が小鬼へと向く。笑っていた。嘲笑ではない。心の底から”アンダーワールド”というゲームを楽しんでいるような無邪気な笑いだった。どのようにすれば、そんなにも楽しげでいられるのだろう、と不思議に思う姫野だったが、なぜか自分まで笑ってしまう。
ああ。こんなに楽しいのは何年ぶりだろう……。
使命感で生きてきた。いずれは日本を世界1位にするのだと育てられてきた。裕福な家庭に、厳しいけれど優しさを持った温かい両親に真心を込められて育った。
不満などあろうはずもない。ただひとつ。姫野に足りなかったのは——隣を歩いてくれる誰かだったのだ。
「——くしょう……ちくしょう——!!」
雷獣の最後の叫びが聞こえてきた。この”アンダーワールド”での死は現実の死とは全く関係ない。死んだところでレートが減って、獲得アイテムの一部を強制的に譲渡されるだけ。学徒であるアレクサンダーにとってはさしたる問題ではなかった。
破壊されていく体をそのままに、最後に見た小鬼の姿を脳裏に焼き付ける。こんなはずではなかった、とアレクサンダーは舌打ちをする。負けてもなお、姫野の隣にいるべきは自分であると考えていた。決してあんな小鬼などではないと。
結局、刃の放った一撃は射角の関係もあって第21層から第25層までを貫通し、大きく真っ黒なバグテクスチャを生み出した。
”千灯籠”が沈黙し、アイテム欄に戻ると、刃は地面に寝転がった。
「つ……かれたあ!」
長時間の対戦。人数不利と強敵との戦いはあまり経験したことがないため、限界を迎えていた刃の脳がこれ以上動くことを拒否した。未だ抱き寄せられたままの姫野は連れ添うように寝転がる。
”アンダーワールド”で空を見上げたことがなかった姫野にとって初めての空は、どうしてこれまで見上げなかったのかと思うくらいに綺麗なものだった。
そう思っている矢先、激しい衝撃で機能を停止していた中継カメラが息を吹き返したのを確認する。グランドダンジョン内に無数に設置されている中継カメラはAIによって最も熱いシーンを厳選して放送される。その映像は極東第一学園はもとより、各学園で放送されている。
今、このグランドダンジョン内で最も熱いシーンといえば10年前に突如として現れ、時代を変えた伝説のユニークウェポンのライブ映像だろう。となれば、復旧したカメラが映し出すのは……。
「ちょ、ちょ、ちょ! 離れなさいよ!」
「いで!? なんだよ。思いっきり蹴らなくてもいいだろ……?」
「いいから早く!!」
まず間違いなく復旧したカメラに姫野と刃——正確には兎と小鬼だが——が抱き合うように地面に寝転がっているシーンが激写されてしまう。両親も見ているとメッセージを受けていた姫野は、何処の馬の骨とも知らない小鬼と娘が抱き合っているシーンを見たらどう思うか。
恥ずかしさ半分、面倒ごと半分で兎は小鬼から離れた。
深く考えていない刃は何をそんなに焦っているのか、と呆れている。
よっこらせ、と上半身を起こした小鬼の瞳に大きく付けられた戦いの爪痕が映る。真っ黒に塗り潰されたバグテクスチャを見て、さっきまで笑っていた小鬼の表情が凍る。
……これ、まずくね?
桜によってその場のノリで切り札を切ったのはいいが、ゲームを楽しむがあまり、それによって起こる面倒ごとを考え忘れていた刃は、これから起こるであろう問題が脳裏に走って冷や汗をかく。
キョロキョロと辺りを確認すると、中継カメラが何台も設置されているのを確認した。隠しようがない大惨事だ。10年前ですら”千灯籠”の所有者を捜索すると言って連日ニュースになったくらいなのに、こんな公の場で使ってしまったら、どんなことになるのか。想像に難く無い未来の出来事を予想して、刃は天を仰いだ。
「や……っちまったあ——!?」
「今頃気づいたわけ!? あんた……どうしてくれるのよ!?」
「いやでも桜が……ああくそ! あっちにも、こっちにもカメラがあるじゃねえか!?」
若干話が噛み合っていないが、会話が成立してしまっている2人は、後の祭りで慌てふためいていた。
そうこうしているうちに、視界がブラックアウトする。直後にシグナルオフのテキストが映し出され、グランドダンジョン”最も古き英雄譚”から強制的にログアウトさせられたことを知る。
ポットが開き、刃は現実世界に意識を戻した。
ポットから顔をゆっくりと出して、周りを確認する。記者や報道陣はまだやってきていない。胸を撫で下ろしポットから体を出した。その時、目の前に金髪で長身の男が刃の前に立った。睨みつけるように刃のことを見つめている男は制服を着ていることから学徒であることは理解できた。ただなぜこんなにも睨みつけられているのかを理解できない刃は困った様子で男を見る。
「え……っと。何か?」
「——不知火刃。その面、覚えたぞ」
なぜか聞き覚えのある声。ついさっきまで聞いていたような声を必死に思い出そうとしていると、遠くから小走りで姫野がやってきた。
その姫野の表情がげっ、と渋くなる。
まだ思い出せない刃は姫野に知り合いなのかを聞いた。
「よ。姫野、こいつと知り合いなのか? なんかすげえ睨まれてるんだけど……」
「あ、当たり前でしょ!? こいつがアレクサンダー・ウォーカーよ!」
「アレクサンダー……ウォーカー……? あ。あの犬っころの——」
「雷獣だ! てめえ、どこまで俺様をバカにすれば気が済むんだ!?」
と言われても……、と刃は頬を掻く。
バカにしたつもりは一切なく、特徴が犬に似ていたからそう呼んだだけの刃は責められる謂れがなかった。
地毛の金髪を掻き上げて、アレクサンダーは刃を指差す。
「認めてやるよ。今回は俺様の負けだ。だがな。次は負けねえ。あんな隙のでけえ攻撃をむざむざと撃たせてやるもんかよ。いいか! 香織の隣にいるべきは俺様だ! てめえじゃねえ!!」
戦いには負けたが、勝負はまだ決着していない、と大声で突きつけるアレクサンダー。事実、刃の攻撃が成功したのは奇跡に近い。一歩間違えれば刃が戦いに負けていた可能性だって十分にあったのだ。
それほどまでにギリギリの戦いだった。
刃は首を縦に振って、それを素直に肯定した。
「ああ。次も同じように勝てるとは思ってないよ。——でも、すまん! 姫野は俺のパートナーなんだ。簡単に手放せる人じゃないんだよ」
手のひらを合わせて謝る。
その返答にアレクサンダーはもう一度憤慨しそうになった。
だが、それはまったりとした口調で押さえつけられた。
「あ、負け犬なの。遠吠えでもしに来たの?」
同じくポットから出てきたであろうツインテールの少女がアレクサンダーを指差して告げる。無表情なのに、どこか薄ら笑いをしているようにも見える口調から、怒りの矛先が刃から少女へと変わる。
「ああん!? ……くそっ。1位様かよ」
「桜は桜なの。1位様じゃないの。それより遠吠えはまだなの?」
「するか、んなもん! 場が白けたじゃねえか」
そう言って、踵を返してこの場を後にしようとするアレクサンダーが何かを思い出したかのように姫野の方を見る。
少し警戒している姫野だったが、数日前までの見えない壁が薄く柔らかくなっているように映った。
それを見て、アレクサンダーは少しだけ微笑んだ。
ああ、くそ。いい顔をするようになったじゃねえか。
今度こそこの場を後にしたアレクサンダーの背を見て、姫野は感謝と謝罪を、刃は次への期待を思っていた。




