篝火を灯せ
かつて刃は非凡なプレイスキルを持つプレイヤーの1人だった。弓兵でありながら近接戦闘を得意とし、卓越した慧眼を持つ刃は若干8歳にしてトッププレイヤーの南奈の目に留まるほどの優秀なただのプレイヤーだったのだ。
それがなぜ、山奥に引きこもり最前線から離れたのか。
刃には確信があった。このままでは自分は”アンダーワールド”というゲームを楽しむことができないという確信があったのだ。
10年前。特殊能力を持つものが優遇されがちだった”アンダーワールド”において、刃は特殊能力を持たず、その身一つで戦場を荒らして回っていた。それがある日、全てを覆してしまうアイテムを手に入れたことによって刃の考えはガラリと変わった。
日本対アメリカの影絵での一戦。刃はそのアイテムの試運転として参加した。そして、全てを根底から変えてしまった。それは世界がアイテムの優位性を問い直す機会を与えたと同時に、刃の楽しみを奪ってしまったのだ。
「まだ時間がかかるわけ!?」
戦況を一変させると約束した刃を守るため、兎は縦横無尽に立ち回る。矢を弾き、槍を退け、全ては刃の言葉を信じるがゆえに、全力を尽くしていた。
刃は凍結させたファイルがもうすぐ解凍されるのを見ながら、物思いに耽る。
桜も、姫野も全力で俺をサポートしてくれてる。昔とは違うんだ。南奈も言っていたじゃないか。10年で”アンダーワールド”は大きく変わったって。なら、時代が追い付いたって考えてもいいだろ。
若干8歳にしてアイテム採掘エリアをソロで最速タイムを叩き出したプレイスキル。刃は生まれる時代を間違えた。あまりにも早すぎたプレイスキルは各国からの注目を浴び、全ての人類が刃を取り合って戦いを始めた。
そんなものはゲームではない。ただのプレイヤーが1人いれば戦況が変わってしまうゲームほど、つまらないものはない。刃は”アンダーワールド”というゲームが退屈になってしまうことを恐れた。だから、山奥に引きこもったのだ。来たるべきその日に、真にゲームを楽しめるようになったその日のために。
解凍完了のテキストが映る。いくつものファイルが展開され、最後に出てきたアイテム名を凝視した。
「来い——」
愛銃の二丁拳銃をしまい、代わりに弩級の砲台を呼び出した。
久しぶりだな”千灯籠”。やっと……やっとお前を使える時代がやってきたぞ。
召喚された直径100メートルの砲台は物々しい音を立てて現れる。
それを見て、姫野は固まった。ラグが起きたわけではない。ただ驚いていたのだ。その砲台が、あまりにも10年前に自分を駆り出したものに似ていたから。姫野に”アンダーワールド”の楽しさを教えた奇跡に酷似していたから。
全員の視線が刃へと向く。刃が呼び出したものがとても危険なものだと直感したのだ。
時間がない。さすがの桜でも押されているのを確認したし、姫野もこれ以上はスタミナが保たないだろう。しかし、2人は5分の時間稼ぎに成功した。ここまで刃を連れてきた。
”千灯籠”のシステムがアクティブに切り替わる。
ハッとした兎が驚愕の声を上げた。
「な、何よそれ!?」
「すまん、待たせた! 姫野! あと少し、時間を稼いでくれ!」
「……ああもう! わかったわよ! やればいいんでしょ!?」
”千灯籠”の召喚には成功したが、実稼働にはまだ準備が必要だ。その間刃は動けない。表立った戦闘もできず、全神経を”千灯籠”に注がなければならない。
実稼働までおよそ5分。
桜と姫野にはあと5分時間を稼いでもらわなければならなかった。
だが、直感で危険分子を排除しようとするアレクサンダーたちの攻撃は激しさを増していった。極東第一学園の1位と8位が全力を尽くしても捌き切るのがやっとな攻撃の嵐の中、刃は急いで準備を済ませようとする。
「射角……固定」
金属と金属が擦れる音と共に、砲台はアレクサンダーたちへと向けられる。
刃の目に桜がアレクサンダーをどうにか押し留めているところが映る。やはり1位だ、と刃は感心した。劣勢ではあるものの、うまく相手の注意を引いて刃へと行かせない立ち回りをしてくれている。
「アンカーボルト射出……完了」
8本もの太いワイヤーが地面へと突き刺さり、砲台を安定させる。
姫野もすごい。いつもの姫野のパフォーマンスではできないことを、土壇場でやり遂げている。荒っぽいところが見えるが、それは実力以上のことをやっているからにすぎず、今もなおそのプレイスキルは上達している最中だった。
「銃身……固定」
刃は期待した。この劣勢がただの劣勢ではなく、世界が進歩したおかげであることを。人の限界が10年前より高くあることを。
ゲームを全力で楽しむには、それに見合った舞台が必要だ。10年前にはそれがなかった。無くなってしまった。待ちに待ち、待ち焦がれたこの瞬間こそ、刃が本当に欲しかったものだ。
全力を出してなお、勝てない相手がいる世界。本気を出しても許されるそんな世界を、刃は求めていた。
10年前のワクワクが戻ってくる。その手は震えていた。嬉しさのあまり緊張していたのだ。
「篝火を灯せ——”千灯籠”」
”千灯籠”に火がつく。それは順に銃身の先へと灯っていき、銃身が徐々に熱をおびる。それは陽炎のように空間を歪めて、存在感を強めていく。
ここまで来て、刃は姫野を呼んだ。
「姫野! こっちに来い!」
「はあ!? なっ……もう! わかったわよ!」
何か言いたげな姫野だったが、有無を言わざす側へと寄越した。巨大な砲台のトリガーを握る刃の横に姫野が立つ。
銃身が熱くなるまでもうすぐだ。あと1分……どうにか保ってくれよ、桜!
桜の方をチラリと見ると、刃へ近づこうとするアレクサンダーを桜が押し留めている。桜はまだ刃との約束である10分を稼ごうとしていた。それもあとたった60秒の辛抱だ。
しかし、その60秒があまりにも遠い。数的不利に、アレクサンダーの高速移動は本当に厄介だ。桜が気を逸らせば、雷に変化したアレクサンダーがすぐにでも刃の首を獲りに移動するだろう。それを防ぐため、刃は姫野を側に呼んだ。
これまで姫野が1人で相手をしていた弓兵と槍兵は刃に向かってくるが、それは許容範囲内。最悪、刃に気を取られている間に姫野に倒して貰えば済む話だった。
やがて銃身の熱が臨界点を突破し、艶やかな琥珀色へと変化する。
「熱臨界点……突破」
刃の目の前に映し出されるテキストが、次々とチェックされていく。小鬼は笑っていた。10年前、楽しみに打ち震えたあの時と同じように笑っていたのだ。
それを横で見ていた兎はこれが夢ではないことを悟る。予感はあった。異常なプレイスキル。南奈との交友。そして隠された過去。内心では考えないようにしていたのだ。もしも、刃が10年前に突如現れた、あの小鬼であったなら、自分はどのような顔で対面すればいいのかわからなかったから。
昔と比べ、楽しむ心を閉ざしてしまった姫野を見て、落胆されるのを恐れていたのだ。
だが、その必要はなかった。刃は、誰がどう見たって中毒者だ。こんなにも楽しそうに”アンダーワールド”をプレイするプレイヤーがどこにいる。
刃ならきっと、どんなアタシでも落胆することなんてないんだ、と姫野は小鬼を見て思う。
熱された銃身に専用の特殊弾頭が装填される。
「装填——」
全ての準備が整った。刃は桜に射程範囲から逃げるように叫ぶ。
「もう十分だ! 桜——」
しかし、物事はそう上手くは事が運ばない。
呼ばれた桜が一瞬だけ気を逸らした。その瞬間をアレクサンダーは見逃してはくれなかった。雷へと姿を変え、瞬く間に刃の背後を取って、嗤う。
「させねえよ」




