迅雷の雷獣
グランドダンジョン”最も古き英雄譚”開館4日目。刃は第21層まで至り、貢献度は130000を超えていた。対する姫野は100000とかなりの遅れを取っている。初日以降、刃と共に行動することはなく、分かれて行動していた姫野だったが、先行していたとある学徒の集団に嫌がらせのような阻害を受けていたのだ。
そのせいもあり、姫野は初日以降刃とは会話をしていない。
貢献度自体は誰でも閲覧することができ、刃は離れていく貢献度の差を見て難しい表情をしていた。
「姫野のやつ……何やってんだ?」
ところ変わって崖が目立つ高低差の激しい高原。そこのセーフポイントで一時休憩を取っていた刃が貢献度表を見て訝しむ。
明らかに貢献度を稼ぐスピードが遅くなった姫野のことを心配していた。誰かに邪魔でもされているのだろうか、と考える刃だったが、これは貢献度を稼ぐゲームだ。多少邪魔が入ったとしてもそれはゲームとして成り立っている。特に極東第一学園のトップ10に入る姫野を蹴落としたい人物などいくらでもいるだろう。
姫野を助ける……そんな考えが刃の中に浮かんだが、果たしてそれは正しいことだろうか。プライドの高い姫野が刃に助けを求めるとは思えないし、何よりこれは”最も古い英雄譚”の攻略以前に、刃と姫野との勝負の場でもあった。このまま貢献度に差が開くのなら、刃にとっては好都合と言えるだろう。
しかし、その好都合を許せるほど、刃は他力本願ではなかった。
やるならば、自分の力で、圧倒的に。
……ったく。しょうがねえな。
邪魔もなく競い合ってこそ、楽しいゲームだ、と刃は貢献度表を閉じた。回復したスタミナとヒットポイントを横目に刃はセーフポイントを飛び出した。
その頃、姫野の方は。
「何なのよ、ほんと!」
姫野が狙っていたモンスターを先回りして倒され、素早い動きの兎に合わせるように矢が放たれる。かろうじて避ける姫野だが、その視線の先には10体ほどの弓兵団がいた。崖でサイドを封鎖された一本道。その通路を塞ぐように弓兵が陣取っている。
「観念しろよ、姫野香織。お前はもう、詰んでるんだって」
もう一方を塞ぐ重武装の鬼がそう告げる。姫野はその鬼を睨みつけて吠えた。
「あんたたち如きで、アタシを止められるわけがないでしょ!」
姫野の特殊能力は自分よりレートの低い百鬼影の行動速度を低下させるというもの。それは効果範囲を半径50メートルをカバーするものだ。当然、重武装の鬼もそれの影響下にある。
速さでは分があると踏んで素早い攻撃で重武装の鬼に切り掛かる。それを防いだのは3体の槍兵の一突きだった。躱すので一苦労の姫野は一旦距離を取る。それを逃すまいと弓兵たちが一斉に矢を放つ。弓兵の行動速度は遅くすることができても、射出された弓矢にまでは影響が及ばない。つまり、姫野に向けられて射られた弓矢は単純に避けるか、撃ち落とす以外方法がない。
弓矢による波状攻撃で姫野はどんどん追い込まれていく。
背後には弓兵団。前方には重武装の鬼とそれを守る槍兵が3体。
どこかでスタミナとヒットポイントを回復したい姫野だが、セーフポイントでもプレイヤーキルが可能なグランドダンジョンではそれすらさせてもらえないだろう。
重武装の鬼の言う通り、詰み、だった。
一度死んで……だめ。またここまで戻ってくるのに時間がかかりすぎる。それにあいつの手下は低層にもいるだろうし……もう。
諦めるか。そんな考えが姫野の中に浮き彫りにされていく。刃との貢献度の差も大きく開いてしまった。ここから巻き返すことは困難を極めるだろう。何より、こんなにも邪魔をされては勝負もへったくれもない。
「しっかりしなさい、アタシ! まだ逆転の目はある! 25層以降ならあいつの手下はやってこれないはず。その分、貢献度稼ぎも難しくなるけど、もうその手しか残って——」
光が走った。
背後の弓兵団を飛び越して、芯に響く轟音と共にそれはやってきた。
「——残念だったな。それをするなら、もっと早くすべきだった。この俺様が来たからには、香織……お前の選択肢は——死、だけだ」
雷の如く現れたのは金の毛並みを持つ四足歩行の百鬼影。
雷獣をモチーフとした百鬼影は姫野の最も会いたくない人物のものだった。
「どこまでアタシの邪魔をするつもりよ——アレクサンダー・ウォーカー!」
「どこまでも。お前が俺様のものになるまでだ。姫野香織。諦めて俺様の嫁になれ」
アレクサンダー・ウォーカー。極東第一学園7位”迅雷”の渾名を持つプレイヤーだ。
姫野とアレクサンダーの縁は4年前に遡る。姫野のポテンシャルに目をつけたアレクサンダーが姫野に求婚し、こっぴどくフラれたことから始まる。
それから、アレクサンダーは自分の手下を使ってあらゆる方法で姫野の邪魔をしてきた。今回、姫野の貢献度稼ぎを阻害していたのはアレクサンダーの手下たちだった。
姫野は下唇を強く噛んだ。想定外だったのだ。アレクサンダーが到着するまでもう少し時間があると踏んでいたのだが、予想よりも早くに現着してしまった。
10体の弓兵と重武装した鬼とその取り巻き。さらには姫野よりレートの高いアレクサンダー。姫野は徐々に身動きができなくなった。
「ふざけないで! なんでアタシがあんたなんかと結婚しなくちゃいけないのよ!」
「俺様がお前の遺伝子が欲しいと思ったからだ。欲しいものは必ず手に入れる。それが俺様の流儀なんでな」
「体目的のやつにホイホイついていくわけないでしょ!?」
「まあ、そう喚くな。お前にとってもいい話だろ。ウォーカー家とのコネクションが得られるし、何より俺様の嫁になれる」
「どこがいい話なわけ!?」
話にならない。アレクサンダーは自分を至高の存在だと思い込んでいる。自分よりレートの高い6人も本気を出せば追い越せると考えているし、この世は自分のためにあると勘違いしているのだ。
そんなナルシストに姫野がなびくはずもなく。けれど、この状況を打破できる考えがあるわけでもない。
再び弓矢による波状攻撃が行われる。逃げ切ろうとした姫野の前に重武装した鬼が立ち塞がり、その手にある大きな剣によって、兎の両足が切断されてしまった。
”アンダーワールド”における百鬼影の欠損部位はスリップダメージに加えて足を失えば移動がほとんどできなくなるというデメリットが存在する。
重武装した鬼はそれを知っていてあえて兎の足を切断したのだ。殺さず生かさず、姫野に絶望を与えるため。
ジリジリと集まってくる魑魅魍魎。その真ん中にはアレクサンダーがいた。
何か。……何かあるはず。この戦況を打破できるだけの方法が……何か。
必死に考える。アイテム欄を開くが、欠損部位を回復するためのアイテムは高価すぎて手に入りにくい。姫野も切らせており、足を修復することはできなかった。
「さあ、答えを聞こう。姫野香織。俺様の嫁になれ」
……ああ。やっぱり。アタシなんかじゃ、こいつらには……。
諦めで手の力が抜ける。
口が勝手に許可を出すように開こうとする。
全ては自分の未熟さが引き起こした状況だ。もっと強ければ、こんなことにはならなかっただろう。学園1位になれるほどの実力者なら、こんな奴らには困らされなかっただろう。そんな思いが込み上げてくる。
悔しい。
弱い自分に姫野は涙を流しそうになっていた。
全てが終わるその瞬間。姫野とアレクサンダーの間に何かが飛来してきた。
「な、なんだ……!?」
舞い上がる土煙に驚いたアレクサンダーが声を上げる。
閉じかけていた目を開いて、姫野が目にしたものは、いてて、と頭をさする小鬼だった。
「ってて……やっぱ無茶するもんじゃないな。……って、姫野じゃん! 探したぜ!」
土煙と共にやってきたのは戦闘音を聞いて崖を飛び降りた刃だった。
あまりにも弱そうな外見と格好のつかない登場で姫野は唖然とする。
姫野を見つけて嬉しそうな刃だったが、周りの状況を見て首を傾げた。
「だ、誰だ、てめえ!?」
代わりにアレクサンダーが刃に向かって大声を上げるが、刃は至って普通に自己紹介から始めた。
「俺は不知火刃。……で、これどういう状況……?」




