グランドダンジョン”最も古き英雄譚” 下
グランドクエスト”最も古き英雄譚”が開館して4時間。50層までのマップピングが終わっているため、1層から10層までで貢献度を稼ぐのは基本的に学徒だけである。
加えて1層10万平方キロメートルだ。多くの学徒が溜まっていても通常のモンスターのリポップで賄える。学徒たちが低層で貢献度を稼いでいる中、刃と姫野は最短距離で15層に至っていた。15層は1層と違い草原ではなく、荒廃した街をテーマに作られており、家屋にモンスターが隠れている場合が多い。ゆえに2人は家屋の中へと突撃し貢献度を稼いでいた。
「グランドダンジョンの勉強は済ませているようね!」
「ああ! 挑むなら本気でやりたいからな!」
暗殺者の素早さは初期値が他のクラスよりも高く設定されており、代わりに防御が低く設定されている。対する弓兵のステータスはクリティカル値とスタミナが高く設定されている。
それ以降のステータス上昇はそれぞれレート上昇で手に入ったステータスポイントを振り分けることで上昇させることができる。
刃はクリティカル値と素早さとスタミナに均等に振り分けた。攻撃力は基礎値と武器で補っており、クリティカルを発生させれば雑魚敵なら一撃で倒せる程度の火力は出せるようになった。
素早さを上げたおかげで素早さに定評のある暗殺者の移動に一応ついていける程度にはなった。
刃は南奈からもらった”紅蓮・紅焔”を使い、アイテム採掘エリアで体に染み込ませた動きで容易くモンスターを撃ち抜いていく。その着弾位置は全て弱点部位。刃は10年のブランクをたった1ヶ月で感覚を取り戻し、その観察眼はパッと見たモンスターの弱点を一瞬で見抜き、その弱点を的確に撃ち抜いて行った。
姫野の方も素早い動きでモンスターを倒していく。姫野の特殊能力は対人戦でのみ有効なもののため、モンスターが姫野に怯むことはないが、それでも他のプレイヤーと比肩しても素晴らしいプレイングと言えるだろう。
「もう一段階ギアを上げるわよ! ついて来られるかしら!」
「やってやるぜ!」
さらに加速した姫野は1分で10体のモンスターを倒していく。その速度に僅かに追いつけない刃はリーチの長さでその加速に喰らいつく。
やっぱり、強い……っ!
わかっていたことではあるが、姫野は強い。何より1ヶ月前のプレイングとは桁違いに百鬼影の動きが洗練されていた。刃の知らないところで、姫野も訓練を行なっていたのだ。2度の敗北はあり得ない、と傲慢にも自分の強さを切り詰めた。
その結果が今の姫野の姿だった。
しかし、刃は焦らない。姫野が強いことは初めから知っていたことだし、何より自分との戦いでこんなにも本気になってくれたのなら、それに応えるのがゲーマーの心得というものだ。
こうして2体の百鬼影は15層を縦横無尽に立ち回っていた。
貢献度は刃が2500、姫野は2550。と大きくかけ離れているわけではない。だが、その僅かな差が絶妙に縮まらない。倒しているモンスターの数が僅かに姫野の方が多いのだ。
中距離のモンスターをメインで倒している刃に対して姫野は近接。差をつけていたのは姫野の立ち回りだった。孤立したモンスターを倒していくのではなく、ある程度群れを成しているモンスター群に突っ込んで数秒もしないうちに倒し切ることを繰り返している。これのおかげで姫野は刃との差を維持していた。
「——さすが姫野! でも……っ!」
刃は大きく飛んで回転しながら、複数のモンスターを一気に討伐した。これで貢献度は同値となる。刃の特異な行動に姫野は少し焦りを見せた。やはり、一筋縄ではいかない、と姫野はさらなる加速を開始する。
家屋の壁を蹴って別の家屋内に侵入し、隠れているモンスターを狩っていく。再び広がった貢献度の差に安心感を得る。
刃もすぐに追い越されるとわかっていたため、冷静に眼前のモンスターおよび集中した聴覚で隠れているモンスターを狙い撃つ。
これまで刃の攻撃は1発たりとも外れていない。しかもそのどれもクリティカルで攻撃力の低い刃でもモンスターを一撃で倒すことができた。
互いに集中力を欠かすことのできない戦いをこれで5時間続けている。歴戦のプレイヤーでも5時間も連続で集中することは至難の業だ。まして、2人は一度たりとも休憩を挟まずに駆け巡っている。
「くっ……! まだ……っ!」
「お、りゃあああ!!」
雄叫びが荒廃した街に木霊する。
限界を超えた戦いは2人の精神を大きく消耗させる。相手が立っているのなら、先に倒れてはならない、と2人は気合だけで百鬼影を操作する。ハイスピードな戦闘に、もはや2人は感覚だけを頼りに戦っていた。
そして迎えたグランドダンジョン”最も古き英雄譚”初日終了時間。強制的にポットが暗転し、操作不能になった。肩で息をする刃の目の前に映ったのは今日の合計貢献度6794のテキスト。ここで順位はわからないが、姫野と大きく離れた点数ではないだろう、と考える。
大量の汗を拭って髪を掻き上げた。
ポットが開き、外へと出る。すると、いち早くポットから出ていた姫野がそこにいた。
「——6795。あんたは?」
「6794。な、言っただろ? いい感じに追いつけるって」
「……言ってなさい。ここから先のモンスターは強くなる。本番は明日からよ」
「へーへー。心しておくよ」
それはそうと、と姫野はタオルを刃に投げる。それをキャッチした刃はちょうどタオルが欲しいところだったんだ、と大量の汗を拭き取っていった。
5時間も集中していたせいで、ちょっとした眩暈が刃を襲う。倒れそうになった刃を姫野が支える。
「わ、悪い……」
「あんた寝てないんでしょ。そうじゃなきゃレートを3倍も増やせないもの。……バカね。ゲームはゲームなんでしょ?」
姫野なりの心配を見せたのだが、刃はケラケラと笑う。
「ゲームは……ゲームさ。そこに楽しさがあるから、命を賭ける意味がある。楽しいことのためなら、寝食も忘れるくらい没頭するもんだろ?」
目眩を克服し、刃は自分の足で立つ。借りたタオルも姫野に返し、ニッと笑って見せた。
姫野は、もしかしたら認識を間違っていたかもしれない、と思い始めていた。初めはただのゲーム馬鹿だと一蹴していたが、今ではそう思わない。刃は……不知火刃という男は本気で”アンダーワールド”というゲームを心の底から楽しんでいる。寝食も忘れ、倒れそうになりながらも、常にその目には子供のように輝いている。
こんなにも眩しいものだったのね……。
ふんっ、とそっぽを向いた姫野は心の中でそう思う。
今はまっすぐに刃を見ることはできないが、いつの日かその輝きを堂々と見ることができるだろう、と姫野らしからぬ先の見えない未来を見据えた。
外は”最も古き英雄譚”を攻略していたプレイヤーやハイライトを観戦していた観客で賑わっている。今の2人の状態ではその騒ぎに紛れる元気はない。
姫野は刃の肘を掴み、無理やりに引っ張る。
「お、おい。どこ行くんだよ……?」
「あっちは人が多いわ。そんなフラフラの状態で人混みに紛れたら倒れるわよ? こっちに人通りの少ない道があるから、そっちから帰りましょ。ついでに夜ご飯も付き合いなさい」
「ついでって……。まあいいけどさあ」
姫野の言い方に何か言いたげな様子の刃だったが、今は疲労でそれどころではない。ここは姫野についていって消費したエネルギーを補給することが先決だと判断し、引っ張られるがままに歩き始める。
こうして2人は人通りの少ない道を進んで比較的人混みの少ないレストラン街へと向かうのだった。




