グランドダンジョン”最も古き英雄譚” 上
それからの1ヶ月間。刃の睡眠時間を削った必死のレート上げにより常人では到底達成することができない刃の計算上のレート1600より少し下回ったレート1550まで上り詰めることができた。獲得アイテム数も多く必要なものだけを残して全て売り払った。
学園では密かに刃の躍進にちょっと噂となっていた。やれ姫野の新しいパートナーがすごい勢いでレートを上げていること。やれよく見かける小鬼の百鬼影が凄まじいスピードでアイテム採掘エリアをクリアしていること。どれも尾鰭が付いた噂だろうと眉唾なものとして扱われる中、それを真実にする刃の行動は少なからず注目を浴びていた。
そして迎えた勝負の日。すなわち極東第一学園が保有するグランドダンジョン”最も古き英雄譚”の開館日。学園内はいつにも増して賑わっていた。その理由は外部の企業や国から派遣されてきた傭兵たちが多く参加していたからだ。
学園内でも非戦闘民の学徒がレアアイテムやちょっとした食事など屋台を開いていた。その姿は大きい祭りに匹敵する。
「さあ! それでは、今回最も注目されている極東第一学園の第1位! 桜・ウォーターフィールドさんからグランドダンジョン”最も古き英雄譚”へ向けての意気込みをどうぞ!!」
開館時間までの催しとしてゲストで呼び出された桜が壇上でマイクを渡される。この催しはあらゆる映像機器で生中継されており、全員が桜の言葉を待っていた。
いつものように眠そうな表情の桜はマイクを受け取って、ただ一言だけを告げた。
「桜は参加しないの」
会場を含め、学園内の全員が黙った。
司会の人ですら状況が飲み込めないといった表情で固まったままだった。
ただ刃だけがそれを聞いて残念そうに息を吐く。
ハッ、となった司会者が驚きを隠せないまま桜へと問いかける。
「え、ええ!? ウォーターフィールドさん不参加なんですか!?」
「そうなの。参加するのが面倒なの」
「め、面倒って……こんな一大イベント滅多にないんですよ!?」
桜らしいな。
不参加の理由がどうしてか桜らしいと感じた刃は、少し笑う。その横にいた姫野がムッとした顔で刃を見た。
「——なんだか、楽しそうね」
「そりゃあ、これからグランドダンジョンに挑むんだぜ? 楽しくないわけないだろ」
「そ。約束……守ってもらうから」
「ああ。勝って、姫野に”アンダーワールド”の楽しさを教えてやるよ!」
「そっちじゃない! アタシが勝ったらあんたのこと全部教えてもらうから!」
あ、そっちね。
自分が負けるなどと微塵も考えていない刃はちょっとズレた答えを言ってしまった。
グランドダンジョン参加者は学園内にあるスタジアムで待機していた。周りを見渡すとグランドダンジョン攻略に際しての作戦会議やミーティングをしている人たちが目立つ。この人たちはパーティーを組んで挑むのだろう。そっちの方が攻略は容易いし、なんと言っても王道だ。グランドダンジョンをソロで潜るなどメリットの少ない行為だ。
だから、てっきり姫野もパーティーを組んで勝負をするものだと考えていた刃は1人でいる姫野に意外だな、と思っていた。
姫野がパーティーを組まなかったのは単純にパーティーを組む相手がいなかったから。伊達に孤高の”アル=ミラージュ”などと呼ばれておらず、こういった大きなイベントでも姫野を仲間に引き入れようとするものはいなかった。加えて、姫野は1人で刃に勝たなければ意味がないと考えていた。
と、姫野との会話もそこそこに視線を映像に戻す。
「桜が参加しても意味がないの。頑張っても50層までしか行けないの。桜は頑張りたくないの」
「い……いやあ……あの、本気で言ってます……?」
「……? 何かおかしいの?」
グランドダンジョン”最も古き英雄譚”は現在50層までしか攻略が終えていない。理由は50層ボス”荒れ狂う金獅子”が強すぎて20人のパーティーでも突破することができなかったからだ。しかし、グランドダンジョンの敵はアイテム採掘エリアにいるモンスターよりも強大で、20層以降の敵はソロ攻略が難しいとされている。
桜の発言はソロで50層までは頑張ればいける、とある意味で挑発をしているものだった。それを聞いたパーティーを組んでいるものたちはイラッとしている。
それでも文句のひとつも出ないのは、桜の強さを知っているからで、企業や国の傭兵でさえも桜のことを一目置いている。できることなら桜を勧誘し、戦力の増強を見込みたいからだ。
横目で周りの反応を見ていた刃は、桜の知名度の高さを知って少しだけ驚いていた。
「で、ですが、もしかしたら1位の座も危ういのでは……」
「……? 本当におかしいことを言うの。桜のレートは10000なの。2位とダブルスコアなのに誰が桜を追い越せるの?」
「い……いや、でも……ほら、グランドダンジョンで頭角を現すプレイヤーがいるかもしれませんし……」
「それならそれでいいの。面白い人が増えるのは桜も歓迎なの。でも、桜を越えることはできないの」
「そ、それは……あ! そろそろ時間になります! 参加プレイヤーの皆様は指定のポッドへ!」
グランドダンジョンへの参加はスタジアムに設置された特設ポットでのみログイン可能になる。これがグランドダンジョンと影絵の違いだ。影絵は刃の持つ映像型デバイスでいつでも参加可能だが、グランドダンジョンは各学園に設置されたポットを介してでしか参加することができない。
そのため、学園にはたくさんの人が集まる。そこで商いをすることで実に多くのバーツが動くのだ。
経済を回す役目も果たしているグランドダンジョンの開館はそれだけ一大イベントとなる。
刃は伸びをして呼吸を整える。新しい楽しみに武者震いと緊張が襲ってきたのだ。けれど嫌な感覚はない。むしろ早く始まってほしいと思っていた。
指定されたポットの前に来て、乗り込もうとしている刃を姫野が呼び止めた。
「あんた、ほんとにアタシに勝つつもり?」
「……何を今更。勝てる勝てないじゃなくて、やるかやらないかだろ。何事もやってみなくちゃわかんないしな!」
「……そう。まあ、頑張るといいわ。応援はしないけど、全力で相手してあげる」
「もちろん! そうしてもらわなくちゃ楽しくないからな!」
刃の発言を経て、姫野は少し嬉しそうに微笑んだ。久しぶりに自分に歯向かってこれる人間が現れたことが嬉しかったのだ。姫野は、姫野であるかぎり”アル=ミラージュ”であることを変えられず、孤高の兎は群れることを許されない。そんな姫野の前に対等であろうとする人間が現れた。これがどういう意味を成すかを刃は知らない。
もしかしたら、と姫野は思う。
淡い期待と言われてしまえばそれまでだが、期待せずにはいられない。刃なら、自分に見合ったパートナーとなれるのではないか。そんな泡沫の思いを胸に、姫野は踵を返す。
立ち去っていく姫野を眺めて、刃は心の中で決心する。ゲームはゲーム。ゲームは最も楽しんだものが勝つシステムだ。だからこそ、ゲームには命を賭ける意味がある、と。
ふわっと、寝不足気味であくびが出た。1ヶ月で無理にレートを上げた支障が今出てきた。
パシッ、と頬を叩いて目覚ましとする。首をブンブンと振って、今から始まる楽しいゲームを心の底から楽しもう、と開いたポットに駆け込んだ。
「それでは皆様、準備は宜しいですかあ!? これよりグランドダンジョン”最も古き英雄譚”……開館です!!」
ポットが起動し、目を開くと視界いっぱいに広がる草原がある。遠くには猪のようなモンスターの群れがいくつかあり、周りには多くの魑魅魍魎たちが立っていた。
期待と不安、楽しさを握りしめて、小鬼は草原を駆け出した。




