極東第一学園第1位
「——な、な、な……」
桜を連れた刃がフードコートに到着すると、すぐに姫野を見つけることができた。というのも姫野の席の周りには一線を引いたようにガラリと席が空いており、非常に目立っていたからだ。
姫野も刃のことを見つけたまではよかった。問題となったのは刃の手を握っていた少女で、姫野は明らかに動揺した様子で言葉を詰まらせていた。
「お待たせ。……って、どうした?」
またしても自分の状況をわかっていない刃は、刃と桜を交互に指差しながら固まっている姫野に対して素っ頓狂な言葉を投げかける。
桜は意外な組み合わせだ、と心の中で含み笑いをし、この状況を楽しんでいた。
ようやく冷静さを取り戻した姫野は深呼吸を何度かして、桜を指差して刃へと問いかける。
「なんで、あんたがこいつと一緒にいるわけ!?」
冷静さを取り戻したとはいえ、驚きまでは隠せなかった姫野の声は叫びに近かった。
なぜ桜と一緒にいるのか。という問いかけに対して、刃はたまたまメロンパンを買いに行ったら見かけたので、つい声をかけてしまっただけだと言おうとして、少し考える。
姫野はツンケンしているが、見た目は可愛らしい女の子だ。その女の子が自分とお昼ご飯を一緒に食べようと誘ってくれたのに、別の女の子を連れてやってきたら誘った側はどう思うだろう。
鈍感な刃でもそれがいけないことだということは理解できた。桜を連れてくる前に一言連絡をすればよかったと後悔しつつ、自分が姫野の連絡先を知らないことを思い出して、回避できなかった現実だと再認識する。
「いや……ちょっと通りがけでメロンパンを買えなくて可哀想だったから……な?」
賛同を得ようとして桜の方を見る。視線に気がついた桜も刃を見つめて、小さく頷く。
しかし、姫野の聞きたいことはそれではなかった。刃が今、手を繋いで一緒にいる人物が一体誰なのかを理解しているのか。その事実をちゃんとわかっているのかを聞きたかったのだ。
おおよそ全てを理解している桜は、今の現状を大いに楽しんでいた。困惑する刃と焦る姫野の噛み合わなさがダークブルーのツインテールの少女にはことさらおかしいものに映ったのだ。
姫野はラベンダー色の髪を揺らして首を振る。
「そうじゃなくて! こいつが誰なのか知ってて連れてきたわけ!?」
「誰……って。桜・ウォーターフィールドだろ? さっき名前を聞いたよ」
「名前……ああもう! ほんとに何にもわかってないじゃない!」
はて、姫野は一体何をそんなに声を荒げているんだ……?
困った刃は桜を見る。
くすくす、と笑い声を漏らす桜を見て、状況を理解していることを悟った。説明を求めようとしたが、それは荒ぶる姫野によって阻害される。
「こいつはね! ”時雨”の渾名を持つこの学園で一番強いプレイヤーなのよ、わかってる!?」
”時雨”。編入初日の刃は聞いたこともない渾名だった。だが、プライドの高い姫野が学園一強いと言っているのなら、それはおそらく真実なのだろう、と刃は桜を見つめる。
幼い容姿でも完成された美を彷彿とさせる美しい少女。決して戦いなど似合いそうにない姿だが、学園一という称号は真実だ。見た目と反して桜はこの学園で一番強い。
刃は大袈裟に驚くことはなく、意外だと思っていた。加えていうなら、パン屋の前で感じた同じ匂いの正体にも見当がつく。学園一強いのならば、それは”アンダーワールド”というゲームを一番楽しんでいる学徒であるはずだ。同じく”アンダーワールド”を楽しんでいる刃がシンパシーを感じるのは自明の理というやつだろう。
想像よりも桜の正体を知って驚かなかった刃を見て、桜は嬉しそうにする。
「ま、まあ。出会ったのも何かの縁だし、一緒に昼ご飯にしようぜ?」
「あ、あんたねえ……なんでそんな平気な顔でいられるわけ!?」
「姫野香織。刃がこう言ってるから一緒にお昼を食べるの。これは決定事項なの」
「なんであんたもノリノリなのよ!?」
普段、学徒の名前なんて覚えない桜だが、例外は存在する。両親と自分を楽しませてくれる人物だけはちゃんと名前を覚えているのだ。けれど、それは学園トップ10に入れるほどの実力者でなければならない。桜が刃を覚えたことは例外中の例外に当てはまる。何しろ、刃が離れないように手を握るほどに興味を抱くことは滅多にない。
言葉にならない感情で、とりあえず席に座る姫野は肘をついて大きくため息を吐いた。
若干の居心地の悪さを感じながら、刃も席につく。桜は刃の横にピッタリとくっついて座り、懐いていることをあらわにする。
フードコート内が一層ざわついた。雑多な会話で3人には聞き取れないが、桜がいること、姫野が男と食事をしようとしていること、3人がひとつのテーブルに座っていることを不思議がっている様子だった。
早速昼食を食べ始めたのは桜だった。小さい口で大きめのメロンパンを齧る。もぐもぐ、と可愛らしく咀嚼している姿は愛らしい。
刃も買ってきたカスタードメロンパンを食べる。美味しいとは聞いていたが、カスタードとメロンパンの甘さがマッチしていて食べやすさと満足感を両方満たしてくれる逸品だった。
2人の様子を見て姫野は気が気じゃなかった。
「……それで? 学園1位様と食事をして、なんの目的があるわけ?」
「目的って……ただ一緒にお昼をしてるだけだろ?」
「そうなの。誘われたから来ただけなの」
「普段、誰も寄せ付けないオーラを発してるあんたがなんで刃にベッタリなのよ! おかしいじゃない!」
「桜は桜なの。あんたじゃないの」
荒れる姫野を涼しい顔で押さえ込む桜は自由気ままといった様子。刃も姫野が何を勘ぐっているのかわからなかった。
学園に入ったらやることといえば、勉強と友達作り。その友達とゲームをするのが夢だった刃にとって、桜は初めてできた友達のようなものだ。姫野も……まあ、刃の中では友達だと認定しているが、それを言葉にすれば姫野は怒るだろう。
仕方なしにサンドイッチを食べ始める姫野。だが、その目は2人を映してままならない感情に怒りを覚えていた。
そうこうしているうちに、3人の男子学徒が姫野の横に立つ。ニタリ顔で姫野の肩に手を置くと。
「姫野香織。アレクサンダーさんがお呼びだぜ?」
ビクッ、と体を震わせる姫野。食事をする手が一気に止まってしまった。
刃はそれを見て、またか、と連れて行こうとする手を止めるために立ち上がろうとした。けれど、腕を引っ張られて立ち上がることができなかった。
邪魔をした桜を刃が見る。すると、桜の視線は誰よりも冷たいものに変わっていた。
「見てわからない? 今、食事中なの。だいたい、手下に命令するんじゃなくて、本人が来たらどうなの? それとも、あなたたちのボスは礼儀っていうものがないわけ?」
「なっ……ひとりぼっちの”アル=ミラージュ”がアレクサンダーさんを馬鹿にするつもりか! いいから来い——」
無理やりに連れていかれそうになる姫野。ドンッ、とフードコート内に鈍く響いた音がした。その音のせいでフードコート全体の音が消える。
その音を出したのは桜だった。
小さな拳で力一杯にテーブルを叩き、あらゆるものを静止させる。驚いた学徒3人が桜に視線を移した。金の目を大きく見開いた無表情の少女が首を傾げて小さく告げる。
「——今、楽しくご飯を食べてるの。邪魔しないで欲しいの」
「……”時雨”……こっちはこっちで用事が——」
「聞こえなかったの? 桜が今、お願いしたの。それとも桜を怒らせたいの?」
学徒3人は顔を見合わせる。注目を浴びていることに気がついて、3人はバツが悪そうにその場を立ち去った。
なんとか大ごとにならず、この場をやり過ごした姫野は助けてくれた桜にお礼を言おうとする。
「あ、ありが——」
「刃。お手手が痛いの……。さすって欲しいの」
「——お、おう……」
姫野の言葉に被せるように桜が言う。小さな手は真っ赤になっており、見るからに痛そうだった。
ハッ、となった刃が桜の手をこんなもんでいいか、と優しくさする。それを見て、姫野は目の端をビクビク、と痙攣させる。
プイッ、とそっぽを向いて、サンドイッチをひと齧りする。なぜか、さっきまで感じられた味が、今ではぼやけてしまっていた。




