ヘンドリッヒ・サクセンは語る
父ちゃん視点。
サクセン家のなかで、一番人としてクズなのはこの人。
ガンガンとバケツを叩く音が坑内に響いた。
ツルハシを振るう手を止め顎から滴る汗を拭う。
「やっと終わったなあ」
「昨日大雨でノルマ達成出来なかったからって、三時間も残業させられんのはキツいよ」
周囲の者がブツブツと文句を言うが、私はこのような身体を使う単純作業が好きだ。
机の前で書類に判を押すより、ずっといい。
「アンタも疲れたろ?」
「だよなあ!82?」
「……」
私を間違った数字で呼び、肩を組もうとしてきた男を無言で睨みつけてやると、そいつは一瞬怪訝そうな顔をしたあと、私から身体を背け、他の労役囚に向かって声を張り上げた。
「こんな時はエールでも呑みたい気分だろ?」
「違いねえや!」
「飲めねえっての!」
仕事自体は気に入ってはいるが、私より身分が低い者達に、気安く話しかけられると手にしたツルハシで、脳天を殴りつけたい衝動に駆られそうになる。
そのようなことをすれば、また労役施設が代わり労役期間が増えるだけだと、自分を宥めつつ施設へ帰る囚人の群れへと加わった。
施設に戻り食堂へ歩いていると、作業服を着ていない若い男に声をかけられた。
「862367番、食事の後湯あみをして記録室」
男の横柄な言い方は腹が立つが、この労役施設の副施設長であり末端ではあるが貴族だ。
この場では言うことは聞いていたほうがいい。
それに湯あみが出来るのだ。
普段は水で濡らした布で、泥を拭うだけで臭くてたまらない。
湯を使えるのは冬だけなんて、私を平民だと勘違いしているのか。
一度嘆願書を書いたが、返事はまだ届いてない。それについても聞いてやろう。
しかし久々に沸かした湯と石鹸を使い、自分と同じ貴族と語らうことが、出来ると思うと少しばかり気分が高揚する。
例えそれがこの労役施設を任せられた、たかが子爵位しか持たぬ相手だとしても。
私はヘンドリッヒ・サクセン。サクセン伯爵だ。
まあ継ぎたくて継いだ爵位ではない。
兄が身罷ったので、私が継ぐしかなくなったから継いだ爵位だ。
そのせいで私は愛する人と引き裂かれた。
ああ……私の愛しいアンナ、君は今どこにいるのか。私を愛し、私に愛されてくれた我が魂の片割れ。
彼女と人生を共に出来るなら、平民になっても良いぐらい私はアンナを愛していたんだ。
次女が彼女と同じ名前?
愛するひとの名を娘につけたんだ、アンナと同じ茶色の髪をしていたから。
アンナのようになれるように、と。
たが中味は愛しいアンナとは大違いなどうしようもないバカだった。
あんな風になるとわかっていれば、長女のようにたまたま眼についた名をつければ良かったよ。
それもこれもエメラインが悪い。
選んだ家庭教師が悉く長続きしないのばかりで、たまに長く続いたと思えば、バカ娘を増長させることだけが上手い、何の役にも立たん五流教師を何人も雇いおって。
子どもの教育を任せられるまともな教師も見つけられず、あのように喚くだけの猿に仕立てあげるとは、実家のミルフォード公爵家から、迷惑料を貰いたいくらいだ。
エメラインは、母が私の嫁だと連れてきた公爵家の娘だったが、いい年して子どもの読むような本ばかり読んでいる低能だ。
まあ、見た目は良いから連れ歩くには丁度良かったが、最近は皺も体重も増えて来た。
おまけにバカ娘は、頭が悪くギャーギャー騒ぐだけの猿と化した。
エメライン有責で離縁しバカ娘を押し付けようにも、ミルフォード公爵家にはエメライン嫁入りの際、多額の支度金を貰ったこともあり、強く出ることが出来ず、どうしたものかと悩んでいたのだ。
だからあの騒ぎで二、人と離れられてせいせいしたよ。
ライラ?
ああ、アレはエメラインとバカ娘に比べたら、多少は役に立つ。
何しろライラを責めれば、バカ娘は二、三日静かになるし、アレを鞭打てば私の日頃のイラつきも多少は解消出来た。
始めは口答えしていたアレが、私らがついた嘘を愚直にも信じるようになり、私に殴られたりエメライン達に嘘を教えられて、泣きながら礼を言う姿を見て、三人で笑うのはまあ、楽しかったと言える。
ああ言う時の私たちは、仲の良い家族だったと言えよう。
ライラも含めてな。
確かライラは魔道具開発で、王家から褒められたらしいな?
知人が伝えてきた時は、嘘だと思ったがどうやら本当だったようだ。
ふむ、そう考えると私にとってわずかでも、有益なのはライラだったのか。
エメラインが赤子のライラの面倒を自分でせずに、庭師の妻を乳母に使ったせいで皮膚病になり、母がライラを療養だと。領地に連れて行かなければ、あのバカ娘など作る必要がなかったものを。
抱きたくもない女を、二度も抱かなければならなかった私を労って欲しいものだ。
私が抱きたいのは、今もアンナだけだ。
はっきり言って問題ばかり起こす、金食い虫のバカ娘なぞ、どこぞで野垂れ死にしても構わん。
面倒くさくて叱らないでいたら増長しおって。
勿論アナを、ああもバカに仕立てたエメラインもいらん。離縁してやる。
そうだ、ライラに爵位をくれてやろう。
爵位をくれてやるのだから、それなりの金は頂くが。
父である私に自分が出来る、最初で最後の親孝行だ。
自分が作った魔道具の権利の一つや二つ寄越してくるだろう。
寄越さねばまた躾てやればいい。
その金で私は今度こそアンナと幸せになるんだ。
ここを出たらアンナを探さなければ。
─ヘンドリッヒ・サクセンも妻子と同じく、自己中心的で他者の感情を慮ることが出来ない印象。
長女に行なっていた身体的精神的虐待については、なんら悪びれることなく、寧ろ長女を虐待することで家族が纏まったと嘯く始末。
次女に対しては長女よりも関心が少なく悪しざまに罵る回数が多い。妻に対しても同じく。
なお、彼の魂の片割れであるらしきアンナ─アンナ・ユリシーズはサクセン家に行儀見習いとして一年ほど滞在していた男爵令嬢である。
アンナ・ユリシーズが彼と恋仲だったと言う事実はなく、ヘンドリッヒが勝手に恋人だと吹聴し寝室に忍び込もうとしたので、前サクセン伯爵に口止め料とともに家に返され、親戚を頼り他国にて結婚している。
平民になりたい〜言うわりには、平民を見下してるので
労役囚仲間に嫌われてます。




