エメライン・サクセンは語る
母親視点。
「さあエメラインさん、あなたがどうして娘さんがたを虐げていたか聞かせてくれるかな?」
眼鏡をかけた熊のような男が、子どもに聞かせるような声音で私に笑顔を向けてきた。
この収容所に来てから毎日決まった時間に起こされ、質素な食事をさせられ一日十枚のシーツを縫わされている。
シーツが縫い終わらなければ、自由時間を削られるから読書も出来ない、最低だ。
それもこれもライラのせいだ。
義母が三歳まで育てた可愛くない娘。
一日中泣き叫んで、抱いても揺すっても泣き止まず私を寝かせなかった意地悪な娘。
体中赤剥けて、棒の様に痩せ細ってた醜い娘。
私に産みたくもない二人目を産ませた悪魔のような娘。
─大っ嫌いよ。
「エメラインさん、どうしました?」
熊男の優しげな声が癪に触り、私は彼の目を見て言ってやった。
「好きでもない男との間に出来た自分が育ててもない子どもたちなんて、愛せる筈がないでしょう?」
私はエメライン・サクセン。
結婚前はミルフォード公爵家の長女でした。
両親の愛情は弟にだけ注がれておりましたから、淋しい娘時代でした。
寄宿学校卒業後すぐに、曽祖父の知り合いであるサクセン家嫡男のヘンドリッヒと結婚した。
サクセン女伯爵であった義母は、厳しいひとで細かいことを注意をされてばかりで、私室で涙を零すこともありました。
夫になったヘンドリッヒは面白味のない男で、一緒にいても会話が弾んだことなんて殆どない。ただ彼も義母を好いていなかったから、義母の悪口を言う時だけはたのしかった気がします。
結婚して半月後、妊娠したわ。
子どもなんていらなかったけど、いなければいないで色々面倒だから仕方なく行為を許可したのよ。
でも月に一度つまらなそうに私を抱く、好きでもない男の種が自分の腹で育ていくのだと思うと、吐き気が止まらなかった。
ライラが腹に出来てからは、ずうっと気持ち悪くて何も食べれないし、起き上がることも出来なかった。
その上出産に二日もかかったくせに、産まれたのは、厳しい義母そっくりの金髪の猿みたいな赤子。
醜くくてちっとも可愛くなくて、泣き声もうるさくて気持ち悪いったらなかった。
でもそう言ったところで、誰からも理解されるわけないのだもの。仕方なく諦めて眠ろうと思っても、可愛くない子どもが一日中泣き続けるせいで、全然眠れない。
気分転換に新しいドレスを作ろうと採寸に出かけても、自慢だった均整のとれていた身体は、胸は肥大し腹の皮が伸びて悍ましいったらない。
赤ん坊の姿を見るとイライラするから、ちょうど同じ時期に出産した庭師の妻に、授乳も世話も全部任せることにした。勿論庭師の家でよ。なぜ母屋で育てさせなかったか?ライラの泣き声がうるさいし、小汚い平民が母屋に出入りするのが嫌だったからよ。当たり前でしょう。
ライラを産んだ一月後に、訪ねてきた義母がライラ(いつの間にか名付けられていた)がいない、どこにやったと文句を言うから庭師の家だと教えたの。
真っ青になった義母が庭師の家に走り、呼び出された医師がライラを診察して、全身の皮膚が赤剥けで、顔色が悪く体重が軽すぎると騒ぎ、そのまま領地に連れ去った。
義母が診せた医者が言うには、ずっと泣いていたのも理由があったからだそう。まあ、興味がなかったから聞き流してたけど。
うるさいのがいなくなってせいせいしたわ。
義母は口煩くて大嫌いだったけど、ライラを連れ去ってくれたことだけは感謝している。
だってやっとゆっくり眠れるようになったから。
眠れるようになって身体が回復して来たら、大好きな本を読めるようになったの。
私の大好きなマリア・ノッセシリーズ。
知らないの?信じられないわ、あのマリア・ノッセを知らないなんて。あなた人生の半分損しているわよ?
茶髪で黒目なんて平凡な色しか持たないのに、自分の才覚で、困難を解決していくマリア。
男であると言うだけで、優秀でないくせにノッセ公爵家の跡継ぎになった弟を打ち負かしていくマリア。
私がやりたかったこと全てを本の中でやってくれたマリア・ノッセさま。私の世界一大好きな憧れのひと。
マリーが産まれた時、茶髪で黒目でマリアさまの色だったから同じ名をつけてあげたのに、あの子はマリアさまと似ても似つかないワガママ娘になってしまった。乳母やナースメイドが、ちゃんと養育しなかったからだわ。訴えてやろうかしら。
私の弟そっくりのずる賢い乱暴者に育ったリアを見ていると、思い出したくもない過去を思い出してしまった。
何かと言うと泣き喚いて暴れて、私が叱るとお父様とお母様に泣きついて、自分以外を悪者にする弟の言うことをお父様もお母様も、信じた。
私の言うことは全く信じて貰えず叱られたわ。
『おまえは姉なのになぜしっかり弟を見ていなかったんだ!』
と。
私は姉だからと、たいして優秀でもない弟に全てを譲らされた。
爵位も、親の愛情も、資産も、友人も。
そんな悲しい過去を。
癇癪を起こして泣きわめくリリアを見ながら、思ったの。
私と同じ姉として産まれたライラも、私のように妹に全てを譲るべきだと。
姉なのだから、妹のしたことの責任を取るのは当たり前だと。
私はそうやって弟の犠牲になってたのだから。
─このあと自分が生家でどれだけ差別されたかを、エメライン・サクセンは涙ながらに語った(次女については殆ど語らず)。
しかし、彼女の実家であるミルフォード公爵家において、姉弟間で格差があったとの報告は、当時の資料を調べても一切なく、更に家族親戚使用人学校友人に聴き取りしたが、エメラインの言うような事実はないと確認。
ただエメラインが弟と家を抜け出し、下町で迷子にさせたことがあった。それについて叱ったことを差別だとエメラインが騒ぎたてたことがあり、根に持っているかもしれないと父親からの証言。
なおマリア・ノッセシリーズは、学院入学前の子女が楽しむ娯楽小説である。
エメラインは自分に起きたマイナスを十倍くらい誇張して吹聴するタイプです。




