38[LOG] PM14:27/
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
虹色の瞳が俺を見る。視線は冷たく、こちらを消耗品としか見てないように感じた。心臓の鼓動が、いつもよりも早い。きっと、この世界の最大権力を前にして怖気づいているのだろう。
だけど、ここで引くわけにはいかない。俺は、一旦息を整え言葉を吐き出す。ずっと言いたかったことだ。そのために、こんなところまで来た。
「妹……李沈はどこだ、返せよ」
「返す?何を今さら言っている。貴様の妹は誇らしき世界の一部となった。下民の誉だ、誇るといい」
平然と言われた言葉に、思わず息が詰まる。
咄嗟に斯文と共に見た巨大な柱の根っこに流れていった赤い"何か"を思い出し、思わず嫌な想像をした。違う!!そんなことない!!…………そんなはず……ないんだ。
必死で鼻の奥が痛いのを、見て見ぬふりをする。そして俺は言葉を震わせながら、思いっきり天帝の言葉に噛みつく。炎にも似た怒りと理不尽さをぶつけるように。
どうせ怒りをぶつけたところで天帝には響かない、それどころかゴミが何か言ってるなくらいにしか思ってもらえないだろう。だけど、お前がゴミと思う連中は生きていて意思があることを証明したかった。
「こんな天帝のために動く世界のどこが誇らしいんだ!!李沈はお前の道具じゃない!!」
天帝の間に来るまで、世界を下から上まで見てきた。少なくとも見た部分だけを抽出したとしても、天帝を絶対的中心に置く世界の在り方は、明らかに常軌を逸していた。
確かに建物や地域は天帝のものと言ってもいいかもしれない。だが、そこに住まう人間は違う。各個人には人格があるんだ。それを、軽々しく所有物みたいに扱う天帝を許したくなかった。
だが、俺の言葉に天帝は鼻で笑う。まるで、愚か者を貶すかのように。
そして彼は、この世界が何たるかを平然と語る。彼の吐く真実は、俺がここに来るまでに組みあがってしまった仮説が最悪な形で表現されてるものだった。
「ふん、何も知らぬ痴れ者め。この世界は私が眠る古墳内で流れる映像データに過ぎない。死後の私が安らかに眠れるよう整えられ、生前の栄華を外部の人間へ誇示するため永遠に繰り返される。いわば娯楽用プログラムだ。
私中心なのがおかしい?私のものなのだから当たり前だろう。所詮、この世界も貴様らも全て私が眠るために施された一時の享楽に過ぎない」
——は?
言われた瞬間、頭が真っ白になった。天帝の言葉が鼓膜を叩いた瞬間、色鮮やかな黄金の壁や、宝石の輝きが、一瞬だけノイズのようにブレた気がした。必死に踏み締めている床の感触すら、どこか頼りなく、中身のない書き割りのように思えてくる。
確かに斯文と訪れたあの部屋を見た瞬間に「この世界はデータである」とは思ってしまっていた。だけど、どうしても信じたくなかった。だからずっと直接的に断言しないようにしていたんだ。これを言ってしまうと何もかもが虚像に思えて仕方なくなるから。
だけど、現実はもっと酷いものだった。彼は悪びれもなく、俺たちの人生や感情は天帝の権力を誇示するための道具に過ぎないと言い放った。自分の抱くこの感情すらも虚像に過ぎないのかと、天帝に対し怒鳴りたくなる。
しかし、そんな心とは裏腹に娯楽用プログラムだと言われると、腑に落ちるところがあるのも…………苦しいが事実だった。
俺はどうしたらいいか分からなかった。いきなり叩き落されたように感じた。今まで妹を返してもらいたくて、必死の思いでここまで来た。だが、待ち受けていたものは信じたくない事実だけだった。
それに娯楽システムに使用する消耗品でいいのなら、俺たちは感情など持たないロボットでいいはずだ。わざわざ生命体として感情や頭脳を持たせた時点で、天帝と根源プログラムを作った奴の醜悪さが見て取れる。
醜悪な意図を読み取ってしまった時、ふと斯文の言葉が蘇る。彼女を利用し共に【天】のとあるプログラムをいじくったとき言われたことだ。
『この仕掛けは、天帝の形が無くならないと作動しない』
そうだ。全てが彼の掌の上という訳じゃない。まだこの天帝に一矢報いる方法がある。グレモリーが以前渡してくれた自爆札とあの仕掛けがあれば……。
——天帝とシステムの存在を消したうえで、町に住まう住民だけを切り離すことができるんじゃないか?
この方法を行うと、恐らく俺は町の人々にとって町を滅ぼした大罪人という認識になるだろう。だけど、天帝の掌の上から離れ、自由に生きるためには……これしかない。
映像データが元のデバイスを離れ自由に生きるだなんて、正直想像できないが天帝に縛られたまま命を散らし続けるよりは不確定なものに賭けたほうがマシに思える。
傍から見ると自分勝手で烏滸がましい行動だろう。俺自身もそう思うから。
この世界の消滅は【天】でぬくぬくと暮らしてきた奴らから見たら、なんてことをするんだと批判されるに違いない。下層区画の人たちだって、やっと作り上げた町を壊しやがってと言うだろう。いやまず、不確定なものに賭けて世界丸ごと消し飛ばした大量殺人鬼としか思わないか。
だが俺たちが暮らす限り、天帝は永劫に人を消耗品のように使い捨てるのをやめない。一人の享楽のために身分や思考、死ぬことすら管理させられ続ける終末世界なんて終わらせてしまったほうがいい。その終わらせる誰かが永遠と現れないなら、俺が全て泥をかぶる。
しかし切り離すためには、天帝を形成するシステム……つまり根源プログラムとやらの中に行かなきゃいけない。どうすれば根源プログラムへ行ける?どうすれば天帝を言葉で動かせる?
しばらく黙っていれば、気が短いのか天帝が問いかける。それは、あまりにも上から目線の偉そうな言葉だった。
「いい加減にしろ、ここで黙りこくられては邪魔なだけだ。さっさと帰れ!!
……と言いたいところだが、李沈の分離体というのならば譲歩してやらんことはない。私には安眠の為に根源プログラムへ頭脳をやり続ける義務がある。
そこで慈悲深い私は、貴様のような逆らう下民にも選択肢をやろうではないか」
エサをやり続けるって……なんだ?天帝が偉そうに何かを語り続けるが、そんな些細な言葉が気になりすぎて集中できない。根源プログラムは生きてはいない……はずだ。だけどあの口ぶりからして何かを燃料にしているらしい。
だが疑問として昇華される前に、あのガラス張りの部屋で見たものを思い出す。そうか、恐らくアレは……死ぬ機能を持たないと思われる映像データを強制的に殺し、新たに生まれるデータへ再利用するためだろう。
馬鹿じゃないかこいつらは。咄嗟に出たのは単純な罵倒だった。享楽を保つためだけに、そんなことをひたすら行っていたと瞬時に理解してしまい頭が痛い。何も考えたくない、休みたい気持ちで一杯だった。
そのとき、話し続けていた天帝が2つの選択肢を与えてきた。それは救いか破滅か……。どっちにしろ結局、天帝だけに有利なのは変わらない事実だろう。
「【元居た肥溜めに帰る】か【根源プログラムに還る】か選ぶがいい、根源プログラムに還れば貴様の妹の残りカスには会える……かもしれんなぁ?」
そんな心底腹が立つ言葉と共に、虹色の瞳を細め、天帝は愉悦に浸るように喉を鳴らした。彼の言葉には、李沈を『人間』として扱う気概など微塵もない。ただの『不要な情報』として片付けるような、事務的な冷酷さが滲んでいた。
すると、突如大きい柱から入り口が出現する。そうか、この柱こそが根源プログラムだったんだ。天帝の言葉から読み取るに、随分と慢心に満ちてるらしい。こんなに大っぴらに世界の心臓と言われそうな機械の内部を開くとは、明らかに警戒心が無さすぎる。まぁ、今はその慢心がありがたいんだが……。
俺はポケットの中で、札の乾いた紙の質感を指先でなぞる。これは世界を終わらせるトリガーであり、同時に俺自身を『大罪人』へと変える呪いだ。指が微かに震えるが、俺はそれを無理やり握りしめた。
そして一旦目を伏せ、これから何をやるかを改めて復習する。心の中で大丈夫だと、まだ天帝には何をやるかバレてないと必死で唱える。
天帝の問いには何も答えないまま、その入り口に向かう。そして一言呟く。
「根源プログラムに還るしか、選択肢が無いんだろ」




