37[LOG] PM14:00/
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
やっとの思いで辿り着いた天帝の間には、誰もいなかった。……静かすぎる。宝石が反射する光だけが騒がしく、人の気配は一切なかった。
部屋の最奥にある、天井まで伸びる太くて大きい柱?のようなものが、微かにゴウンゴウンと唸りをあげて無機質さを演出してる。
そして——驚くことに以前夢で見た、人を象った巨大な石像がその場に堂々と鎮座している。石造りのはずなのに、表面には微かな光の筋が血管のように走り、絶えずデータの拍動を繰り返している。
巨像の足の間には、空っぽの玉座が見えた。この光景を初めて見た時、俺は心底驚いた。夢で見たまんまの巨像が目の前に現れたのだから。
あの時、俺へ贄になれと言ったのは天帝に近しい者だったのかと今更になって理解する。それと同時に人をモノみたいに扱いやがって、という悪態が心の中で何度も浮かんでは消えた。
しかし、どうして何故そんな者が人の夢に介入できたのだろうか?まず、夢とそのまんまの景色と物体が本当に存在してるというのが信じられない。予知夢だとしてもこんなに鮮明に夢で現れるもんなのか?些細な疑問がグルグルと頭を駆け巡る。
しばらく俺たちは声を上げられなかった。俺はともかく、そういう天帝の権威とか重圧とか気にしてなさそうな他の2人も黙ったままで居心地が非常に悪い。
この空気を払拭すべく、何か話そうとしたとき。後ろから思いもよらない声が響いた。それは聞いたことのある、軽薄な口調だった。
「駄目ですよ勝手に入っては」
勢いよく振り返れば、以前町長の言伝を持ってきた怪しげな商人がそこにいた。グレモリーがやけにイラついた態度だったのをよく覚えてる。
何故いるのか?どうやってここまで来たのか?色んな疑問が頭の中で駆け巡る。だが俺は驚きが先行して、まともに言葉を吐きだせない。思わず出たのは、短絡的な言葉だった。
「なんでアンタが……ここにいるんだ」
「私がここにいる理由ですか?そりゃあ~……天帝は、とうに形がないからですよ」
「……は?」
こいつは何といったんだ?天帝は、とうに形がない?じゃあ、天帝が出してると思わしき軍部の命令や指令。そして李沈や景春を攫った命令を出したのは誰だってんだ!!だいたいまず、なんで一介の商人がそんなことを知っているんだ?商人ではなく別の皮を被ってるとでも言いたいのか?
俺は、吹き上がる怒りに任せて商人に次々問う。お前は何なんだと、天帝がいないということを何故知っているんだと。
すると彼は、やれやれといった様子で語る。その対応が何となく癪に障る。
この国にいる商人たちは、元々商人などではなく"生前"の天帝のお付きだったそうだ。天帝自体の思考や人格は、既に根源プログラムに溶けて形がない。しかしプログラムを通して命令は出せるため、各機関への通達を商人たちが代わりに担ってる……というのがことの真相らしいが正直訳が分からない。
商人たちが天帝と強い関わり合いがあるのはよくわかった。だが、明らかに天帝部分だけ現実感が無く釈然としない。まず"生前"ってなんだ?そう言ってしまうと天帝は既に死んでいることになる。
根源プログラム自体が墓場だと言いたいのか?いや商人の話を全て信じるならば、命令は出せると言っていたので墓場……というわけでもなさそうだ。
じゃあどうして"生前"とわざわざ言うんだろう……?
駄目だ、頭が混乱してしょうがない。すると黙ってる俺を押しのけるように、グレモリーが唐突に商人へ問いただす。彼女自身が、こういう風に会話へ割り入ってくるのは珍しく感じる。しかも、いつもの遊んでいるかのような緊張感のない言葉ではなく、棘を突き刺すような言葉を投げかけた。
そういえば、グレモリーは商人に対していつもこんな態度だったなと、ちょっと前のことなのに懐かしく感じる。
「ふーん、でもさ私たちは貴方を訪ねに来たわけじゃないんだよね。そんなに暇じゃないの。形が無いってことはさ、存在自体はあるんでしょ?さっさと出しなよ天帝ってやつ」
「あははは……相変わらず、私には手厳しいですね。
…………良いでしょう、詳しいことは天帝に聞くといい」
痺れを切らした商人は、天帝の間の最奥へ歩を進める。その歩みは全く迷いが無いもので、この場所を理解しきってる動きだった。
そして、空間で一番異質な雰囲気を放っている大きい柱と思わしきものから、太い接続コードのようなものを引き出す。機械に長らく触れてきた俺には、それは少々古臭い動きに見えた。
【天】は根源プログラムを中心にシステムは高度に見えるのに、何かのデータを移す際はわざわざコードを繋ぐような行動をしなきゃいけないというのに違和感を感じる。
——すると商人は、そのコードを勢いよく自らに突き刺した。
商人は躊躇なく、胸へ太いコードを叩き込む。肉を割き、神経を侵食するような嫌な音が響く。一瞬、彼の身体が激しくスパークし、極彩色のノイズが肌の上を這い回った。
何らかの機械に刺すのかと思ってた俺は、驚きで思わず声を上げる。まさか人間に刺すとは思わなかった。だいたい人間に刺したところで意味を成さず、コードの穴を刻むだけになってしまうだろう。その行動は商人自体が機械だったり、コードを繋ぐための配線用差込接続器がないと無意味だ。
しかしコードを刺した瞬間、商人はぐったりと項垂れる。だが、いきなり動かされる操り人形のように痙攣したかと思いきや、瞳を大きく見開く。目の前で起こる光景に、俺は思わず後ずさる。
そして突如何かが乗り移ったかのように、コードに繋がれたままフラッと立ち上がる。商人は先程のような腰が低い態度とは裏腹に、偉そうな身動きで勢いよく空の玉座に腰掛ける。その動きはまさに、尊大で偉そうに見えた。
彼が玉座に肘をつくと、背後に派手な光輪が現れ大げさに輝き始める。その時、一瞬冷たく突き刺さる目線を俺に向けてきた。瞬間、自分の脳内を直接覗かれているような不快感を感じ具合が悪くなる。
いつの間にか商人の枯れ葉色の瞳は、極彩色の虹色に変貌していた。
俺はこの時、本能的に思った。——形のない天帝が降臨したと。




