36[LOG] PM13:52/
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
大きな存在感を放っていた獣の首が刎ね飛ばされた後、謁見の間はしばらく静寂に包まれた。
自分が何をやってしまったのかが、今になって重くのしかかる。苦しくて……今にも逃げ出したい気持ちになのに、どこにも逃げることはできない。自分の意思で行ったことなのだから。
じゃあ、今まで【天】の軍人相手にそう思わなかったのかと言われれば正直答えに困る。確かに彼らに対しても、そう思わなくてはいけないのは事実だ。だが、彼らは一方的に加害をしてこようとしたから自身を守るためにやったという建前が通用する……と思いたい。黙っていて殺られるだけなら、コチラだって黙ってはいられない。
殴られたら殴り返す。下賤な下層区画じゃ、暗黙の了解で行われてることだ。それに従うのは俺たちにとって、さも当然のことなのだから。【天】の人間だろうと関係ない。下層区画に入ったら汚れるのは仕方がないだろ。
だけど斯文こと黒い獣は、そうじゃなかった。彼らに何をやられたわけでもない。そりゃあ、色々態度とか頭に来るところがあったけど……死んでほしいなんて、これっぽっちも思ってなかった。
斯文は自ら死を懇願し、死こそが救いだと信じて疑わなかった。本人的には最期は救われたのだろう。けれど俺の心の中には、ずっと引っかかりを残してる。それは、魚の骨のように喉を動かすたび身を傷つけるような……簡単には無かったことにできないものだった。
やってしまったことをグルグル考えていたら、グレモリーが軽い声で話しかけてくる。その色んな意味で空気の読めないところは、ある意味尊敬する。手本にはしたくないが……。
本音を言うとあまり対応したくない、でもここで無視してもしつこく関わってくるだけだ。俺は仕方なしに渋々話を聞く。
「あれれ~?早くいかないのん?それとも~?…………怖気づいちゃった?」
あえて心情には触れずに、遠回しなところからチクチクと言葉で刺してくるところは相変わらずだと思う。多分、彼女的にはさっさと前へ進めと言いたいのだろう。だが、それだけじゃ面白い反応は拝められないからワザとらしく煽る。
短い付き合いだけど、ちょっとずつグレモリーのやりたいことが見えてきた気がする。見えたとして、得があるわけではないのが悲しいところだが……。
でも彼女の言葉の綾に引っ掛かり、思わず感情に任せて怒鳴ったところで状況は変わらない。やってしまったのは、あくまで自分だ。グレモリーに当たり散らしても罪が消えるわけでもない。だから俺は平然を装った言葉で返す。悪いことをしてしまった子供のように、無駄な意地を張るのだ。
「…………そんなわけないだろ、バカ言うな………………さっさと行くぞ」
言葉を必死に紡いで、全然気にしてませんけど?という体で誤魔化す。彼女はそう返されて「なぁんだ、つまんないの」とか言ってるけど、会話を続ければ絶対にボロが出るから俺はあえて無視をした。この時の俺は、自分のちっぽけな見栄と矜持を守るのに精一杯だったんだ。色々汚れた俺なんかが、今更守るもんじゃないと思うが……。
それに……黙って俺たちの様子を伺う景春の視線が肌を刺すくらい痛いのは、もっと見ないことにしたい。昔のアイツに怒られそうな感じがするんだ。本人に記憶すらなくてほぼ他人と等しかったとしても、非常に気まずい。
頼むから二人して俺の感情を見透かそうとするのはやめてほしい、切実に。
そういえばこういう時、真っ先に話しかけてくるのはチュンだったことを思い出す。いつも通り動いていれば、1つや2つ強気な言葉を放っていただろう。
内懐に入れていたチュンに、少し触れてみるが反応はない。いつもそばにいた相手が急にいなくなってしまう喪失は、未だに慣れることができない。じくじくと孤独が増していく感覚がする。
それに……この小さな機械が急に動作を止めたことで不安なことが1つある。ただの勘と推測だが……もし当たっていたとしたら俺は膝から崩れ落ちるだろう。だからできる限り、考えないようにしてた。だけど思い当たる節がありすぎて、頭から最悪の予感が頭から離れてくれない。
またこの世界自体が、俺が予想するもので形作られていると仮定するなら、チュンのような出来合いのもので作られた機械の『意識』は、より巨大なシステムへ容易に飲み込まれてしまうのではないかと考えてしまう。
そんな不確かな推測を打ち消すように、俺は内懐の冷たい感触を強く握りしめた。
だが今は最悪の予感に震えてる暇はない。天帝と対峙しなくてはいけないからだ。この機会を失えば、もう二度と李沈に会えないかもしれない。だから意地でもこのチャンスに、しがみ付かなくてはいけないんだ。
チュンを後回しなるような形になってしまい、心の中で謝りながら必ず直してやると強く決意する。そして泥に嵌ったように重い足を動かす。
獣の首がなくなったことで、目の前に巨大な穴が見える。塞がれていた空間に大きな隙間が生じ、今まで閉じ込められていた淀んだ空気が奥の部屋へ流れ込む。
——その先には、どこかで見たような宝石や黄金で彩られた過剰な天帝の間が広がっていた。宝石と黄金が光を反射しギラギラと輝いており、瞳を激しく刺激する。
その痛みが、普通に生きていたら来ることのなかった場所に辿り着いた証明だと感じられた。心の中で上手くいくと唱えながら、俺は大きな穴を跨ぎ天帝の間へ足を踏み入れた。




