34[LOG] PM12:42/
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
「さぁ、獣の処刑を始めよう」
彼女はそう言うと、どこかで見た古の経典に描かれた神のように背骨を突き破るように、四本の光の帯が迸った。それらは肉の腕ではなく、無数のデジタルノイズが収束して形作られた『偽りの腕』だ。
カチリ、カチリと関節が噛み合う不自然な電子音を響かせ、彼女は計六本の腕を持つ異形へと変貌を遂げた。取り囲んでる斯文の分身体?たちも同じような行動をする。
そしてどこから取り出したのか彼女たちの手には錫杖や宝剣、柄の長い斧など物騒な武器が握られている。戦うような見た目じゃないのに、武器を持っている姿が何となく緊急事態を思わせる。
そんな姿に景春が舌打ち交じりに呟く。
「チッ、腕が増えりゃ強ぇつもりかよ」
「わぁ、怖い!動物の威嚇みたいだね」
「るせぇ、テメェは黙ってろ!」
多数の人間に囲まれている状況でも喧嘩を売ろうとする景春にも、そんな彼を弄るグレモリーも色んな意味で肝が据わっててビックリする。喧嘩慣れしてるとは正にこのことか。
まぁ俺も同じように今にも殺されそうな状況よりも、腕を増やすという人間だったらありえない現象のほうに目がいく。斯文も軍人たちと同じような機械人形なのだろうか?
そんな各自バラバラな反応をしてることなど目もくれず、斯文は自らの正体を淡々と語り始める。
目の前の巨大な獣は数百年前、人喰いの罪を犯し処刑寸前のまま放置されたものだと語る。何故、処刑寸前のまま放置されたかは分からないそうだ。だが恐らく天帝の権威を象徴する飾り物に急遽変更したからというのが、考えられる理由らしい。
その獣は放置された長い年月の中で、1つの結論を導き出した。天帝や軍が動かないのならば、こちらから処刑する人間を選ぼうと。そこから獣は【天】の末端システムを勝手に弄り、人間にとって理想の女を作り出した。それこそが斯文という存在だそうだ。
獣は何度も何度も斯文を釣り餌にして、外部の人間をこの謁見の間に誘い出した。だが結局【天】の人間では、途中の通路にある根源プログラムの誘惑には勝てず、ここまで来なかったそうだ。
しかし獣は死を選ぶことを諦めなかった。飢餓状態であっても、矜持は捨てられなかったらしい。このまま天帝の権威の象徴として、永遠に情けなく壁から首を晒したまま飾られるのは御免だそうだ。
そんな語りをする斯文とは真逆に、獣は赤黒い瞳をギラギラさせており飢餓による涎をひたすら垂れ流していた。まるで彼女の心を獣が表してるかのような——そんな錯覚を覚えた。
あらかた自らの正体を語った斯文は、俺へ改めて処刑を求める。それはあまりにも偉そうな懇願だった。
「何を躊躇することがある。手早く役割を果たせ」
「そ、それは天帝や軍の役割だろ!!!一般市民に罰を擦り付けるな!!」
「貴殿の戯言は叶えた、次は我の番だ。——それに我を処刑せねば、どのみち一生天帝の間には辿り着かぬぞ」
彼女は言う。人食いの獣は、謁見の間と天帝の間を隔てている壁——つまりギロチンに首を挟まれている。それ以外に入り口は存在しない。そのギロチンは天帝が権限を持つ根源プログラムに制御されてるため、獣ではどうにもならないそうだ。
俺はそれを聞き、愚かにも気づいてしまった。この人食いの獣だけじゃなく、【天】の人間たちや俺を含めた下層区画の人間たちは……全て天帝の為にある「使い捨ての装置」だということに——。気づかなきゃよかった、だけど今更遅い。
その事実が、惨めで、悔しくて、空しかった。気が付くと手を血が滲むまで握りしめていた。そして自らの心を整理するために、一旦瞳を閉じる。そして後に戻れぬことを決意し、力いっぱい斯文を睨みつけながら言葉を投げつける。
「……分かったよ。
終わらせればいいんだろ」
——俺が言えたのは、その言葉だけだった。
手が震えたまま、処刑寸前で止まったギロチンを見据える。
それは木と刃でできた古い処刑具ではなかった。何万もの情報を処理するための、巨大な『関門』のようなものだった。天帝の承認がなければ決して降りることのない、冷徹な構造物。俺は刃を支える、巨大なロック機構——鎖の結合部を睨みつける。
俺のこの刃物付きの靴の刃では、流石に獣の太い首に傷は付けられない。だから、ギロチンの刃を持ち上げている鎖を狙うことにした。
やるなら、一瞬で。いくら人を喰らった罪ありき獣だとしても、素早く終わらせてやりたい。情など何処にもないはずなのに……やっぱり俺は愚かだと思った。そして何より罰の責から、さっさと逃れたい気持ちでいっぱいだった。
そんな様子を見た景春が目を逸らしながら言葉をかける。ため息交じりで、呆れるかのように。
「好きにしろ」
「…………あぁ」
緊張で言葉が出てこないが、何とか返事をする。それに彼から話しかけてくるのは珍しく、思わず息を詰めてしまった。以前の景春とだったら、それなりに他愛のないことを話していた。
だが今は…………いや、余計な感情を掘り起こすのは止めよう。差し向けた刃が揺らぎそうだ。目の前の獣に集中しなければ。
ふと、以前グレモリーから渡された自爆札の存在を思い出す。ゆっくりとした動きで、札が入ったポケットに手を伸ばそうとするが——やめる。獣の処刑は自分で蹴りをつけなきゃダメだ。
どうしても俺は、何かに頼りたくはなかった。罰を与える責務から逃げ出したいはずなのに。
それにこれは……いざという時に取っておきたい。
覚悟を決めた俺は助走をつけ、斯文のコピー体が持っていた錫杖を足掛かりに高く飛び上がる。処刑寸前で止まった寂れたギロチンの鎖を目掛けて——
靴の刃を落とした。




