32[LOG] PM12:00 /TRACE-B
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
「おい、まだかよ」
俺は苛立ちの隠せない声でグレモリーに話しかける。こいつは、小さいカードのようなものを上に掲げながら「あれー?」だの「まぁた混線しちゃった」だのワザとらしい独り言を呟いている。バカでかい声だから、俺に聞かせるように言ってんだろう。
可可と共にいる鳥頭の信号を見失ってから暫く経つ。グレモリーは何かを探すように、あっちこっちへ彷徨い方向が定まらない。おかげでこの女と【天】の街中をひたすらウロチョロする羽目になった。
しっかし……街中を走り回ったというのに、まともな人間をほぼ見かけなかった。見かけるのは店でバカ騒ぎするアホどもや、壁に背を預け座り込んでる奴らばかりだ。
それどころか、商店や飲食店なども真面目にやってる場所が無い。先ほど見た茶屋も店員は存在せず、客たちだけでどんちゃん騒ぎしてるように見えた。どこから食料が生えてきてんだか分からないが、黙ってれば飯や酒が出てくるとは随分と良い生活をしてらぁ……。
街の建物自体は小綺麗だというのに、そこに住まう人間はまさしく堕落という言葉が人の形しているみたいだった。よくわかんねぇけど、立派な服を着てても心は随分と貧相らしい。俺も似たようなもんだから人のことは言えねぇがな。
とりあえず、死んでるように生きてる連中には立派な街なんて無駄もいいところだ。いっそのこと俺みたいに棺桶を持ち歩いたらどうだ。そしたら、よく眠れるかもしれねぇぞ?
まぁ他人がどうのこうのなんざ、今の俺には関係ない。あーいう連中は死んでいるように生きて、最後はポックリくたばるんだろ。正直どうでもいい。
そんなことより、いい加減歩き疲れた。単純な思考を巡らすことすら面倒になってきた。最初はあの女の行動に暴言ばかり言っていたが、今はもう黙るしかなくなった。言葉を吐き出すのすら億劫だ。
そもそも"アレ"の信号が途絶えたからって、なんで俺がムキにならなきゃいけねぇんだ……。バカバカしい。そう思うくせに変に心の中が勝手に騒めくのを感じる。いい加減うっとおしいから黙ってろ。
面倒になった俺は、もう探さなくていいとグレモリーへ言おうとした瞬間——姿の見えない誰かが脳内で語りかける。それが気持ち悪くて仕方がない。
頭の中に直接、泥を流し込まれたような不快感だ。鼓膜を通さず、脳髄に直接響く声。俺は自分の頭を拳で殴りつけ、その『異物』を追い出そうとしたが、声は嘲笑うように鳴り止まない。
『貴殿らのお仲間はこちらにいるぞ、さっさと来るがいい』
言いたいことを言って満足したのか、声はプツンと音を立てるかのように突如消え去った。全く、はた迷惑な現象だ。金輪際、味わいたくもねぇ不愉快な感覚だった。
ひとまず俺は先ほど言いかけたことを再度グレモリーに言おうと思ったが、それは叶わなかった。珍しく、このふざけた女が怒りをあらわにしてる……というか悔しがってる?
こちらの有無も聞かず言いたいことを一方的に押し付けられたら、うぜぇから気持ちは分からんでもない。でもこの女にそんな感情があるっていうのが意外に思えた。どうやらいつも遊び感覚でヘラヘラしてるわけじゃねぇらしい。
そんなくだらないことを思ったとき、グレモリーがデカい声を出す。やめろ、【天】の連中にジロジロ見られるだろうが。声を落とせ、ただでさえ目立つ見た目をしてんだからそれぐらいの遠慮を持て。
「だ――――!!あったまきた!あの……えーっと……?と、とりあえずよく知らん奴にぎゃふんと言わせてやるぅ!!」
その声に焚きつけられたらしいグレモリーは、何もないところに手をかざす。その動きはいつもの余裕綽々で舐め切ったものでなく、対象を必ずや追い込んでやるという強い意思がヒシヒシと感じられた。
何を馬鹿なことしてんだと思いきや、女の手のあたりに変化が生じる。あり得ないと思うが、徐々に空間一帯を歪ませているのだ。
空間が歪むなんて、あまりにも現実離れした光景に見える。だけど、この女ならやれると無自覚に思えてしまうのだ。全く俺も随分と毒されたもんだ。こういうのに驚かなくなってきた。
女の腕はエレベーター落下の際に無茶をしたせいか……黒く変色しており見てて痛々しい。だが、グレモリーはそんなの知らんと言わんばかりに腕へ力を籠める。そのせいで益々変色が進み、指先に至ってはボロボロと崩れそうになっている。
——その時だった。
一瞬、目の前が歪み微かにノイズが走ったかと思いきや、視界が爆発したかのように極彩色のノイズで埋め尽くされた。身体が引き裂かれ、何かの奔流に飲み込まれる感覚。
次の瞬間、俺たちは不具合を修正されたかのように、唐突にバカでかい黒い獣がいる立派な空間に移動した。
目の前には呆気に取られてる可可と、上品ぶった漢服姿の女が見える。




