31[LOG] AM10:42 /
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
真っ白な廊下を進んでいくごとに、違和感が増すばかりだ。下層区画とは全く違う空間に戸惑っているのもあるが、斯文や【天】の人間たちが時折漏らす言葉がどうしても気になる。
何故、存在が邪魔だということを「メモリを喰う」、町が消えるのに「削除」などという言葉を使うのだろうか?そういう言葉は、普通は機械相手に使うもんだ。
——いや、まさか……そんなはずはない。
俺は脳内で勝手に組みあがる、現実味のない仮説を必死で否定する。"その仮説"は機械と向き合ってきた俺だからこそ、考えたくない事実だった。あり得ない、あるはずがない。
しかし俺の思考を逆なでするように、偶然通りがかった部屋には"その仮説"を確実なものにする証拠が揃っていた。
そこには沢山並べられた小さな箱と、この世界の赤子が誕生するまでの無機質な経緯……俺が信じてきた常識を、粉々にするには十分だった。
咄嗟に口を塞ぐ。叫びそうになったからだ。この身が自由なら見た瞬間に叫んでいた。そう「ふざけるな」と。今までの感覚や感情、いや生きてきた証すらも無機物な数字に否定されたような気がした。同時に、やり場のない怒りが込み上げる。
俺は足を止めたまま動けなかった。するとその様子に痺れを切らした斯文が、いつの間にか横にいた。彼女は、この事実がさも当たり前のように語りだす。
「なにをそんなに驚く、全ては天帝の為にあるのだぞ」
「俺たちの人生は天帝の物じゃない!!」
「いいや、天帝の物だ。これまでも、これからも変わらない」
「………………なんでだよ……バカにしやがって」
彼女の言葉が、俺の心に突き刺さる。そして、今になって玄境と交わした最後の言葉を理解できた。
——そうか、玄境は最初から知っていたんだ。だから、あんなことを言った。
現に俺だって、この世界に大穴を空けたい気分だ。いや、大穴だけでは気が収まらないかもしれない。そんな破壊衝動に身を任せたくなるくらい腹が立つ。自分自身のことだけじゃない……全ての出来事を無価値なものだと叩きつけられたような気がした。
でも、ここまで来たはずなのに世界に一矢報いる方法が分からない。あんなに機械に向き合ってきたのにな、全く肝心なところで役に立たない。それでも俺は諦めたくなかった。だから、必死にどうすればいいかを考える。
思考を煮詰めていくと、ほんの少しだけ落ち着いてきたみたいで冷静な思考を徐々に取り戻せてきた。ひとまず落ち着くべきだ。怒りに任せてこの場で暴れても無駄でしかない。それに李沈に一目会うまでは下手なことはできない。じゃないと今までの苦労が水の泡だ。
そして、ふと思いつく。斯文を利用すればいいんじゃないかと。俺は彼女の瞳を、射貫くように見つめながら言葉を紡ぐ。要求への拒絶は許さないという感情を、力強く自身の瞳に込める。
「お前は俺に何かをさせたいから、ここまで連れてきたんだよな。なら、俺のやりたいことにも付き合ってもらわなきゃ割に合わない。
…………お前の知識を利用してやる」
「はっ!貴殿のような下層区画の下民が支配者気取りか?まぁいい、言ってみろ」
斯文の傲慢さが鼻に付いたが、今は考えている余裕がない。俺はできるかぎりの早足で、沢山並べられている小さな箱に手を伸ばす。指先が触れた瞬間、箱の表面が熱を帯び、電子的な微振動が掌から腕へと伝わってきた。
……生きているんだ、こいつらも。俺は震える手で、その『命』の端を弄る。「壊す」つもりで触れたのか、「救う」つもりで触れたのか、自分でも分からなかった。
チュンはその間、何かを言っていたが目の前のことに夢中で上手く聞き取れなかった。悪い、後でちゃんと聞くから待っててくれ。
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あの判断が間違っていたかもしれないし、やらなくても良かったかもしれない。でも、やらずにはいられなかった。その間、チュンに沢山の苦言を貰った。
何度「アンタまで馬鹿になったわけ?!」やら「その女に騙されてんじゃないの!」など言われたことか……。でも、何を言われようとも後戻りはできない。
ようやく「今やれること」をやった俺は、ぐったりとした足取りのまま本来の道に戻ってきた。斯文は相変わらず何も言わない。こんなことが出来たのも彼女の知識があったからだ。だから小声でお礼を言ったのだが無視されてしまった。
それなりに共に行動してきたというのに、彼女の態度は一切変わらない。
カツン、カツン、カツン。
殺風景な白い廊下に二人分の足音が響き渡る。俺は身を刺すような沈黙に耐えかねて、これからのことについて脳内会議を開きそうになった。
——その時、急に斯文が立ち止まる。急に止まったものだから、彼女にぶつかりそうになる。俺はギリギリすんでのところで踏みとどまった。
危なかったと一息つく間もないまま、肩にずっと止まってたチュンが誤作動を始める。
『PPP……ザザッアクセス不能……セクター・ロスト……あんた今……ザザッ……どこ!!……ザッ……PPPPPPPP……ブツッ』
「おい!!チュン!!」
何かが切れる音と共に、チュンは動かなくなる。どうしたんだと思い静かになったチュンを眺める。すると上から、誰かの強烈な視線を感じ、そっと顔布を持ち上げる。
——見上げれば、壁に埋もれるように首だけを覗かせた巨大な黒い獣が、俺を見下ろしている。
鼻をつくような、焦げたような獣臭。静寂を切り裂くように、壁の向こうからギチギチと何かが骨を砕くような音が聞こえた。
黒い獣は瞳を光らせる。まるで俺を待ちわびていたかのように涎を垂らしながら。




