30[LOG] AM9:50 /
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
やがて下層区画のことを好き勝手言ってた奴らは、どこかの部屋に連れ込まれる。あの先に、彼らが言っていた根源プログラムとやらに繋がる何かがあるんだろうか?
不思議そうに見つめる俺を見た斯文が、淡々と言葉を呟く。
「彼らは貴殿と同じ天帝への"贄"だ。そこのガラス窓を見てみたらいい。勧めはしないがな」
そんな言葉を言われちゃ気にならないものも気になってくる。俺は好奇心に負けて、そっとガラス窓を覗く。見た瞬間、彼女が付け足すように言った言葉の意味を思い知る。
今になって、どうして見てしまったんだろうという後悔がグルグルと頭を駆け巡る。ひたすら自分のバカな好奇心を呪った。
彼らは規則的に並べられたシンプルな寝床へ横になり、頭上にある重々しい装置を頭に装着する。室内でなんらかのアナウンスが微かに流れる。ここからは何を言っているか上手く聞き取れない。
そして次の瞬間、何かが勢いよく引き抜かれるような音が空間を揺らす。しばらく経ってから、赤い"何か"が半透明のパイプを通り巨大な柱の根っこに流れていった。
処置が終わったあと、【天】の軍人が手早く彼らを寝床ごと何処かに運び出していた。呆然と見ている間にも、目の前の空間は巨大な柱だけが佇む空虚な空間に成り果てていた。
——俺はその"何か"を具体的に想像してしまい、思わず口を塞ぐ。気持ち悪い!気持ち悪い!!喉元まで何かがせり上がり、焼けつくような熱を伴って吐き気が込み上げる。必死に口を塞ぎ、嗚咽を殺すのが精一杯だった。
な、何がラッキーだ……こんな……こんなの処刑と変わらないじゃないか!!だけど【天】の連中は、これを平然と受け止めていた。というか、まるで楽しみにしているような言動と態度だった。つまり、彼らは何をされるのか理解してないんじゃないかと思われる。
すると今まで黙っていた斯文が口を開く。それは、彼女らしくない彼らの考えを代弁するかのような口ぶりだった。
「……【天】に住まう人間は、皆ここに来るのが最上の願いだ」
「な……何言ってんだ……こんなの……」
俺は絞り出すように言葉を紡ぐ。だけど彼女には、俺の感覚がいまいち理解できてない様子だった。よく分からないものを見るかのように、すぐさま結論を述べる。
「ここに来れば老いや病に苦しむ必要ない、痛みなど些細なことだ」
俺には正直分からなかった。【天】の人間が苦しんでいるという事実がピンとこなかったのだ。
下層区画だったら、まぁ分からなくはない。食料は萎びた芋や乾物など貧相なものばかりだし、まず息を吸うだけで痛みが伴う。見渡す景色は、汚らしく正しくゴミ箱の中のようだった。生きてるだけで罰とはこのことなのだろう。
でも、【天】は食料だって豊富だろうし空気だって綺麗だ。噂では働く必要もないし、金だって心配しなくてもいいと聞く。そんな立場の人間が苦しむ理由とはなんだろう……?頭を悩ましても、残念ながら結論は出なかった。
きっと、俺みたいな貧乏人には理解しがたい異次元の苦悩なのかもしれない。今はそう結論付けるしかなかった。
ひとまず彼らからしたら、この行為は救いなんだろう。俺が【天】に憧れるように、彼らにも憧れるものがあるということだけだ。だけど傍から見ると、実験動物のような扱いにしか見えなかった。
あまりにも無機質で、効率しか考えられていないような荒っぽい方法で、【天】の人間が扱われてるとは思わなかった。彼らの意思はずっと尊重され、花よ蝶よと守られているかと思っていたんだ。
最上の楽園に思えていたはずの【天】も、知れば知るほど下層区画と大して変わらないんじゃないか?そんな考えが重くのしかかる。純粋で真っ白だったものが、どんどん灰に染まり、やがて黒ずんでいく感覚がした。
いや、もしかしたら……最初からこの世界はずっとそういう感じに回っていたのかもしれない。ただ、それを知らなかっただけだ。無知とは罪だとよく聞くが、これじゃあ知らないほうがよっぽどマシに思う。
正直言うと、下層区画の汚い隅っこでいつか行きたいと願っていた時のほうが幾分幸せだった。そんな気がする。結局、あの日に夢見た楽園は偽りにしか過ぎなかった。いや、楽園なのは変わらないのかもしれない。ただ常人には理解できないものだけだった話だ。
項垂れる俺に斯文は叱るわけでも励ますわけでもなく、ただ前を見据えたまま声をかける。
「行くぞ」
そんな殺風景な言葉が、白い空間に響き渡る。
俺は、これ以上【天】のことを知るのが恐ろしくなった。だけど今更、逆戻りなんてできない。現実を知りすぎた頭が重く中々一歩を踏み出せなかったが、なんとか必死に足に力を入れる。
そしてこちらを見向きもせず、前へ進む彼女の後を急いで追う。だが俺の瞼の裏には、先程の赤い光景が残り続けていた。




