29[LOG] AM9:21 /
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
階段を下りた先は、延々と続く白い廊下だった。なんとも殺風景かつ無機質で落ち着かない。
かなり前に拾った【天】で発行されているらしい雑誌で見た葬儀場も、こんな雰囲気だった気がする。
それを初めて見たとき、最期はこんな無機質なところに押し込められるんだと思ってしばらく怖かったのを覚えてる。変に怯えてたら李沈と景春にからかわれたっけ。
自然と歩みが重くなるのを感じながら、俺は肩で微かな振動を続けるチュンにそっと触れた。その冷たい機械の感触だけが、不安を払拭してくれる。
すると向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。俺は薄布を握りしめながら、身体を強張らせながらすれ違う。誰かと思えば、散々俺たちを殺そうと追いかけ続けてきた軍人たちだ。彼らは一分の乱れもない正確な足取りで横を過ぎ去っていく。
どうやらここは【天】の中枢部分に近い場所のようだ。しっかし地上にはあんなに立派な建物があるというのに、地下に引きこもりっぱなしとは随分勿体ない話だ。
その時、軍人たちから微かに金属が擦れるような音が漏れていることに気づいた。……いや、違う。関節が動くたびに響く、あの不自然な硬質な摩擦音だ。
1つ考え出すと、今までの彼らの行動が全て不可解に思える。どんな状況でも声を発さなかったり、踏みつけた時の固い感覚とか……流石にここまで揃うと人間だと思えない。
だが疑問に思ったところで、今はひたすら頭の中で思考を、かき混ぜ続けるしかない。ここで何か言えば、途端に俺は捕縛され処刑されるだろう。
軍人たちは思った以上に勘が鋭い。いや違うな……彼らに指示を出してると思われる、根源プログラムとやらが色んなところで監視しているお陰なんだろう。だから迂闊に行動できない。
すると、斯文は独り言のように呟く。淡々と、軍人の愚かさを嘲笑するように。
「はっ、同じことを繰り返すことしかできぬ傀儡の分際で貴重なメモリを喰うとは、なんとも忌々しい」
今、彼女は何と言った?傀儡?比喩ではなく?彼らから機械のような音がするのは、本当に機械人形だからというのか?あり得ないと思いながらも、何故か納得してしまってる自分がいた。
だが、同時に1つの疑問が生まれる。もし本当に軍人たちが機械人形だとしたら、メンテナンスは欠かせないはずだ。
しかし、今まで見てきた中でそんな様子は一切見受けられなかった。人間と遜色ない軽やかな動作を、平然と行っていたと思う。機械人形だというなら、どれか一体ぐらいは動きが鈍くなってる物だって存在するはずだ。整備していたとしても、機械はある日突然おかしくなるものなのだから。
【天】に入ってから感じてる非現実的な感覚が、現実味を帯びてきて気分が悪い。それに比例して、歩みも重くなるように感じる。俺は一旦斯文に休ませてほしいことを言おうとした。こんな重要な時に申し訳ないが、どうにも足元がフラフラして仕方がないのだ。
そのとき別の道から軍人に連れられた、老若男女を問わぬ一団が姿を現す。彼らは歩きながら、まるで宴会場に向かうような楽しげな会話を繰り広げている。これから起きることに、胸膨らましているような様子だった。
斯文は咄嗟に、道を譲るふりをして俺を背で隠す。そして彼らが通り過ぎるのをジッと待った。彼女の身長より、俺の背のほうが高いので無事隠せているか分からない。だから少しだけ、俺は顔を出来るだけ見えないように逸らす。薄布で隠れているとはいえ念には念をだ。
その時、彼女の背越しで聞こえた言葉に俺は絶句することになる。
「私たちもラッキーだよね!こーんなに早く根源プログラムに行けるなんてさ!」
「ほんとほんと!近いうちに【天】の大体の区画は下層区画の仲間入りするらしいから危なかったよ~」
「ふん、あんなゴミ貯めに行くなんてごめんだな」
「あ!そういえば、下層区画も削除されるらしいよ?」
「まずなんで今まで残してたんだい?」
「さぁ?天帝の布告によると探し物が見つかった?からもう用済みなんだって」
下層区画が【天】の人間たちにとって、ゴミ捨て場同然なのは何となく分かっていた。だが俺にとってあの場所は李沈や景春、いやそれだけじゃない色んな人たちとの思い出が残ってる場所なんだよ!!
それを……まるでゴミ掃除みたいに……くそっ、言い返したいのに言い返せる状況じゃないのが憎い。
そもそもあの巨大な魔窟を簡単に無くすことなど不可能だ、できっこない!!まず削除って言い方が妙に引っかかる。まるでデータみたいに……俺たちの命はそんなに軽いのか!!
しかし、こいつらに何を思ったところで無駄だろう。だから今すぐに下層区画に戻って、この事実を伝えたいと思った。きっと悪鬼にまた操られてるんじゃないかと糾弾され、次こそ始末されるに違いない。それでも、すぐ走り出したい衝動に駆られた。
でも、今の俺は所詮人質に近い存在だ。勝手な行動をするということは、玄境たちの労力を無駄にすることと同等だ。
どうしても俺は、「いつもどおり」を……いや李沈に一目会いたかった。町の存亡がかかっていたとしても、それだけは譲れなかった。自分のエゴを優先する自身を、ひたすら心の中で責める。
すると、チュンが小声で話しかける。どうやら、必死に感情を押し殺すよう歯を食いしばる俺を見てたらしい。
『PPP……ザザッザザザ……あんな連中のことなんかどーでもいいじゃん……嘘かもしれないし。一々気にするだけ無駄無駄……ザザザ……PPP』
確かにチュンが言う通り、あいつらだって人づてに聞いたことのように話していた。デマを掴まされていたかもしれない。きっとそうに違いない。……そうであってくれ頼むから。
チュンの何とも言えない軽い励ましが、今の俺にはありがたかった。返事は残念ながらできないが礼の気持ちを込めて、そっと頭を撫でる。冷たい金属が、自身の指先の温度によって生温くなる。
自分の心も金属と同じように、簡単に温度を取り戻せればよかった。なんとなく残った嫌な胸騒ぎが、微かに蟠りを残してるように感じた。




