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2[LOG] PM23:06 /

0話と1話は同時更新

5話までは毎日更新

6話からは月曜と金曜の週二更新


大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます

 ふざけた声は死にかけの俺を誘惑してくる。何処から聞こえるのか分からないが、すごく耳障りに聞こえた。くだらない……そんな冷笑的な言葉も声にならず、心の中で血と混ざり合って消える。普段だったら誰かの言葉はしっかり聞こうと思うが、今は……正直どうでもいい。

 もうこの世界で生きられないのなら、最後くらい思い出に浸らせてほしい。でも悲しいことに鮮明に思い出せるのは、李沈(リーシェン)の咳払いとか景春(ケイシュン)がめくる雑誌の音とか……そんな今朝の他愛無い風景くらいだった。おかしいな、もっと色んなことがあったはずなのに。いざ死を目の前にしたら、ほぼ空白だ。

 

楽しかった日とか、悔しかった日とか……都合よくポンポン出てきて最後を彩ってくれたら良かったのにな。あ、そういえばまた李沈(リーシェン)との約束守れなかったな。夜こそは早く帰ろうと思ったのに。家にすら帰れずここで息絶えるとは思わなかった。

 そんなわけで死を目前にした俺には、謎の声に答えてる余裕はない。死に際の記憶の書類整理に忙しいんだ。


 すると折角声をかけたのに無視されたと思った謎の声が痺れを切らしたようだ。その引き下がらない態度が、今の俺には酷く癇に障る。



 

「ちょっと~!無視しないでよ!あ~!そっか、私の姿が見えないから分かんないのか!ごめんごめん!ちょっと待ってね~」

 

 

 

 気の抜けた声が響く。死にかけの俺とは正反対に、のんびりしてるような印象を受けた。この謎の声は何を言ってるんだろうか……と思った。しかし次に起こったことは、あまりにも非日常的な現象だった。

 俺が作った血だまりは徐々に広がり、狭くて汚い道路を赤黒く染めていく。その過程で、血が一部に集まってるのを微かに見た。そんな集まりが動く。1つの小さい波紋から始まり大きな動きとなって、人の形を形成したのだ。

 あり得ない……血だまりから女が現れるなんて。だけど俺の命はもう終わる。何が起きても、この死の運命は覆らない。驚きは冷静な分析によって急激に冷める。

 

 そんな僅かに残った思考で、目の前に現れた女を観察する。第一印象はいかにも変わった女だなと思った。

 下層区画では嗅いだこともない派手な花の匂いを纏いながら、春を売る女みたいなペラペラのワンピースに不釣り合いなコートを羽織ってる。

 しかも、ただのコートじゃない。軍人のお偉いさんが羽織るような、仕立ての良い立派なものだった。その証拠に施された金の装飾が、ネオンの光を反射して怪しく輝いている。

 そして驚くことに彼女は宙を微かに浮いており、尻尾?を足に巻き付けている。一目でこの世界の人じゃないと分かった。まず、人間ですらないのかもしれない。

 彼女が微かに動けば、ほんの少しだけ空気が痺れる。……というか彼女の領域になっているように見える。ほんの少しだけ空間自体歪んでる気がする。普段感じる大気汚染の刺激ではなく、世界全体が彼女を警戒しているような……。そんな感じがピリピリ伝わる。

 

 ひとまず俺は黙った。余計なことを言って、何をされるか分からない。先ほど異質な【天】の軍人たちに喧嘩を売って、現在進行形で死にかけているのだ。同じ過ちは繰り返したくない。

 女は押し黙る俺を見て、にやけた表情で言葉を吐き出す。それは罠のような甘い毒の誘いだった。



 

 「ねぇ、君さ今まさに死にかけてんでしょ?命欲しくない?欲しいよね?ね?」


 


 一々癇に障る女だと思った。だけど命が欲しくないと言えば嘘になる。今すぐに立ち上がれる身体があれば、二人が連れ去られた後を追いたい。しかし、それができない。悔しいが、身体からは力が抜け落ちるばかりだ。

 俺は声を振り絞って、女に反論する。少し気を抜けば意識が飛びそうになるのを、必死で耐えた。



 

 「……そう簡単に命が……手に入るんなら……く、苦労しない……!」


 

 

 ──アハハッ!!

 その返答を聞いた女は声をあげて笑う。お笑いを見たかのように盛大に。こういう人から外れた生命体も笑うことは人と同じらしい。そして再び問うのだ。



 

 「簡単にあげられるから言ってるんだよ、私ならそれができるんだなぁ!ただし、条件付きだけどね。さっきのやり取り見てたよ?悔しいよねぇ?辛いよねぇ?

──選びなよ、ここで死ぬか命を得るか。」


 


 俺は選択肢を突き付けられた。間違ったら後には引けないのだろう。

 選ばないという選択肢は、きっとこの女の問いには存在しない。それに……なんとなく自分に残された時間が少ないことを感じた。やり直しのきかない最後の選択肢のようだ。

 

 今まで金が無いながらも、生活を楽にしたい思いで必死に働いて暮らしてきた。それを上の一存で勝手に毟り取っていくのは、流石に許せない。大体この国は天帝を中心に動いている。命令とあらば、逆らえる者はいない。だからこそ、天帝お抱えの軍人どもがコソコソと貧乏人を攫う理由が分からない。

 李沈(リーシェン)景春(ケイシュン)を【天】に連れていきたきゃ月一の抽選を弄ればいい。何でそれをやらないのかが分からない。隠さなきゃいけない理由があったのか?

 

 しかし今更、憤りや疑問を感じたところで所詮は下層区画の虫けらだ。恐らく単純な感情で片付けられるだろう。二人は"必要だった"から攫った。俺は"邪魔だから"殺した。それだけだ。

 喚いても変わらないんじゃないかと俺は思う。今までもそうだったから。ゴミクズ扱いは、もう慣れっこだ。いつか壊れるものが、今壊れただけ……。

 ──それでも俺は自身が人じゃなくなっても「いつも通り」を取り戻したかった。それだけだった。


 

 俺はこの女の誘いに乗った。

 愚かだと思う。いつか必ず、この決断を後悔するんだろう。それでも今この瞬間は、死に物狂いで足掻いて喪失の傷を見ないことにしたかったんだ。

 彼女は返答を聞くと不気味な微笑みを浮かべながら、しゃがんで壁に横たわる俺へ目線を合わせる。その様子は、まさしく新しい玩具を手に入れた子供のように見えた。そして楽しそうに言葉を紡ぐ。


 

 

 「いいね、そうじゃなきゃ……ね!」



 

 女は、棘のように鋭利な爪を自分の手首に突き刺した。そこから流れ出した鮮血を指で掬い取ると無理矢理、俺の唇に押し当てる。そして言うのだ。


 


 ──舐めて。



 

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