1[LOG] PM21:12 /
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大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
その日も一日中、色んな家の空気清浄機を直し続けた。相変わらず、どの家も重要なファンが錆びついていて回転しない事態に陥っていた。更には厄介なお客さんが多かった。
大体が、ガキだからとか~貧乏人如きが~とか散々喚き散らす奴らだ。偉そうに背を蹴って空気清浄機の前に突き出す奴もいたかな?
じゃあ、お前が直せ!と言いたくなる。金のために口はちゃんと噤むけど悔しかった。
厄介な人にばかり当たってヘトヘトなまま、近くの市場に立ち寄り食材を買っていく。選ぶものも対してなかったので、適当に選んで店を足早に出る。
結局、肉とかいう贅沢品は手に入らなかった。というか、何時にも増して市場の食材が質素になってるように感じる。何でだろうか……?今日なんか芋とか麦とかしかなかったぞ。以前は、もう少しマシなものが並んでたような気がするんだけどな。
店のおじさんに芋ばかりじゃないかと苦言を呈したが、【天】が意図的に数を減らしてんじゃねぇか?と軽く冗談っぽく返された。多分、色んな人から同じことを言われているんだろう。途端に申し訳なさが心を占める。
俺は晩飯の入った袋を持って、小走りで違法建築を繰り返したビルの間を駆けていく。案の定、仕事と晩飯の買い物で時間を取られ、すっかり周りは夜の暗幕が落ちていた。今は大体21時くらいか……。
下層区画は普段から治安は良くないが、夜はそれ以上に危険だ。見えないところで、知りたくないことが密かに行われている。まぁ脱法的なことをやるなら、夜のほうが都合いいんだろう。
この下層区画に法なんて存在しないが、人目に触れたくないものは煤を溶かした夜の闇に隠すのが丁度いい。隠すことで守られてるものも確かにあるからだ。
ようやく近くの通りに出て安心したのも束の間、普段通らない路地裏で誰かが言い争う声がした。恐らく女が複数人に反抗する感じの……。こういう手合いには関わるべきではないのだろう。
だが聞いてしまった以上、放置もできない。無駄な良心のせいで、面倒ごとに足を突っ込まさせる。俺は、ひとまず物陰に隠れて様子を伺ってみることにした。いざとなったら、飛び出して襲われてる女だけを連れて逃げられるように──。
俺はその時、言い表せない嫌な予感がしてた。寒気にも似た足元が覚束ない感覚だ。できれば外れてほしい、そう祈って覗き見た。
──そこには自分の想像以上に嫌な光景が広がっていた。
この下級区画では、ほぼ見ることのない【天】の軍人数人が男女を拘束してる。しかもその男女は朝、会話していた景春と李沈だった。二人は抵抗しないよう後ろ手で縛られ、どこかに連れていかれる途中だった。
俺は、それを見たとき咄嗟に踏み出そうとした。次の瞬間、景春と目が合った。あいつは俺を見るなり、瞬き2つしたのち顔を背けた。それは、この肥溜めみたいな下層区画でトラブルを避けるために考えた合図だった。
──俺たちのことは放っておけ。
彼らは人目を避けるように狭い路地の奥に行ってしまう。俺は景春の忠告を見たとき、すぐさま逃げるべきだった。連れ去られる二人を見なかったことにして、一人で暮らせばいい。
──だが、俺にはそれが出来なかった。
晩飯の入った袋を投げ捨て、代わりに落ちていた鉄パイプを握りしめ駆けだした。いきなり現れた俺に驚いたのか【天】の軍人たちは蟻が散り散りになるよう二手へ分かれる。
片方は二人を連れて路地裏の角へ、もう片方はこちらを始末しようと躍起だった。俺は立ちふさがる軍人どもを思いっきりぶん殴り、連れ去られた先を目指す。
もう少しで──というところで俺は後ろから殴られる。いきなり感じた鈍い痛みに、思わず頭を押さえる。俺の動きが鈍ったのをいいことに、軍人の一人が銃剣を勢いそのままに俺の背後から突き刺した。
腹からは血が留めなく流れ止まりそうにない。俺を邪魔だと言わんばかりに、路地裏の壁に思いっきり投げつけると【天】の軍人たちは二人が連れてかれた路地裏の先へ消えていった。
残ったのはジクジクと身体を蝕む痛みと、消失だけだった。
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【天】の軍人たちが立ち去った後、その場に残されたのは血を留めなく流したボロ雑巾のような俺だけだった。乾いたアスファルトの上を、まるで生き物かのように鮮血が広がってシミを作っていく。
俺は結局無力だった、自分の家族が攫われるのを見ても助けることすら叶わない矮小な存在である。それどころか、下手に反抗したせいで、自分までも生死の境に立っている。悔しい、悲しい、空しい、情けない──様々な感情が俺の中に渦巻く。
だがそんな思考も霞のように消えていく。足から始まり、今は全身から体温が消えていくのを感じる。これが「死ぬ」ということかと初めて思った。
俺が死の直前にいる頃、生々しい匂いと汚染された大気に混じって生きてきた中で一度も知らない匂いが漂ってきた。それがあまりのも下級区画には似つかわしくなかったのを何となく覚えてる。多分、花街の姉ちゃんたちが纏ってるような男を誘う感じの匂いだ。
──ふと何者かが近づいてるのを感じた。俺はある限りの力を振り絞って、言葉を発した。
「………………だ……だれだ……」
汚いアスファルトと血まみれの人間だけの空間に、まるで不釣り合いな猫をなでるような女の声が響いた。それは今状況には似つかわしくない、ふざけた言葉だった。
「君さぁ、このまま死んでいいのかにゃ?」




