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観測ログ警告:
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・記録内容に欠損が発生する可能性があります。
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[観測を開始いたします]
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この日もいつも通りの一日のはずだった。
キュッキュッ。
マンションの一室に備え付けられた、厳つい空気清浄機のバルブを開ける音が早朝から響く。機械は大気汚染の影響により錆付き、所々動きが鈍くなっている。俺は、真っ黒になっていたファンを新品の物に付け替えた。そして、解体するために外したものを徐々に取り付け元の形に戻していった。
そんな様子を、困り顔のお客さんが隣で俺を見つめている。ようやく作業が終わったのを見て、ひとまず安心したようだ。
「可可悪いわね、こんな朝早くに呼び出しちゃって」
「いえいえ全然平気ですよっと!これで完全に直りましたよ」
「ありがとね、これで安心して部屋にいられるわ」
「あはは、空気清浄機が無かったら耐えられませんもんね」
「はい、これ修理代。本当に助かったわ!」
「ありがとうございます!ではまた困ったら呼んでください!」
俺は深くお礼をしてお客さんの家を出た。俺は小走りで自分の家に向かう。もうすぐ夜明けだというのに大気汚染の影響で、風景は重い煤の霧の影響で酷く淀んでいる。浅く息を吸えば、喉に突き刺す痛みを感じる。
更には違法建築を繰り返したビルが立ち並び、空すらもまともに拝めやしない。汚染により外で商売できない分、客を呼び込むための毒々しい色をしたネオンサインの数々が安っぽく点滅している。
これが、今住んでいる下層区画のいつもの風景だ。
俺は以前まで、廃材をかき集めて日銭を稼いでいた。しかし、それでは生活がままならない。
だから手先が器用なのを生かし、技工士に弟子入りをした。最近は空気清浄機の修理を任せてもらえることになったため、ひと晩の飯ぐらいは稼げるくらいには成長したと思う。
それでも貧乏人には変わりないため、日々空腹を誤魔化しているが。
しかも最近になって、双子の妹が体調を悪くした。恐らく大気汚染によるものだろう。一度医者に診せてやりたいが、ここの医者は馬鹿みたいに値を張り上げてる。だから何としても稼がなくちゃいけない。
そもそも、こんな小汚いゴミを寄せ集めた町に住み続ければ妹だけじゃなく俺も、更には同居する友人も碌な死に方をしないだろう。
俺たちには親がいない。だから金に余裕がなく伝手もない。それでも希望がないわけじゃない。
この下層区画の遥か上には、【天】と呼ばれる上層区画があるらしい。残念ながら俺は一度も行ったことがないし、詳しいことも知らない。
ただ──こんなところよりも空気は綺麗で、まさしく極楽みたいな場所だという噂だけは、嫌というほど聞いてきた。
もっとも、あそこへ行ったきり便りが届いた奴は一人もいないが。
少なくともこんな場所よりはいいだろう。朝っぱらから、小さい店先で住民たちがやいやい騒いでいるような場所よりは。
聞こえる下賤な会話は果たして金がなくツケをせがむ声か、それとも盗みを働いても認めない声か……。まぁ聞いていていいもんじゃないのは確かだ。
しかし、それらは俺の予想に反して"とある抽選結果"を嘆く声だった。
──ほぉらごらん!今回も外れたじゃないか!
──こんなもん当たんのかよ!
──【天】の連中が誑かしてんじゃねぇか?
そうか、思い出した。今日は【天】への住民権を得られる抽選が行われる日だ。月初めに忘れず申請すれば、いつかは行ける。それがいつになるかは分からないけど……。
多分彼らと同じく俺たちも外れているんだろう。期待するのも疲れてきた。だけど今の俺の立場では、運に人生を賭けるしか方法がない。
いつの日か【天】へ行き三人で悠々自適に暮らす淡い希望を抱きながら、今日も労働に勤しむ毎日だ。
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ようやく自らの家に付き、家族を起こさないよう泥棒さながら静かに玄関を開ける。音を立てないよう気を配っていたはずだが無駄だったようで、背後から何者かが俺に苦言を呈してきた。大げさに驚いた俺は、恐る恐る後ろを振り向く。
「朝っぱらから、また仕事?そういうのは断ったほうがいいって前にも言わなかったっけ?」
俺の双子の妹である李沈が、待ち伏せするかのように仁王立ちで玄関に佇んでいた。彼女は俺と同じ亜麻色の長い髪を靡かせながら、荒い咳を度々する。頼むから寝ててほしいと願う俺の心象なんて関係なしに、厳しい言葉を振りかざしながら詰め寄る。
「ゲホっ……約束したよね?仕事は好きにすればいいけど、常識はずれの時間はやめろって。アンタの身を案じてんの分かんないわけ?」
「し、したけどさ……でもほら!引き受けたら、ちゃんと金が入ってくるだろ?お前らに迷惑かけないようにすっからさ!な!」
「ふーん…………そう!じゃあ、お詫びとして今日の夜の晩御飯の当番は可可ね!」
約束を破ったことを利用して李沈が面倒くさいことを俺に押し付けてきやがった。俺は勢いで李沈に反論する。
このままだと彼女の思った通りに事が運びすぎる。そんな張り合うことでもないと考えているが、一分早く生まれただけの情けない兄の矜持が邪魔をして素直に了承できなかった。
それに今日の当番は、もう一人の同居人であり友人でもある景春のはずだ。理不尽もいいところなので、決まってた事実を李沈に突き付ける。
「はぁ!?今日は景春だろ!!夜勤の前にやるって言ってたぞ!!」
「あれー?そうだっけ?ゲホゲホッ……ねぇ景春、今日アンタだっけ?当番」
李沈は狭苦しいリビングに唯一あるソファを占領してる、景春に話を振った。おめおめと晩飯の当番を押し付けられるのは流石に我慢ならない。(あと正直面倒くさい)
俺は、彼が李沈の話に乗っかりませんようにと心の中で願った。だが、世の中そう甘くない。
「あー?確かに俺が当番だけど……約束破ったんなら、それなりのケジメをつけてもらわねぇとなぁ可可?ってことで今晩頼むわ」
「ハイ決定!今日は肉がいいでーす!上等なやつね!」
李沈はここぞとばかりに無茶な要求をしてくる。
大体食べられる肉なんて、滅多に正規の市場に上がるもんじゃない。もちろん市場以外で売ってる肉も存在するといえば存在するのだが……アレに手を出せば体調不良不可避だ。恐らく路地裏で始末されたであろうヤバいものだ。関わるもんじゃない。
以前、騙されて買ったとき大変な目に遭った。それを知ってるくせに、わざわざ提案してくる時点で李沈も、中々怒っているのだろう。
だがここで変に意地を張っても仕方ない。俺は溜息をつきながら、負け犬の遠吠えのような捨て台詞を吐く。
そして次こそは、妹との舌戦に勝つため睨みを利かせた。
「肉買える金は無いからな!くそっ……あとで覚えとけよ……」
体よく当番を押し付けられた俺は、どうやったら楽できるかを頭の中で考えていた。今日も朝飯を食べたら、朝から晩まで空気清浄機の修理回りをしなくてはいけない。果たして晩飯の買い物をしてる暇があるだろうか……?
大体まず、夜勤の景春がやれよ。李沈の案にタダ乗りしやがって。
俺は今更考えても仕方ないことを頭の中で巡らせながら、煤と油で汚れた器具を手早く拭く。そして次の仕事先に向かうため、早々に家を出た。
出た時も李沈がなんか皮肉を言っていたが、ひとまず流しておこう。厄介な喧嘩はしたくない。
そんな時、ふと思う。俺たちの生活は、ギリギリの水面を避けてるようなものだ。何か1つ壊れれば、たちまち崩れてしまうだろう。
あといくつ、このやり取りを出来るんだろうか。
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