26[LOG] AM8:42 /
月水金の週三更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
斯文に連れられてきたのは、まるで急遽ここに作られましたと言わんばかりの鉄製の扉だった。周りが白いため、そこだけ悪目立ちしている。しかし、その扉にほんの少しノイズがかかって見えるのは何故だろう……?俺の目が疲れているのか?
よく分からないが、きっと普通の【天】の人間は近寄らない場所なのだろう。俺は息をのむ。
だが、彼女は突如振り返りこちらを見てくる。急な行動に驚いて、つい後ずさりしてしまった。暫く経っても何も言わないので、仕方なく俺のほうから尋ねることにした。
こうやって話を振らないとアクションを取ってくれないのは流石に疲れるのでやめてほしいが……仕方ない。
「……ど、どうした?」
「貴殿は何故危険を冒してまで【天】に来た、理由を聞かせてほしい」
「な、なんでそんなことアンタに言わなきゃいけないんだ」
「愚か者の思考を知りたいからだ」
その言葉に思わずムッとする。だけど、ここで感情を露わにするべきじゃない。きっとこれは斯文が俺を試しているのだろう。自分の欲求を叶えられる者かどうかを見定めるために。
変に躍起になるべきじゃない、だから俺はプログラムされた機械のように、冷たく型にはまったような言葉を吐き出す。
「妹を取り戻しに来たんだよ、【天】に無理やり攫われたからな」
「では貴殿の妹が帰りたくないと喚いても無理矢理連れ戻すのか?随分とエゴに塗れているな」
「…………そ、それは……」
「共に暮らしたいと願っていたのは貴殿だけかもしれないと思わなかったのか」
斯文に言われてハッとなる。そうだ……俺は「いつもどおり」に戻りたくても李沈はそうじゃないかもしれない。
どうして考えなかったんだろう。俺のエゴだけを優先し、妹の意思を一切考えていなかった。言葉が詰まる。こんな奴が兄だなんて迷惑もいいところだ。思いっきり拳を握りしめ、斯文の持論に反論できない自分を恥じる。
そんなとき、ずっと内懐に入れていたチュンが飛び出してくる。突然の出来事で思わず目を見開いてしまった。だが、そんな俺の反応に一切見向きもせず、小さな体に合わない強気な発言を彼女に吐き出す。
『PPP……ザザッ……PP……うっさい!!勝手に他人の感情を決めんな!!黙ってろ機械女!!……PPP』
「……なんだこの玩具は」
『PPP……ジョーイシャ気取りやがって不愉快なんだよ!!……ザザザッ……感情が知りたいなら踏み込まない配慮ぐらい覚えてみろバーカ!!……PPP』
小さな機械から思いもよらない悪舌が飛んできて、俺も斯文も唖然とする。今まで渦巻いていた申し訳ない気持ちや、妹への贖罪の感情が一気に吹っ飛んでしまった。だが、チュンのおかげで言いたいことが整理できた。
斯文に言われた通り、もしかしたら李沈は戻りたくないかもしれない。景春と同じく新しい運命を歩みたいかもしれない……。だけどそれはチュンも言っていた通り、本人しか知りえない。
だから俺はそれを確かめに行きたいことを斯文に告げる。俺を愚者だと見下す彼女に、そんな感情は伝わらないかもしれない。でも、伝わるように彼女の瞳を真っ直ぐ見据えて言葉を紡ぐ。
「確かにあんな肥溜めに戻りたくない……かもしれないな。でもそれは本人に聞かなきゃ分からない。
だから天帝に李沈の居場所を聞きに行くんだよ。妹に拒否されたら諦めて帰るさ、だけど一言で良い話をしたい」
斯文は黙る。暫く沈黙が続いた後、彼女はポソリと言葉を漏らす。何と言ったかよく聞こえなかったが、ほんの少しだけ俺の言いたいことが伝わったような気がした。
ちょっと安心したのも束の間、彼女はいきなり何かを目の前に差し出す。それは、見るからに上物の布で作られた綺麗で品のある薄布だった。ほんの少し光に当たってキラキラと反射している。
「……これを被っていろ、貴殿の格好では悪目立ちする」
俺は彼女に言われるがまま薄布を受け取り頭からすっぽり被った。息苦しいので顔は目元だけ隠す形になる。斯文は、それを確認すると鉄の扉を押し開ける。
目の前に広がっていたのは奈落へ続く白い階段だった。ほんの少し冷たい空気が伝わってきたため、無性に不気味に感じる。彼女は何も言わずそのまま階段を下りていく。
どこに連れられるか分からず、グレモリーの時とはまた別の恐怖を感じる。だがここで引き下がれない。俺は、ひとまずチュンに命令を小言で下す。
「チュン、救難信号を出し続けてくれないか?微弱でいいから」
『PPP……ザザッ……PPP……わかった。でもアンタほんとに行くの?……PPP』
「あぁ、決めたからな」
『PPP……ザザッ……あっそ……PPP』
今の俺には、これしか『自分がここにいた』と証明する術がない。あまりにも可能性が低い賭けのようなものかもしれないが、誰かがその信号を見つけてくれることを祈ろう。
小さい頃、李沈にせがまれて読んだ絵本を思い出す。まさにこの救難信号は、子供たちが迷子にならないように来た道にパンくずを落としていくアレによく似てる。彼らの道筋は消えてしまった。だが俺の道筋は、そう簡単に消させやしない。
しかし不安もある、チュンの発声機能が調子悪いように感じるのだ。ここまで来るのに随分無理させたので、申し訳なさが募る。落ち着いたら見てやらないとな。
俺はそんなことを考えながら、チュンを薄布で隠れるよう肩に乗せる。そして少し遅れて彼女の後を追った。
白い空間にカツン、カツンと二人分の乾いた音が響き始めた。




