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25[LOG] AM8:00/

月水金の週三更新


大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます

 その女は言った。冷徹で人を見定めるような瞳を俺に向けながら。それは町長に向けられた敵意のような感覚でも、玄境(ゲンキョウ)のような人を損得で区別するような感覚でもない。どちらかというと【天】の軍人たちの視線に近しい物だった。




 「貴殿らに恩を売ったのだから、今度は貴殿らが我に恩を返すべきだ」


 「お、恩ってなんだよ……」




 俺は身に覚えがない恩を返せとせがまれ、思わず疑問の言葉を吐き出してしまった。あまりにも唐突で感情が追い付かない。何の恩だと荒々しい言葉を投げかけると、彼女はまばたきを1つもしないまま、ただレンズのような瞳で俺を見つめ返す。そして淡々と書かれた筋書きをなぞるよう説明をしていく。

 女が言うところエレベーターの軌道を変え墜落させたのも、煙幕弾を投げ込んだのも自分だと言う。少なくとも、エレベーターに乗った時点で根源プログラム?とやらは異物(俺たち)を見抜いていたらしい。だからあのまま乗っていれば廃棄場送りだった?……ようだ。

 正直言うのなら、全て自己本位で押し付けてきた恩を返せと詰められるのは釈然といかない。だが、そんな女の余計なお節介により悲劇を避けることができ、今があるのも事実だ。

 その時、今まで思っていた不満が俺の頭を埋め尽くす。



 

 ——まただ。助けられた瞬間に、“代わりに何かを差し出せ”ってやつだ。



 

 元々この世界はそういうところだ。痛いほど理解していたつもりだった。だけど残念ながら、俺から差し出せるものは何もない。……つまりは命でも差し出せとでも言いたいのかもしれないな。

 確かに俺は下層区画の野良犬に過ぎない。きっと上品な恰好をした彼女から見たら、その辺のゴミと同等に見えるのだろう。だがこれ以上、誰かの都合のいいように動かされるのは我慢ならない。

 だから今度は向こうが何かを提示する前に、こちらから切り込んでみることにした。




 「……何をさせたい」


  

 

 すると女は淡々と言葉を紡ぐ。この女こと、斯文(スウェン)は自らの力で脱出できず囚われている者がいるので、それの手助けをしてほしいという。端的にまとめると、人助けのように聞こえるが恐らく違う。

 彼女は俺に、やりたくないことを押し付ける気なのだろう。今までの押し付けがましい行動から、察するにそちらのほうが自然と辻褄があう。

 断れば、どうせ碌な目に遭わないだろう。いや断る選択肢すらないのかもしれない。でも、断るとどうなるかだけは聞かないとスッキリしない。

 だから俺は斯文(スウェン)へ逆に問う。相手を刺激しないよう慎重に、そして舐められないように強い言葉で。




 「じゃあここで断ったら……どうなるんだ?」


 「貴殿らに断る選択肢はない。今の貴殿はまさしく我に命を握られてるに等しい。拒否すれば貴殿らの身柄を憲兵に差し出すだけだ」




 斯文(スウェン)はひたすら上位者を気取る。懇願している立場のはずなのに、自らに従うべきだという態度を崩さない。まぁ……恰好からして、いかにも【天】の人間のように見えるから仕方ないだろう。

 【天】の人間は生まれながら選ばれし人間だ。それくらい俺にだって分かっている。噂しか知らなくても、下層部の人間と【天】の人間じゃ同じ天秤に乗るはずがない。理解しているけれど、どうしても気に食わない。

 しかし、ここで彼女の手を振り払ってしまえば【天】で何も出来ぬまま下層区画へ逆戻りの運命だ。それは、どうしても嫌だった。せめて李沈(リーシェン)に会いたい。無事だと分かるだけでいい。それだけで「いつもどおり」に戻れた気がするから。

 

 だから俺は、斯文(スウェン)の頼みを引き受けた。しかしこれは決して譲歩したわけじゃない、牽制と威嚇を言葉に染み込ませて言葉を吐き出す。




 「条件を吞んでやる。その代わり、変な気を起こしてみろ——お前を黙らせる。下層区画の肥溜めを甘く見るな」




 精一杯の脅しを込めた言葉に彼女は一瞬だけ視線を揺らすが、直ぐに無表情に戻る。その反応からは残念ながら、どの感情も読み取れなかった。

 なんだか斯文(スウェン)の反応や動きは、まるで誰かが操る機械仕掛けのように感じる。いや、彼女だけじゃない。【天】に関わる全ての物が、無機質に感じるのだ……。なんだろう、この違和感は。知ってはいけないことに触れてしまったような……。

 

 すると犬の威嚇のように感情を逆立たせる俺をチラッと見ながら、斯文スウェンは淡々と言葉を紡ぐ。




 「…………ではこちらへ」




 彼女は、白い建物が連なる路地の先へ進む。その足取りは、まるで行く場所が決まっているかのように迷いのない歩みだった。

 だけど俺は中々一歩を踏み出すことが出来なかった。それはグレモリーと景春(ケイシュン)のことが気がかりだったからだ。何も言わず別行動をするのは申し訳なさを感じる。信頼とか信用とかいう綺麗な感情は存在しないが、なんだかんだで命を懸けて共にここまで来たんだ。そう簡単に切り捨てられない。

 でもここで引くわけにはいかない。俺は心の中で二人に向けて謝ると、先へ進む斯文(スウェン)を追いかけるように足を踏み出した。

 


 ——この決断は間違ってない。そう、心で念じながら。

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