9[LOG] PM14:24 /
月水金の週二更新
大体夜の11時10分ごろを目安に更新していきます
グレモリーに押し切られるがまま、俺は綺麗に整えられたソファへ遠慮がちに腰掛けた。
この空間にいると煤に汚れた自分の格好が浮いてるように感じ、なんだか落ち着かない。座ることで汚してしまうんじゃないかという気分にさせてくる。
そんな気持ちも露知らず、彼女は鼻歌を歌いながら何かを淹れている。微かに優しい香草の香りがするから、多分お茶だろう。呑気な雰囲気に水を差すようで悪いが、どうしても慣れない空間で落ち着かない。
だから俺は、気を紛らわすために思い切ってグレモリーへ話しかける。慣れなさが声音にも影響し、僅かに上擦った声を出してしまったことが今思えば恥ずかしい。
俺が呼びつける声を聞きつけ、彼女は奥からひょっこり顔を覗かせる。そして「なぁに?」と返事するのだ。どうやら先ほどまでのピリつく雰囲気は何処かに行ったみたいだ。少し安心して言葉を紡ぐ。
「あ、あのさ……手を出さないとか言ってたのに、助けてくれただろ?一応お礼を言っておきたくて……ありがとな」
「え~?いらないよそんなの~!だって僕が困ってたら手を貸してあげるものでしょ?いい飼い主ならトーゼン!」
「そ、そうか……」
「そんなどーでもいいことなんかより!ゆっくりしててよ~久々の来客なんだからさ!」
グレモリーがそう言った直後、どこかから耳をつんざく高音が鳴り響く。彼女は珍しく焦ったような声を漏らす。そして慌ただしく奥のほうに引っ込んでしまった。
急に静寂が訪れたことで、再び居心地の悪さを感じた俺は、キョロキョロと周りを見渡すことで自分を落ち着かせようとした。仮にも異性の部屋を凝視するのは失礼だと思ってる。だけど、それくらいしか謎の緊張を紛らわす方法がなかった。
よく見てみれば細かいところにもグレモリーのこだわり?を垣間見ることができる。
一人で寝るには広すぎる豪華な寝床、そんな寝床を覆い隠すように黒くて薄いカーテンが吊り下げられている。壁には絵画やら動物の頭などが飾られていて、まさに別世界と言っても過言じゃなかった。
俺は動物の頭を壁に掛けているのなんて今まで見たことなかったので、まじまじと見てしまう。その動物は、ここでは見たことのない種類だった。山羊のような耳に、根本は太く先が細い角、そして閉じた口から僅かに出ている鋭い牙……こんな動物いたっけ?と首を捻る。
そんな中で、一際目立ってるのは荘厳な銀の飾りで仕立てられた鉄製の黒い棺桶だ。装飾が大げさにトゲトゲしており、あんなのでぶん殴られたらひとたまりもないだろうと勝手に想像を膨らませる。多分、俺くらいは余裕で入りそうな大きさだと思う。だが様子を伺いに行くのは、流石に勇気がなかった。
借りてきた猫みたいになっている俺を察したのか、チュンが静々と話しかけてきた。
部屋のコンセプトが悪趣味だとか、あんなデカい寝床を独り占めするなんて贅沢だとか……兎に角、他愛のないことを話した気がする。
半分チュンを不正操作?してると思わしき人物の主観が混じっていたような気がするが、気にしないほうがよさそうだ。知らないふりをするのも、また礼儀だろう。
そんな軽い会話をして少しだけ落ち着いた俺は、思い切ってチュンに頼みごとをしてみることにした。
──あの棺桶の偵察に行ってほしいと。
チュンは根性無しだの玉無しだのブツブツ小言を言いながら、棺桶のほうへ飛んで行った。おい待て!小言がほぼ悪口だったぞ?!俺は怒りに任せ、思わずチュンを掴もうとする。しかし小柄な機械人形のスピードに追い付かず、手をすり抜けていく。
俺は後できつく説教してやると怒りと悔しさを心に滲ませながら、自分の脳内で勝手に中身の予想を立てる。見た目の頑丈さを垣間見ても、どうせ中は見られない仕組みになっているだろう。
もし覗けたとしてもこの部屋の内装的に花とかが詰められているものだと思っていた。それはそれで悪趣味な飾り物だなとしか思えなかったが、世の中にはそういう家具もあるんだろう……多分。
しかしそんな悠長な考えは、チュンの甲高い機械音で打ち破られることになる。
『PPP……はぁ???!!!な、なんで!!!??……PPP』
チュンはかなり動揺したらしく、機械で出来た羽を慌ただしく動かす。擦れて微かに金属音が聞こえるくらいだった。そして思いっきり棺桶に体当たりする。
俺はそんな思い切った行動に驚き、慌ててチュンの元に駆け寄った。機械の体で、鉄の棺桶に体当たりなんかしたらチュンも棺桶も傷ついてしまう。
急に立ち上がったため思わずバランスを崩しそうになる。だがそんなことを考えてる暇なんてない。一刻も早く駆け付けて止めなくてはという使命に駆られた。
するとそこには予想もしなかった光景を目の当たりにする。黒い棺桶は、蓋の一部に強化ガラスがはめ込まれており中が覗けるようになっていた。赤い液体で少し見にくいが、その中には綺麗に仕立てられた漢服姿で眠る景春の姿があった。
「なんで……ここに景春がいるんだよ……」
訳が分からなかった。ただ、グレモリーのことが益々分からなくなったのは紛れもない事実だった。もしかしたら天帝の命で、俺に探りを入れるために近づいたのかもしれない……。そんな疑心暗鬼が俺の思考を埋め尽くすのは、時間の問題だった。
あの時見た光景が間違いじゃなければ、景春だって確かに【天】の軍人たちに攫われたはずだ。じゃあ、俺が軍人たちにボコボコされてる後で何かがあったのか?
次々と嫌な可能性が思い浮かび、思わず口を塞ぐ。自分が弱かったことで次々発露する事態に、足を掴まれる感覚がする。グレモリーと出会ったことで、目を逸らしかけていた責任を突き付けられた気がした。
あの時、俺が【天】の軍人たちを追い返せるほどの力があれば、李沈も景春もこんなことにならなかったのにという後悔が押し寄せる。
そんなグチャグチャになった思考を洗い流すかのように、どこからか水が流れる音が聞こえた。




