第6話 新しい策
エヴラールと出会った夜会の翌日の昼下がりの事。
オレリアは自室の机に突っ伏していた。
(や、やってしまったぁぁ……)
昨晩の自分の失態を思い出し、オレリアは羞恥と自己嫌悪から悶え苦しむ。
社交界のマナーを無視してダンスを誘っておきながら、突然泣き出すという不可解な姿。
普通の人間がそのような場面に出くわせば、間違いなく相手をおかしな人間だと判断するだろうし、立場が違えば自分も距離を置きたがるだろうとオレリアは思った。
「うぅ……」
「お嬢様ぁ、いつまでそうしているんですか。だらしないですよぉ」
机に頬ずりをして呻き声を上げる主人の姿を見ていられなくなったのか、後方で控えていたアンナがオレリアへ声を掛ける。
しかしオレリアが彼女の注意に従う事はない。
寧ろ脳裏で昨晩の記憶が繰り返される度に彼女の感情は膨れ上がり、居たたまれなさから悶え苦しんでしまう。
「その、お嬢様が気になっていらっしゃる方は公爵家のご子息様なのでしょう? なら、上手くいかなくても仕方ないですって。言い寄る女性なんて山程いるでしょうし!」
この言葉はアンナの純粋な気遣いによるものであったが、本来の意図のようにオレリアの心を鎮めるには至らない。
それどころか、寧ろ彼女の心を乱す要因となってしまった。
「し、仕方なくないもの……っ」
「え、えぇ……」
オレリアは元々どちらかといえば消極的な性格の少女だ。
容姿も教養も決して悪くはないものの、自己肯定感は大して高くない。
そんな彼女が自分の家よりも家の位に当たるエヴラールとの恋路に勝機があると信じて疑わない様子は、アンナを大きく驚かせた。
「お、お嬢様がそんな風に言い切るだなんて」
公爵家の嫡男に惹かれる一令嬢。言葉を交わしたのは昨日が初めて。
そんなオレリアの発言は世迷言と笑われても仕方のないものであった。
寧ろ『前回』の事など露ほども知らない者からすれば当然の反応とも言えただろう。
しかしアンナは違った。
彼女は何故か目を輝かせると、勢いよくオレリアの手を握る。
「お嬢様がこんなにも異性に夢中になる日が来るだなんて……!」
「あ、アンナ……?」
「きっと、昨日お話されたお方は大層魅力的なお方だったのでしょう」
「うん? うん、それはそうだけど」
「だって、中々自信を持てないお嬢様がこんなにも必死になっていらっしゃるんですもの。私、お嬢様が何かに意固地になる所は初めて見ました!」
どうやらアンナは昨日の今日でオレリアが、その気質を変える程に熱く盲目的な恋に落ちてしまったと考えたらしい。
少しずれた解釈ではあったが、それでもアンナは心の底からエヴラールと結ばれたいと考えるオレリアの気持ちを笑いはしなかった。
「お嬢様、私は応援しますよ。一使用人の力など僅かなものかとは思われますが」
(そういえば『前回』も、エヴラールを好きになったと知って誰よりも先に、真剣に応援してくれたのはアンナだったわ)
音が鳴る程の強さで胸を叩くアンナの姿を見つめながら、オレリアは自分の記憶を遡る。
『前回』の彼女はどこから仕入れてきたのか、男性が好ましく思う髪型や服装、所作などの噂を集めてオレリアに伝えたものであった。
手先が器用であった彼女はエヴラールへ会いに行くオレリアのお洒落にも一躍買っていた。
「……ありがとう、アンナ」
「とんでもございません! それよりもお嬢様、善は急げです。上手くいかなかった時程、早急に次の手を打つべきですよ」
「次の手……。そうね」
アンナに促され、オレリアは顔を上げる。
丁寧に畳まれた状態で置かれたハンカチが彼女の視界に入る。
昨晩、エヴラールに渡されたものであった。
(昨晩の私の様子は、客観的に見れば控えめに言っておかしな人間だった……。万が一にでもエヴラールから話し掛けて貰えるとは思わない方がいい。なら、自分から現状を好転させる機会を作らなければ。けれど、どうやって――)
「そこで、なのですが……お嬢様」
こほん、とアンナは咳払いを一つしてオレリアの考えを遮る。
彼女は何故か得意げに鼻を鳴らしながら口角を持ち上げる。
「奥様から言伝を預かっております」
「言伝?」
「はい。……先程から何度かそう申し上げていたんですけど、やっぱり聞いていなかったんですね」
「う……っ、ご、ごめんなさい」
「冗談ですよぉ」
物言いたげな目つきでアンナに睨まれれば、オレリアは首を竦めるしかない。
そんなバツが悪そうな主人の様子に笑いながら、アンナは口を開いた。
「『来週末にお茶会を開くから、招待するお友達を纏めておいて頂戴』との事です」
「お茶会……」
この言葉が誰からのものであるかを事前に聞かされていなければ察することも出来なかっただろう程に雑な声真似と共に、オレリアは伝言を告げられる。
瞬間、彼女は音を立てて椅子から立ち上がった。
(そうだわ、確かにあのパーティーからすぐにお茶会が開かれていた。『前回』は関係を深める前だったからエヴラールは呼ばなかったけれど……)
「……これだわ」
ハンカチへ視線を落としながら、確信めいたように何かを呟くオレリア。
そんな彼女の死角では、すっかり恋のキューピッド気取りのアンナが満面の笑みで親指を立てていたのだった。




