第4話 変な人
エヴラールは一頻り笑ってから、固唾を飲んで顔色を窺っていたオレリアへ微笑む。
「まさか、俺と同じように考える人がいるなんてな」
幸いにも、エヴラールはオレリアの言葉を怪訝に思いはしなかった。
ただ純粋に、クアムルーメという花やそれから連想するものへ共通の考えを持つ相手に出会えた事を喜ばしく思っているようであった。
「身分や人間関係、家の存続……貴族社会はどうしたって柵が多くて窮屈でして。そういう時は決まって、広大さを感じられる景色を見たくなってしまうんです」
「やはり、公爵家の嫡子ともなると大変なのですか?」
「勿論、大変ではないと言えば嘘になります。しかし、自分に課せられた責務そのものは嫌ではないんですよ。ただ、時折何もかもを放り出して自由になれる瞬間を感じたくなるだけで……」
話の途中、エヴラールはハッとしたような顔になる。
それから彼は照れ臭そうに目を伏せ、咳払いをした。
「すみません、話し過ぎました」
「ふふ、いいえ」
(そういえば、好きな事に関して饒舌になるのは最初からだったわね)
羞恥を覚えると耳の縁が赤くなるのもオレリアが彼らしいと感じる要素の一つだ。
彼女の記憶の中のエヴラール同様に耳を赤く染める相手の様子に気付き、オレリアは愛おしさから笑いを零した。
「……少し休憩するだけのつもりが、少々長居しすぎてしまったかもしれません」
「戻られるのですか?」
「はい。オレリア様は? まだこちらに居られますか?」
エヴラールの問いの答えはオレリアにとってあまりにも明白だった。
彼と接点を作る為にエントランスまでやって来た彼女にとって、この場でエヴラールを見送るという選択はない。
首を横に振る。
「いいえ。私もそろそろ戻ろうかと」
「そうですか。ではよろしければ大広間まで共に向かいましょう」
「はい」
エヴラールの進言を機に、二人は来た道を戻り始める。
移動の最中、エヴラールの警戒心を高めたり彼から拒絶される事を恐れた結果必要以上に緊張し、オレリアは上手く話すことが出来なかった。
そんな彼女を気遣ってか、エヴラールは自ら他愛ない話を披露した。
今日のパーティーの会場である侯爵家の次男が友人である為にパーティーに呼ばれた話や、実は勉学や魔法はそこまで好きではなく、特に魔法については友人の力を借りて苦労しながら腕を磨いた話、剣術が好きで許されるなら体を動かす事だけをしたいという冗談混じりの話など。
その全てがオレリアにとっては既に知り得ている話だったが、聞いた事のある話であるかどうかは彼女にとっては重要ではなかった。
愛する人がただ、自分の傍で他愛ない話をし、表情を変え、気ままに時間を過ごしている。
その当たり前のようで当たり前ではない光景が何より尊く、愛おしいと思った。
オレリアはエヴラールの話に何度も相槌を打ち、笑い、真剣に耳を傾ける。
しかしその時間も長くは続かない。
二人はあっという間に大広間の前まで辿り着いてしまう。
(緊張しすぎて寧ろ、全然話せなかった……)
オレリアは焦っていた。
一度エヴラールの笑顔を引き出した時以外、オレリアはエヴラールと共有した時間の中で何の手応えも得られていなかった。
寧ろ下心も何もない、難しい事を考えていなかった『前回』の方がまともに話せていたという自覚があった。
そんなオレリアの気持ちをよそに、エヴラールは躊躇う様子もなく扉へと手を伸ばす。
彼にとってオレリアは未だ、偶然出会っただけの令嬢。赤の他人といったところだろう。
折角接点を掴んだというのに、このままでは意味がない。
(しっかりするのよ、オレリア。このままではエヴラールを救うどころか、両想いにすらなれないわ……っ)
オレリアは自身の気持ちを奮い立たせ、両手でドレスの裾を握りしめる。
そして扉を開け、広間へ進もうとしたエヴラールの背中に声を掛けた。
「え、エヴラール様」
「はい? いかがされましたか?」
エヴラールは不思議そうに振り返る。
煩く暴れる鼓動を感じながら、オレリアは息を深く吸い込む。
そして真剣な面持ちでエヴラールを見据え、手を差し出す。
「よ、よろしければ……私と一曲踊っていただけませんか」
その誘いにエヴラールは驚きを滲ませる。
中々弾まない会話に、エヴラールはオレリアを無理に付き合わせてしまっているかもしれないと感じており、彼女は楽しんでいないのではと考えていた。
また何よりも、ダンスを誘うのは男性からというのが定石だ。
女性は踊りたい異性がいる場合、誘って欲しい事が相手に伝わる様アプローチする事はあれど、オレリアのように直接的な言葉で異性を誘うような事はない。
故にエヴラールからすれば、彼女のこの申し出は二重の意味で驚かされるものだったのだ。
「っふ」
エヴラールは小さく吹き出してからくつくつと笑う。
「よろしいのですか? 俺はてっきり、貴女が退屈しているのではと思っていたのですが」
「めっ、滅相もございません……っ、ただ、何か失言をして幻滅されたくはないと思うばかり、上手く話せず……っ」
遠慮が寧ろ、自分の想いとは真逆の印象を抱かせていた事に漸く気付いたオレリアは分かりやすく取り乱す。
突然早口で言い訳を並べた彼女は羞恥と酸欠ですっかり林檎の様だった。
「ですからもう少しだけ、お話しする機会を、い、頂ければと」
「……君は、変な人だな」
「へ、変……」
「ああ、いや、すみません。面白い人だ、と」
エヴラールはいつもは上向きで鋭い印象を抱かせる目尻を下げ、オレリアへと笑い掛ける。
それから差し出された手の下に自分の手を差し込み、オレリアの手を取る。
「一曲、俺と踊っていただけますか?」
彼からの申し出にオレリアは瞳を潤ませる。
彼女はエヴラールの手を握り締めると破願して頷いたのだった。
「よろこんで……!」




