第10話 意外と多い弱点
穏やかな風が通り抜ける庭園。
オレリアとエヴラールは暫くの間、テーブルを挟んで他愛もない話をした。
エヴラールからすれば殆ど面識がない相手、オレリアは彼から不信感を寄せられないよう初めてを装う必要がある。
そんな二人の会話は必然的に当たり障りのないものが多くなる。
それでも、会話の合間にオレリアがさり気なくエヴラールの好みに合う紅茶を用意させたり、飲み方の工夫を凝らして見せたりした事もあってか、エヴラールの気は緩んでおり、二人の空気感は良好と言えるものだった。
オレリアが用意した、紅茶の味を変える工夫を楽しむ最中、空になった二人のカップに新しい茶が注がれる。
琥珀色に輝く茶で満たされて早々、エヴラールはカップに手を伸ばす。
(……あ)
その一連の流れが、オレリアのとある記憶と重なる。
エヴラールは端正な容姿と、それに見合う行いを本人が心掛けている事、また公爵家嫡男としての強要を兼ね備えている事などから、年不相応の落ち着きを持ち、大人びた人物であると大半からは認識されている。
だがそれが虚像である事をオレリアは知っている。
紅茶や甘いものが好きという事や、それを隠そうとする難儀な性格。
それ以外にも存外、彼の弱点や欠点は多いのだ。
エヴラールは貴公子らしい所作と涼しい顔でカップに口をつける。
しかし次の瞬間、彼は驚いたように目を見開いた。
また、その方が僅かに跳ねたのを、オレリアは見逃さなかった。
エヴラールは僅かに眉根を寄せてから、すぐに平静を取り繕ってカップを戻した。
(ああ、やっぱり)
予測がついていた結末に、オレリアは思わず笑ってしまう。
――エヴラールは猫舌だ。
その癖、普段余裕を装っている彼の本質はややせっかちである。
自分の好みに見合ったものを目の当たりにした時、彼の判断力は僅かに鈍る。
特に定期的に開いていた二人きりの茶会の時はそれが顕著だった。
紅茶好きの彼は自分が心地よく飲める温度までカップの中身が冷めるのを待ち忘れる事があった。
そういう時は決まって、自分の失敗に気付くと同時に僅かに顔を顰めた後、何でもない風を装うのだ。
関係値の薄い者であればそんな彼の異変には気付かないだろう。
しかし彼の弱点や人となりをよく知ったオレリアは、彼の僅かな表情の変化や反応にもすぐに気付いてしまう。
「……何か?」
「ふふ、いいえ」
オレリアはくすくすと笑ってから、エヴラールへ言う。
「まだ熱かったのではと思って」
そう話す彼女の顔には何かに気付いているような、少々悪戯っぽい笑みが浮かべられていた。
エヴラールはそんな彼女の様子を見て、自分の失態が気付かれている事を悟る。
彼はバツが悪そうに目線を落とすと、咳払いをした。
その耳が僅かに赤みを増す。
その姿が、再びオレリアの記憶を呼び覚ました。
二人で紅茶を楽しむ最中、居たたまれない気持ちになった彼は毎回、似たような流れで、あまりにも子供染みた言い訳をするのだ。
そして、今目の前に座る彼も――
「……紅茶は熱い方が好きなんだ」
と、苦し紛れの虚勢を見せた。
その声と振る舞いが、何度も見た彼の姿と重なり、オレリアの胸は懐かしさと愛おしさで満たされていく。
しかしそれと同時に思い出されるのは、彼女の中に残った記憶が今や存在しないものとなってしまっている事。
彼と過ごした幸福な時間を、彼自身も知らないという事実だ。
突如、その事実を思い知らされたオレリアの胸は締め付けられ、彼女の瞳が大きく揺らぐ。
自分の主張に無理がある事を自覚していたのか、気恥ずかしそうに視線を落としていたエヴラールは、オレリアの変化に遅れて気付く。
視線を正面へ戻した彼が見たのは……柔らかく微笑みながらも、どこか悲し気に瞳を潤ませるオレリアの顔だった。
そのあまりに切なげな素顔に、エヴラールは鋭く息を呑む。
それから彼は普段の落ち着きを取り戻し、オレリアを静かに見据える。
「君は……ふとした時に泣きそうな顔になるな」
「え……」
エヴラールの指摘は、オレリアが自覚していない事であった。
故にオレリアは驚きを滲ませる。
今の自分がどんな顔をしているのか、エヴラールに不快な思いをさせてはいないか。
そんな考えが遅れてやって来て、オレリアは焦りを見せた。
「……いや、気のせいならいいんだ」
やがて不安気な様子で、相手の顔色を窺うように視線を送るオレリアに、エヴラールは小さく首を横に振った。
彼は再びカップに手を伸ばし、今度はきちんと息を吹きかけて冷ましつつ、少量を口に含む。
「この茶葉も香りが良いな」
「あ、え、ええ……っ。それはお母様のお気に入りのお茶なのだけれど、私も好きで」
エヴラールが何事も気にしていないかのように話題を振れば、オレリアはどこか安堵した様子で笑顔に戻る。
紅茶の説明を丁寧に施す言葉に耳を傾けていたエヴラールはオレリアに気付かれないよう、彼女を観察する。
彼の鮮やかな青い瞳がオレリアを映し、何か考え込むように細められるのだった。




