第11話 好意の理由
ハンカチの返却を口実に誘った茶会を機に、オレリアはエヴラールと積極的に接点を持とうと行動に移すようになっていった。
参加する夜会が被る度に必ず、彼女は挨拶や世間話をする為にエヴラールへ声を掛け続けた。
またエヴラールにとって、そんなオレリアのアプローチの意図は分かりやすいものであったが、彼女の距離の詰め方に不快感を抱く事はやはりなかった。
それには、彼女が自然とエヴラールの気持ちを尊重しようと気を配ったり、自らの想いや目的を優先した強引な手段に出る事がなかったという点が絡んでいたといえるだろう。
エヴラールと懇意になろうと近づく多くの女性は、彼の容姿や教養、出自などを目的に距離を詰める。
しかし当然ながら、エヴラールという人物を深く理解していないが為に、そのような人物らの会話は内容が薄っぺらく、印象に乏しいものになりやすい。
そしてエヴラールはその事実に勘付きやすい性格であった。
故に彼は多くの称賛を以て近づく女達が本当の意味でエヴラールという人間を理解している訳ではない事、彼の本質的な部分には興味がないらしいという事に気付いていた。
だからこそ、本当の意味で自分に興味を示す異性はいないと決めつけていたのだが……そこに現れたのがオレリアだった。
彼女は初めて出会った時にエヴラールと同じ考えを示しただけではなく、その後も下手に自分の有用性を誇示したり、有り余る賞賛を繰り返すなどの社交界上の駆け引きなどは一切行わず、エヴラールと過ごす『今』の時間そのものを楽しんでいる要素が強かったのだ。
元々、オレリアは隠し事があまり上手くなく、考えている事が素直に顔に出やすい質の為、エヴラールへの好意はある程度彼自身にも察せられているのだが、本人がそれを隠したがっているらしい事もあわせて、彼は感じ取っていた。
自分との関係を目的とする女性の中では非常に珍しい人物。
加えて、彼女の素直過ぎる一面にエヴラール自身が好感を持てたし、自分の好意をエヴラールに気付かれていないと信じ切っている姿には少々申し訳ないと思いつつも、何だかおかしく感じ、見守っていたいという考えをエヴラールに芽生えさせた。
そのような理由から、エヴラールはオレリアとの関わりを不快に思う事はなかったのだが、彼女と過ごす時間を前向きに受け入れる事には別の理由も大きく起因していた。
それはオレリアと趣味嗜好がよく合うという事だ。
彼女はエヴラールが決して公にはしていない彼の好みや趣味等をまるで深く理解しているかのように振る舞う事がある。
その偶然に驚かされる事、また周囲の視線や評価を気にして隠している様な好みであっても変に驚いたり、特別に捉えたりしない彼女の受け止め方が心地よいとエヴラールは感じていた。
それに、口にせずとも好みや意図を自然と汲んでもらえるというのは、それだけで心地よいと思えるものだ。
エヴラールは彼女の日頃の振る舞いが、エヴラールという人間の本質を見抜いた上で受け入れてくれていると感じていたのだ。
そのような理由が合わさった結果、エヴラールはオレリアという女性を少なからず、他の異性とは異なる存在として見るようになっていた。
***
「オレリア」
逆行から早一ヶ月が経過した頃。
オレリアが出席したとある夜会で、端正な顔を子供らしくむくれさせたシルヴァンが彼女に声を掛けた。
「し、シルヴァン……」
オレリアは彼が言わんとしている事を察し、引き攣った笑みを浮かべた。
恨めしそうな、じとりとした視線から逃れるように目を逸らせば、今度はシルヴァンへ熱い視線を投げかける老若男女の姿を目の当たりにする事となる。
シルヴァンは特殊な立場の人間である事もあり、社交界の人気者だ。
彼が姿を見せれば自然と視線が集まる。
問題なのは、この場にいる誰もがオレリアとシルヴァンの接点を知らないという事だろう。
故に二人が面識のある様子で会話すればそれを怪訝に思うものも現れる。
「と、とりあえずこっちに」
それを察したオレリアはシルヴァンへ囁くと彼の手を引いてパーティー会場である大広間から繋がるバルコニーへ連れ出した。
客人が息抜きに夜風に当たれるようにという配慮で用意された椅子に二人は腰を掛ける。
オレリアはバルコニーに他の者がいない事を確認してから小さく安堵の息を漏らし、それからシルヴァンの顔色を窺った。
「……状況整理」
むすりとした様子で呟いたシルヴァンの言葉に、オレリアはバツが悪そうな顔をする。
シルヴァンとはエヴラールと初めて出会ったあの夜会以降、出会えていなかったのだ。
茶会に呼ばなかったのは純粋に、面識がない体であるシルヴァンを招待する動機をオレリアが見つけられなかったから。
夜会などで顔を合わせなかったのは、たまたま参加する夜会が被らなかった事が理由だ。
シルヴァンはラグランジュ侯爵家という名家の令息だが、彼は特殊な立ち位置から多忙を極めており、侯爵令息として社交の場に出る機会は通常の貴族よりも少ない。
夜会で出会うという点に関しては、エヴラールよりも難易度が高いと言えるだろう。
そのような理由があった為、オレリアとしても決してシルヴァンとの約束を忘れたり後回しにしていた訳ではないのだが、結果として彼との約束が先延ばしになってしまっていた事実には申し訳なさを覚えていた。
「ご、ごめんなさい」
オレリアはそれを素直に謝罪する。
するとシルヴァンは数秒程、肩を落とす彼女を見つめた後、長い溜息を吐いた。
「……いいよ。こうなった事に仕方のない要因が絡んでいる事はわかっているし。どちらかといえば、友達と中々会えなかった事に僕が拗ねているだけだから。……それよりも」
自分の気持ちや空気を切り替える意図があってか、シルヴァンは軽く手を打ってから柔和な笑みを見せた。
「約束通り、現状を整理しておこう」




