第9話 隠れ甘党
美しい庭園が見渡せ、尚且つ誰も使っていないテーブルへとオレリアはエヴラールを誘う。
二人で向き合うように腰を下ろしてから、オレリアは近くにいた使用人にいくつか指示を出した。
「今日は」
「う、うん」
指示を受け、紅茶を用意しに向かった使用人を目で追いながらエヴラールは口を開く。
どんな話を切り出そうかと考えを巡らせていたオレリアは不意を衝かれ、反射的に返事を返す。
自然と視線を落としていたオレリアが顔を上げると、エヴラールと目が合い、彼は微笑を浮かべた。
「泣いていないな」
「……へ?」
予想だにしない言葉を受け、オレリアの口からは間の抜けた声が漏れる。
それから暫しの沈黙の後、彼女の顔は林檎のように赤くなった。
エヴラールがダンスの際の失態について触れている事を悟ったのだ。
自分の過ちの瞬間を鮮明に思い出してしまったオレリアに大きな羞恥が襲い掛かる。
「あ、あれは本当に例外というか……っ、普段は本当に泣かないの……!」
「へぇ?」
必死に弁明するも、エヴラールは疑わしいとでも言いたげに目を細めてオレリアを見ている。
彼の相槌には揶揄う様な意味合いが孕んでいた。
「信じてないでしょう」
「残念ながら。初めて言葉を交わしたのがあの日だったからな」
初対面の相手の前で泣いてしまったという事に触れられれば、オレリアは言い返す事も出来ない。
結果、反論の手を封じられた彼女は視線を彷徨わす事しか出来なかったが、一方のエヴラールは分かりやすくたじろぐ彼女の様子を面白がっているようであった。
その後も初めてであった日の事について二人が話していると、使用人がティーセットと茶菓子の用意を運んでやって来る。
ケーキとカップに注がれる紅茶、そして橙色のジャム。
「茶葉は隣国で流行りのものを一つ。渋みが少なくマイルドな味わいのものを選んでみたのだけれど」
「ありがとう。いただきます」
先にカップに口をつけるオレリアに倣い、エヴラールも自分に注がれた紅茶に口をつける。
そして一口紅茶を飲んだ後、彼は数度目を瞬かせた。
「確かに、飲みやすいな」
「よかった。紅茶は貴族の嗜みではあるけれど、癖が強いものは苦手とする方も一定数いるから、私が勧める時はまず、あっさりとした味わいのものを選ぶことにしているの」
オレリアはエヴラールの好みを知っている。
彼は美しい容姿や落ち着いた雰囲気など、後は当人が人前で進んで口にする事も相まって、苦みや渋みなど、大人びた味を好むと思われがちだ。
しかしその実、彼は甘党だ。あまり渋すぎる紅茶は好まない。
何故自分の好みを偽るような事をしているのかという点について、『前回』のエヴラールからオレリアはその理由を聞いた事があった。
何でも幼い頃に甘いものを好んで食べていたところ、同年代の男友達に揶揄われたことがきっかけだったとか。
幼少期のエヴラールの中性的で美しい容姿が性別を見紛う程だった事も揶揄される理由の一つだったのだろう。
「ごめんなさい、お菓子を用意する前に聞いておけばよかったわ。エヴラールは、甘いものは大丈夫?」
「ああ、ほどほどに。好きな部類ではあるから気にしないでくれ」
オレリアは全てを理解した上で、そ知らぬふりをする。
そんな彼女の思惑など露ほども知らず、エヴラールは涼しい顔で白を切った。
『あくまで好きか嫌いかと問われれば好き』という姿勢を取り繕おうとするエヴラールの魂胆を見透かしているオレリアは、その細やかな足掻きが愛おしく思え、小さく吹き出してしまった。
「な、何だ急に。何か変だったか?」
「いいえ、ごめんなさい。単なる思い出し笑いよ」
(彼は何も知らないんだもの。惚けるのも当然だけれど……見栄を張っていると分かっていると、やっぱりおかしく思えてしまうわ)
オレリアは溢れる笑いを誤魔化すように咳払いをしてから、カップの傍に置かれていた、ジャムの入った小瓶に手を伸ばす。
橙色に輝くジャムをスプーンで掬い取り、紅茶の中に入れて掻き混ぜる。
すると杏の香りがカップの中から漂った。
紅茶にジャムを入れる文化はエメデス帝国にはあまり浸透していない。
それ故にエヴラールもオレリアの行いに驚き、目を瞬かせていた。
「アプリコットジャムよ。最近他国では紅茶にお砂糖以外の物を入れて風味を変えるのが流行っているらしいの」
「へぇ」
「抵抗がなければ試してみて。砂糖を使わずとも甘くなって飲みやすくなるの」
当然、このオレリアの勧めに甘党のエヴラールは乗じる事となる。
自分から進んで試す事は出来ずとも、他者からの勧めに応じる分には言い訳もしやすいという考えだった。
アプリコットジャムを溶かした紅茶をエヴラールは口にする。
瞬間、彼の目尻が下がり、またカップの裏で口角が動くのをオレリアは見逃さなかった。
「どう?」
「確かに、意外性があって面白いな」
美味しいと素直に言えない難儀な事情を抱えるエヴラール。
緩んだ口元を誤魔化すように二口、三口と紅茶を飲み進める彼の様子を眺めながらオレリアもつられて頬を緩めるのだった。




