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第9話「生活のため、戦うため」

 翌朝のギルドは、静けさの奥にわずかなざわめきを隠していた。


 薪の香りが漂い、木造の梁が柔らかく軋む音が耳に残る。昨日までの“平穏な村の窓口”とは違う。空気が張りつめ、揺らぐ炎の影が壁に長く伸びていた。


 扉を押し開けた瞬間、受付カウンターの向こうでティナがこちらに気づく。普段は明るく人懐っこい瞳が、今日はどこか硬い。


「ちゃたろ〜さん……少し、お話があります」


 声も仕草も、慎重に選ばれたものだった。


 まるで“子どもへの用件”ではなく、“これから仲間になるかもしれない冒険者”へのそれに近い。


 案内されたのはカウンター端の、小さな机。窓から差す弱い朝光が二人の間に落ちる。


 その狭い空間で、ティナは深く息を吸い、書類束を広げた。


 紙の端が震えたのは、彼女の手が小さく強張っていたからか。声は静かだが、奥に熱が潜んでいた。


「昨日の会議で……“自警団”の設立が決まりました。ギルドが主体になって、村の巡回、外縁警備、避難誘導を行う臨時部隊です」


 ちゃたろ〜は黙ったまま耳を傾ける。


 ティナは続けた。


「参加者には、報酬が出ます。通常依頼とは別に、定額の保障金と、活動内容に応じた成果報酬。もし必要なら、住居支援も検討されていて……」


 言葉は揺れ、しかし逃げずに前へ進む。彼女は自分の役目として、すべてを伝えねばならないと分かっていた。


「……それで、会議で名前が挙がったんです。あなたの」


 午前の光が少しだけ強くなり、彼女の横顔を照らす。その表情は、ただの村娘でも受付補助でもなかった。“誰かの生死に関わることを伝える者”の顔だった。


「……なんで、俺なんだ?」


 短い問い。だが含まれた意味は重い。


 ティナは一度視線を落とし、それから顔を上げて真っ直ぐに見つめた。


「昨日……ゲルドさんを助けましたよね。あの怪我、普通なら手遅れでした。あなたのヒールがなかったら……村は今ごろ葬儀の準備をしていたと思います」


 言葉が胸に刺さる。


 たまたま近くにいた。たまたま回復魔法が使えた。けれど、“たまたま”では救えない命もある。


 ティナは息を吸い、さらに続ける。


「薬草採取も……毒牙ウルフを回避して依頼達成。その上で大量の薬草を持ち帰った。……十歳の子には、普通できないことです」


 “十歳”という言葉に迷いが滲む。だが評価は揺らがない。


「無理にとは言いません。あなたはまだ子どもです。でも……」


 ティナはふっと、何かを見抜くように微笑んだ。


「ちゃたろ〜さんは、“戦うことを怖がる子ども”には見えないんです。本気で生きようとしてる人の目をしてる」


 言葉が静かに落ちる。


 胸元の木札を見つめると、指先に残る昨日の温もりが蘇った。ヒールで繋いだ命。毒牙ウルフの影。森が変わり、世界が揺れはじめている。


 巡回。警備。避難誘導。


 どれも危険はある。だが、危険がある場所に近いほど、情報も集まる。報酬が出るなら、装備も整えやすくなる。住居支援まであるなら、生活基盤も固められる。


(悪くない。むしろ、この状況で村の外に弾かれる方が危ない)


 今の自分に必要なのは、安定した寝床と、少しでも多い情報、そして少しでも死ににくい立場だ。


(……生活は、戦いから逃げて手に入るものじゃない)


 生き延びる。ただそれだけを、誰よりも強く求めている。


「……戦えば、生活は安定する」


 ぽつりとこぼれた言葉は、独白に近かった。だがティナは静かに頷いた。


 ちゃたろ〜は木札を握り、決意を固めるように息を吐いた。


「自警団に入る」


 顔を上げて告げたその声は、年齢より重く、静かに鋭かった。


 ティナの肩から力が抜け、胸の奥の不安がほどける。


「……よかった。本当に……よかった。手続きはすぐしますね!」


 ほっと微笑んだその顔を見て、ちゃたろ〜は初めて、自分がこの村の“力”として扱われていることを理解した。


 そのやり取りを横で見ていたバルドが、豪快に笑う。


「坊主、いい覚悟だ! 俺の下につくなら、鍛えてやるぞ。遠慮は一切しねぇがな!」


 ミナリスはバルド越しにちらりと視線を送り、冷静に言い放つ。


「無茶はさせない。……でも、判断力は確かね。十歳でその決断ができるなら、伸びるわよ。間違いなくね」


 ざわついていたギルドの空気が、ゆっくりと変わっていく。


 期待、希望、安堵──そして、ひとつの風が吹き込んだ。


 ちゃたろ〜は椅子を押し、静かに立ち上がった。


(これはもう、“ゲーム”じゃない)


(生きるために選ぶ。俺自身の足で)


 胸の奥でその言葉を噛みしめ、彼はギルドの扉へ向かって歩き出した。


 その背中を、誰もが無意識に目で追った。


 村はまだ、自分たちが何を選び始めたのかを知らない。ちゃたろ〜自身もまた、その一歩がどこへ続くのか、まだ知らなかった。

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