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第10話「初任務と小さな成果」

 朝のギルドは、昨日までとは違う種類のざわめきを宿していた。


 窓から差し込む陽光は柔らかいのに、空気には緊張の細い糸が張り巡らされている。薪の香りとパンの温い匂いが混じり、どこか家庭のような穏やかさもある──それでも、誰もが昨日の会議の余韻を引きずっていた。


 受付カウンターの奥で帳簿を確認していたティナが、こちらに気づく。彼女は一度、胸の前で小さく息を整え、いつになく真剣な声で呼びかけた。


「ちゃたろ〜さん……本日の任務、これです!」


 顔を上げたところで、ギルドの奥から二つの影が歩み寄ってくる。


 大柄な剣士バルドと、冷静なスカウトのミナリス。


「おうおう、坊主も一緒か! 今日は泣き出すなよ〜?」


 バルドが豪快に笑いながら肩を叩く。その手は分厚く、打撃のような重さがあったが、どこか温かい。


 ミナリスはバルドの軽口を無視して、氷のように鋭い視線をちゃたろ〜へ向けた。


「……足手まといにならなければいいが」


 ティナは二人を制するように一歩前へ出て、説明を続ける。


「三人一組で、村はずれの監視任務です。野犬化した魔物の目撃情報がありました。危険かもしれません……気をつけてください」


 ちゃたろ〜は無言で頷き、胸元の木札を指で押さえる。乾いた木の感触が、確かな“所属”を刻みつけてくる。


(……これが、俺の初任務か)


 胸の奥に静かな熱が灯り始めた。


 村の外れまで歩くと、かつて畑だった土地が一面に広がっていた。柵は朽ち、納屋は半ば崩れ、風が吹くたびに草がざわめく。死んだ土地ではないが、生きる気力を失ったかのような寂しさが漂う。


「ここ、昔はいい作物が取れたってな。俺がガキの頃は、村の誇りだったぜ」


 バルドが懐かしげに語りながらも、剣の柄から手を離さない。


 一方ミナリスはしゃがみ込み、足跡や折れた草を素早く観察する。


「……三体分。歩幅と深さからして“野犬化した魔物”。群れで行動しているわ」


 ちゃたろ〜も膝を折り、風の流れと土の湿りを確かめた。


「この先。風下に潜んでる。……臭いが流れてくる」


「ほぉ〜、鼻まで効くとはな。坊主、侮れねぇ」


 バルドの冗談に、ミナリスは鼻を鳴らす。


「冗談ではなく事実よ。たしかに嗅覚が働いている」


 ──ガサッ。


 茂みが揺れた。


 一瞬にして、三人の間に緊張が走る。


「グルルル……!」


 濁った赤い目、泡立つ唾液、黒ずんだ牙。


 野犬の形をしているが、野犬ではない。魔素に侵され、獰猛さだけが残った危険な魔物だ。


 三体。


 茂みを割って、こちらへ向かってくる。


「来るぞッ!」


 バルドが剣を抜き放ち、ミナリスは体を低くして影へ溶けるように構える。


「ちゃたろ〜、下がれ!」


「いいや。動く」


 蹴散らすような突進。地面が震えるほどの重量。


 一体がバルドめがけて走った瞬間──ちゃたろ〜は地面の石を掴み、迷いなく投げつけた。


 ――カンッ!


 鋭い音が魔物の耳を打ち、突進の軌道が一瞬乱れる。


「あばよッ!」


 その隙を逃さず、バルドの剣が唸り、首筋の急所を断ち割った。


「ハッ、坊主! やるじゃねえか!」


 バルドが吠えるように笑った。その背中を見届け、ちゃたろ〜はすぐミナリス側へ走る。


 野犬魔物がミナリスへ飛びかかり──爪が彼女の腕をかすめた。


「っ……!」


 ミナリスの腕に血がにじむ。


 即座に手をかざす。


「ヒール!」


 淡い光が爆ぜ、ミナリスの腕を包み込む。裂けた傷が塞がり、血が止まる。


 ミナリスが短い息を吐き、再び短剣を構えた。


「……間に合った。助かったわ」


 最後の一体を三人で囲み、追い詰める。魔物は吠え狂ったが、逃げ道はもうなかった。


 短い悲鳴とともに、乾いた地面へと崩れ落ちた。


 ギルドに戻ると、扉が開くなりティナが駆け寄ってきた。


「ちゃたろ〜さん……! 無事で……ほんとによかった……!」


 声が震えている。感情を押さえきれず、涙が光っているのがわかった。


「だいぶやれたぜ、この坊主は。見直した」


 バルドが乱暴に、しかしどこか誇らしげに頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「足手まとい……ではなかった。少なくとも、今日の任務では役に立ったわ」


 ミナリスが静かに告げる。彼女の評価は辛口だが、今日は確かな温度が宿っていた。


 ティナは胸に手を当て、小さく息を整える。


「……ありがとうございます。本当に……無事でよかった」


 ちゃたろ〜は二人の言葉にも、ティナの涙にも、ただ静かに頷いた。


 木札を胸へ押し当てる。


(“誰かと動く”って……こういうことか)


 たった一度の任務。だが、その中で手にしたものは大きかった。


 仲間と動き、役目を果たし、生きて帰る。


 その全てが、胸の奥でゆっくりと熱を帯びていく。


(これでいい。……こうして、生きていくんだ)


 そう呟いた気持ちは誰にも聞こえなかったが、確かに世界のどこかで響いていた。

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