第8話「揺れるギルドと、見定められる存在」
夜が完全に村を覆った頃、集会所には緊張の空気が満ちていた。
外の光を遮るように閉められた窓。揺れるランプの炎が、木の梁や壁を黄褐色に照らし、影を揺らめかせる。
冒険者、村人、ギルド職員、狩人、鍛冶屋──様々な立場の人々が入り混じったその空間は、村の“心臓部”ともいえた。
だが、声は大きくない。
誰もが、少しでも大きな音を立てれば、外に潜む不穏まで呼び寄せてしまうような気がしていた。
最初に口を開いたのはティナだった。
「最近……低ランク区域に本来なら現れない魔物が出始めています。ちゃたろ〜さんの報告した毒牙ウルフの件……それを裏付ける情報も、他の冒険者から入っています」
ざわめき。重苦しい沈黙。不安は隠しようもなく場の空気に渦を作った。
「東側は……『安全地帯』じゃなかったのか?」 「森が……森じゃなくなってきてるのでは……?」 「安全地帯が破られるなんて……」
老齢の職員の手が小刻みに震えていた。
次に前へ出たのはスカウトのミナリス。短い黒髪に鋭い瞳をした女性冒険者だ。
「村の警備体制は弱すぎます。冒険者だけでどうにかなる問題じゃない。村の若者を集めて訓練し、自警団を組織すべきです」
「訓練なんて……誰が……」
「ギルドと冒険者が協力して行います。今回の件で、放置はあり得ません」
彼女の言葉には“可能性”ではなく“必然”の重さがあった。どれほど危険か。どれほど緊急か。冷静に判断した末の提案だった。
そこへ、剣士バルドが腕を組んで笑う。
「まぁ、俺が隊長ってところだな。村の中じゃ一番強ぇからよ」
冗談めかしたその言葉に、一瞬だけ場が軽くなる。だがミナリスはすぐに低い声で告げた。
「慎重に選ばないと、全滅するわよ。本気で言ってる?」
その鋭さに、バルドも口を閉ざした。
しばしの沈黙のあと、話題は自然に、あの少年へと移っていった。
「……それで、ちゃたろ〜の件は?」
誰かの低い声に、ティナが背筋を伸ばす。
彼女は手に持つ木札と帳簿を見つめ、深く息を吸った。
「彼は……レベル2です。ライトメイス。普通なら、戦力外です」
そこまで言って、ティナは顔を上げた。
「でも、毒牙ウルフから逃げ延びました。そして今日、倒れていた老農夫の命を“即座に”、治療しました。これは……評価すべき事実です」
静かな炎のような声だった。幼さよりも強い意志が、その場の誰よりも際立って響いた。
ミナリスが頷く。
「少なくとも無視できる存在じゃない。“観察対象”にすべきね。戦力にするかどうかは、その後で考える」
バルドは肩を竦めた。
「まぁ悪くねぇだろ。強くなりそうな目をしてる。……十歳なのが気に入らねぇがな」
「十歳だからこそ、見守る必要があります」
ティナの声に、バルドは目をそらした。
ちゃたろ〜は、まだ村の中心ではない。
だが、もう誰も“ただの子ども”とは思っていなかった。
議論が終わる頃、夜は深く落ちていた。
だが──ちゃたろ〜はその場にいなかった。
宿の裏手。薪の積まれた倉庫の脇で、ひとりで斧を振っていた。
ざくっ。
木が裂ける音だけが、夜の静けさに吸い込まれる。
斧を置き、見上げた空には、星々が微かに瞬いていた。
(生きるって……やっぱり面倒だな)
ぽつりと落とした呟きは、誰に届くでもなく夜気に溶けていく。
(……でも、死ぬのはもっと面倒だ)
それが、ちゃたろ〜の“炉心の決意”だった。
生きる。
この世界で──地を踏みしめ、血を流し、心を保ちながら。
その足で、まっすぐ前へ進む。
集会所では、村を守るための議論が続いている。
森の奥では、まだ名も定まらない異変が、静かに形を変えつつある。
そのどちらにも、いずれ自分は関わっていくことになる。
夜風が、割った薪の匂いを静かに運んでいった。




