外伝《俺様、主格天使。そこそこ偉い》
俺様、主格天使。
そこそこ偉い。
いや、かなり偉い。
少なくとも“門番やってるだけの量産守護天使”どもとは格が違う。
契約核の中枢管理、神造契約の保全、違反者に対する裁定権の一部委任。
ついでに光翼もでかい。
見た目も強そう。
つまり、偉い。
そんな俺様が、今なにをしているかというと――
床に片膝をついていた。
おかしい。
これは本当におかしい。
目の前には、血まみれで息も絶え絶えな人間が一人。
盾はひび割れ、脚はほぼ死んでいる。
右腕も終わりかけている。
肺もたぶん片方つぶれている。
普通なら、ここで死ぬ。
なのに、死なない。
なぜだ。
---
◆最初の時点でちょっとおかしい
そもそも、最初の《エンドオブフェイス》からおかしかった。
赤黒い鎖。
あれ、やばい。
見た瞬間に分かった。
あれは見た目がまず嫌だ。
神聖な空間にあってはいけない色をしている。
あと名前が嫌だ。
“エンドオブフェイス”って何だ。
信仰を終わらせる気満々じゃないか。
しかも実際、効く。
主神に捧げられた信仰の線を根元から断ち切りにくる。
祈りを通す“道”に直接干渉してくるタイプの異端。
あんなの真正面から食らったら、神聖出力が一段落ちる。
下手すれば、主格天使から主任天使クラスまで落ちる。
主任天使だぞ?
現場寄りだぞ?
書類も増えるし、翼の輝度も落ちるし、会議でも発言順が後ろになる。
あれは嫌だ。
だから、一回目は全力で弾いた。
弾いたのだが――
「…………危なかった」
本音が漏れた。
いや、本当に危なかった。
持ち前のガッツがなければ危なかった。
あと主神への信仰心。
あと階級手当を失いたくないという気持ち。
あのへん全部込みで耐えた。
---
◆プロテクトウォールの使い方がおかしい
で、弾いたあと、当然こちらは反撃に移る。
俺様は冷静だ。
冷静沈着、理知的、裁定者。
その場の感情に流されるような低位存在ではない。
だから、最適解を取った。
《プロテクトウォール》。
人間どもは“守るための壁”として使うらしいが、違う。
あれは“蹴って加速するための壁”でもある。
俺様ほどになると、自分で張った光壁を踏み台にできる。
神の技術というやつだ。
一撃目。揺らす。
二撃目。割る。
三撃目。貫く。
完璧な流れだった。
吹き飛ぶ人間。
砕ける肺。
折れる肋骨。
ああ、裁きとはこうでなくては。
そう思った次の瞬間。
そいつ、血を吐きながら《ヒール》を唱え始めた。
いや、待て。
今の、もう少し“やられた感”を出すところでは?
せめて一度は動けなくなるところでは?
なんでそんな、倒れながら次の工程に入っているんだ。
しかも治し方が雑だ。
完治じゃない。
応急処置だ。
動くためだけに継ぎ合わせている。
そんな治療、ありなのか。
理論上はありだ。
理論上はあるが、実際にやるやつは見たことがない。
痛くないのか?
絶対痛いだろ。
見てるこっちがちょっと嫌になるくらい雑だったぞ。
---
◆秒間三撃でも止まらないやつ何?
仕方ないので、剣で押し切ることにした。
右から斬る。
左から払う。
下から突き上げる。
合間に蹴る。
崩れたところへ刺す。
秒間三撃。
裁定執行としてはかなり上等な部類だ。
評価も高い。
普通の侵入者なら、二手目で崩れる。
少し強い個体でも、四手目で膝が落ちる。
人間なら大体、そこで「死」を理解する。
だが、こいつは違った。
斬られながら唱える。
唱えながら殴る。
殴られながら治す。
治しながら前に出る。
何をしている?
いや、だいたい分かる。
戦っている。
戦っているのだが、順番がおかしい。
普通は、
受ける→崩れる→立て直す→反撃
だろう。
こいつは、
受ける→治す→殴る→崩れる→ついでに唱える
みたいな順番で回している。
処理系か?
感情が遅れているのか?
痛覚をどこへ置いてきた?
---
◆《頭にどーん》、名前がふざけてるのに普通に痛い
さらに最悪なのは、技名だ。
《頭にどーん》。
ふざけるな。
どんな名前だ。
子どもがつけたのか。
いや、もっと悪い。
大人がふざけてつけたやつだ。
そんな技が、なぜ主格天使の兜に普通に通る。
ごっ、と来た。
痛い。
いや、神性存在なので“痛い”という表現は適切ではないが、痛い。
少なくとも「これは今ちょっと嫌だな」という感じは確実にあった。
仮面にひびが入った時、俺様ちょっと止まったからな。
半拍だけとはいえ、止まった。
認めよう。
あれは止まる。
でも、そこでさらに二回目の《エンドオブフェイス》が飛んでくるのは聞いてない。
「うわ、また来た」
思わず言った。
言葉にしてしまった。
だって嫌だろ。
一回目で危ないの分かった上で、二回目が飛んでくるんだぞ。
腹のあたりに絡んできて、神性の流れを変な方向にねじってくるんだぞ。
上品じゃない。
神に対して礼儀がなさすぎる。
---
◆こいつ、まだ立つの?
こっちも本気だ。
脚を折った。
肩を刺した。
肋骨も割った。
肺もやった。
もう十分だろう。
そろそろ倒れろ。
というか倒れてくれ。
見てるこちらが不安になる。
だが、そいつは膝をつきながら、自分の身体を部位ごとに確認し始めた。
右腕、まだ振れる。
左脚、死んだ。
肺、半分で足りる。
目、見える。
声、通る。
――怖っ。
いやいやいや。
何を確認している?
戦闘継続可否を、そんな冷静に判断するな。
お前は今もっとこう、痛みとか、恐怖とか、そういうものに時間を使う場面だろう。
なんでそんな、“まだ使える部品を数える”みたいな顔をしているんだ。
それ、人間のやることか?
俺様は主格天使である。
偉い。
なので結構いろいろ見てきた。
だが、こんなやつは初めてだ。
---
◆三回目は本当にだめ
そして三回目。
三回目の《エンドオブフェイス》。
これが本当にだめだった。
胸部。
神性核のど真ん中。
そこへ、赤黒い鎖が深く入ってきた。
「待て待て待て待て」
思わず言った。
裁定者としての威厳とかそういうの、一回消えた。
だって近い。
そこは近い。
核はだめだろう。
腹までならまだ分かる。
でも核はだめだ。
主格天使にも尊厳がある。
ぎり、っと締め上げられる。
信仰の線が内側から切れていく。
光翼の出力が落ちる。
剣の保持すら怪しくなる。
あ、これ。
だめだ。
そう思った瞬間、俺様の神性出力はきれいに落ちた。
翼が折れた。
あれは比喩ではない。
本当に折れた。
静かに。
でも確実に。
銀の鎧が砕ける。
仮面が落ちる。
視界の中で、あの血まみれの人間だけが、まだ立っている。
なんで?
いや、本当に。
なんでお前が立っていて、俺様が倒れているんだ。
理屈としては分かる。
分かるのだが、感情が納得しない。
---
◆最後に見たもの
倒れながら、俺様はそいつを見た。
盾はひびだらけ。
脚はほぼ死んでいる。
右腕も終わりかけ。
呼吸も壊れている。
なのに、立っていた。
一歩、踏み出そうとしていた。
そこまでして、何をしに行くのか。
正義か。
使命か。
契約の是正か。
違った。
たぶん、あいつはそんな立派なもののために立っていない。
名前だ。
あの少女の名前。
“サナ”という、ただそれだけのために、俺様の裁きを越えていった。
……意味が分からん。
だが、ちょっとだけ分かる気もした。
正義とか契約とか、
そういう大きなものを全部すり抜けて、
たった一人の名のためにここまで来るやつ。
あれはたぶん、神の側から見るとかなり迷惑だ。
秩序の運用上も非常に困る。
でも、少しだけ――
ほんの少しだけ、嫌いではなかった。
---
◆結論
俺様、主格天使。
そこそこ偉かった。
だがしかし、
あの断罪の赤黒い鎖は本当にやばい。
あれを三回食らったら、さすがに主格でも終わる。
一度目は持ち前のガッツでなんとかなった。
二度目は根性で耐えた。
三度目は無理だった。
あと《頭にどーん》はやめろ。
名前が腹立つわりに普通に痛い。
すごく嫌だ。
それから――
人間はもっと早めに倒れろ。
血まみれでヒールしながら前進してくるな。
裁く側の心の準備というものがある。
もし次に会うことがあるなら、
せめてもう少し常識的な戦い方で来てほしい。
……いや、やっぱり来るな。
絶対しんどい。




