第28話「ギルドの条件」
王都ギルドは、ひと目で“権力の形”だとわかる建物だった。
天井は高く、声は必ず反響し、その反響すら計算された位置で小さく震える。
壁には黄金の装飾が刻まれ、
床は磨き抜かれた石で、砂一粒の存在も許されない。
壁際に並ぶ、歴代冒険者の肖像画。
誰もが胸を張り、勲章を下げ、報酬札の束を抱えている。
その視線は、誇りではない。
――成功した者だけが、ここに残る。
そう、無言で告げる視線だった。
(……ここには、俺の匂いがない)
それが、自然に浮かんだ感想だった。
村のギルドには、木の匂いがあった。
汗と酒と、土の混じった空気があった。
だがここでは、人の気配より先に、評価と格付けが漂っている。
誰もが誰かの上に立とうとし、
誰もが誰かより優位であることを示そうとし、
同時に――
評価される側に落ちることを、誰よりも恐れている。
息を吸うだけで、順位が下がる気がする場所だった。
「今日ご紹介できる依頼はこちらですわ」
マリアベルは、舞台女優のような手つきで紙束を差し出した。
指先の動きは完璧だ。
無駄がなく、淀みもない。
だが、その流麗さが逆に、こちらを物として扱っている感触を隠しきれない。
「三つの依頼を、期限内に」
淡々とした声。
「それが、王都ギルドにおける《上位職登録》の条件ですの」
「……期限は?」
「今月いっぱい。あと二十日ほどですわ」
一拍。
「まぁ、お若い方なら問題ありませんでしょう?」
声は甘い。
だが、その言葉は“期待”ではない。
消耗に耐えられるかどうかの確認だ。
差し出された三つの依頼。
報酬に対して危険度が釣り合っていない魔獣地帯の調査。
過去に冒険者が行方不明になっている廃村探索。
罠が残る遺跡からの碑文回収。
新規登録者に回すには、あまりに癖が強い。
(……選別試験)
しかも、合格させるためのものじゃない。
――落とすための試験。
このギルドは、俺を通す気がない。
通したくない理由を、形式に包んで提示しているだけだ。
それでも。
「この三つでいく」
即答した。
迷いがなかったことに、マリアベルの口元が、わずかに緩む。
「ご英断ですわ」
笑みは完璧だ。
だが、その奥の視線は変わらない。
「では初回は“アーゼの丘”調査ですわ。
明朝出発を。
パーティーを組まれるのなら、お早めに――」
一瞬、言葉が止まる。
「……お一人でなければ、ですけれど」
棘は細い。
だが、確実に刺さる位置を選んでいる。
村で受け取ってきた言葉の温度を思い出すと、この冷たさはやけに明確だった。
「おい坊や。メイス持ちか?」
背後から、落ち着いた声。
振り返ると、いかにも王都冒険者という三人組が立っていた。
大剣を担いだ戦士。
ローブに身を包んだ魔術師。
無精髭のスカウト。
「アーゼの丘、人数が足りねえ」
用件はそれだけ。
「荷物持ちでも、ヒール役でもいい。
空いてるなら来い」
役割説明はない。
信頼もない。
俺は、空いた穴を埋めるための駒だ。
それを理解した上で、頷いた。
「了解」
短い返事。
口角を、ほんの少しだけ上げる。
(どう扱われてもいい)
(ただ――俺のやり方で、立つ)
アーゼの丘。
風が強く、草が刃物のような音を立てて揺れている。
魔獣の気配は、隠す気もなく漂っていた。
「メイス。奥の草むらを見てこい」
戦士が指示を飛ばす。
「出たら引け。
ヒールだけやってろ」
盾役としては最低限。
だが、それ以上を期待していない指示だ。
俺は従うふりをして、草むらへ入る。
風向き。
草の倒れ方。
土の匂い。
(……来る)
構えた瞬間、影が飛び出した。
二体のサーベルウルフ。
「メイス! 引け!!」
声より先に、体が動く。
一歩踏み込み、跳躍してきた一体の頭部へ、最短距離でメイスを叩きつけた。
鈍い音。
衝撃が骨を通して返り、ウルフの身体が地面へ崩れ落ちる。
「……スタン、だと……?」
戦士の声がわずかに低くなる。
予想していた“逃げるだけの補助役”ではない。
その違和感が、空気に混じった。
二体目が迫る。
紙一重で躱し、わざと体勢を崩したように後退。
距離ができた瞬間、《プロテクト》を展開。
前に出ない。
下がりすぎない。
戦線を壊さず、余白を作る。
その余白に、戦士と魔術師が噛み合う。
数呼吸ののち、戦闘は終わった。
「……意外と、使えるな」
皮肉とも賞賛ともつかない声。
王都では、これが最大限の評価なのだろう。
依頼は達成された。
だが、帰還後の流れは決まっていた。
「悪いな、メイス」
スカウトが肩をすくめる。
「次は別のやつと組むわ。
こっちはこっちで固める」
戦闘で評価されても、共同体には入れない。
ここでは、役に立つことと、仲間として迎えられることは別だ。
(……王都流、か)
俺は何も言わず、報告書を提出し、外へ出た。
「……お一人ですか?」
袖を、そっと引かれた。
フィーネだった。
見た目は幼い。
だが、瞳の奥には相変わらず霧がかかっている。
年齢は、俺より上。
魂だけが、どこか遠い。
「明日の任務……同行者がいなくて」
声が小さい。
「……お願い、できますか?」
一瞬の沈黙。
風が吹き、
ギルドの喧騒の隙間をすり抜ける。
俺は答えた。
「いいよ。付き合う」
迷いはなかった。
(この街は俺を選ばない)
(……なら、俺が選ぶ)
小さな背中の向こうで、まだ名もない運命が静かに動き出すのを感じながら。




