外伝:メッサーラの弁明 ― 作者の都合で呼ばれた悪魔
俺様の名はメッサーラ。
厄災級。
瘴気をまとい、森を枯らし、地を腐らせ、登場した瞬間に空気を絶望へ変える存在。
……という触れ込みで現場に送り込まれた。
だが、最初にはっきり言っておく。
あれは盛られている。
いや、完全にとは言わん。
実力がないわけじゃない。
瘴気も出る。
圧もある。
四つ目で見ればだいたいの相手は泣く。
だがな。
俺様があの村に現れた理由は、別に「世界を滅ぼすため」でも「人間どもへ復讐するため」でもない。
もっと、こう。
身も蓋もない理由だ。
――ちゃたろ〜がぐだぐだしてるから、そろそろ決意させたい。
そう。
たったそれだけで、俺様の出番は決まった。
◆
初稿の段階では、俺様は存在すらしていなかった。
本当だぞ。
村で少しずつ成長して、
自警団で経験を積んで、
そろそろ外へ出るかどうするか――
みたいな、比較的穏当な流れだったんだ。
俺様?
無関係だ。
冥界のどこかで、自分の仕事でもしていた。
少なくとも、村の外れで瘴気を撒き散らす予定なんぞ、ひとつもなかった。
ところが、ある日、作者がプロットの前で腕を組みながら言った。
「いや〜……弱いな」
「このまま修行に行かせても、ちょっと決め手が弱い」
「やっぱここ、災厄級くらい出した方が盛り上がるか」
その瞬間である。
余白に、俺様の名前が書き足された。
設定資料の片隅。
しかも、あとから無理やりねじ込んだような書き方でだ。
メッサーラ
悪魔族
厄災級
瘴気まき散らす
ちゃたろ〜を死にかけさせる
でも死なせない
最後の一行を見た時、俺様は思った。
雑か?
仕事の振り方が雑か?
◆
しかもだ。
厄災級とかいう派手な肩書きをつけられたせいで、現場の期待値は妙に高い。
空が曇る。
森が沈黙する。
空間の輪郭が濁る。
地面が黒く枯れる。
演出だけ見れば、そりゃもう大ボスである。
だが、内部仕様はどうだ。
これがまた、涙なしには語れん。
まず第一に、
**ちゃたろ〜をボコボコにしていい。**
ここまではいい。
悪魔だからな。
そこは仕事だ。
だが第二に、
**死なせてはいけない。**
……急に難度が上がる。
第三に、
**村ごと壊す寸前までは行っていい。**
ほう。
いいぞ。災厄級っぽい。
第四に、
**でも本当に壊してはいけない。**
加減が難しいんだよ!!
こっちは瘴気の濃度ひとつで森が一本死ぬんだぞ!
厄災級に求める仕事が繊細すぎるだろうが!
◆
さらに最悪なのは、退場仕様である。
俺様の内部データには、こっそりこう書かれていた。
**「時間経過でこの世界に留まれず消滅」**
見た時、目を疑った。
いや、俺様、厄災級だぞ?
堂々と暴れて、堂々と叩き伏せられるならまだ分かる。
それが何だ。
時間切れで消える。
なんだその、悪役として一番やっちゃいけない終わり方は。
しかも、ただ消えるだけじゃない。
消える前に瘴気を膨張させて、
いかにも「うわ、やばいぞ!」みたいな演出を入れて、
そこで主人公に最後の見せ場を作らせるための装置になる。
つまり俺様は、
**災厄級の皮を被った、決意促進イベント用ボス**
だったのである。
泣いていいか?
◆
あの「頭にどーん」もそうだ。
いいか。
厄災級だぞ、俺様は。
本来なら、メイスごとまとめて地面へ埋め込んでやる場面だ。
多少スタンしようが、次の瞬間には掴み潰して終わりだ。
だが現実はどうだ。
ちゃたろ〜が、死にかけの顔で飛び込んでくる。
ああ、来るな、と思う。
来るなよ、それは主人公の顔だろ、と思う。
で、案の定ぶち当ててくる。
頭に――どーん。
鈍いぞ。
叫びも妙に力がないぞ。
だが、その分だけ必死さが乗っていた。
その瞬間、俺様の奥で別の声がした。
――はい、ここで止まってください。
――瘴気はここで散らしてください。
――主人公側に「間に合った!」を発生させてください。
作者である。
脚本の圧である。
悪魔の尊厳より、物語のテンポが優先された瞬間であった。
◆
しかもその直後だ。
来るわ来るわ。
助っ人三人衆。
重い剣を振り回す大男。
やたら正確な矢を撃つ女。
木の上をぴょんぴょん飛ぶ羽飾り野郎。
あれも本来なら、順番に潰して見せ場を作ってやるところだ。
だが違う。
その場で俺様に許されていた仕事は、
「もう少しだけ怖い存在として粘ること」
だった。
粘るって何だ。
こっちは災厄級だぞ。
納豆じゃないんだぞ。
◆
だがな。
文句ばかり言うのも、公平じゃない。
ちゃたろ〜の顔を見た時。
あれだけは、少し認めた。
血まみれで、
息もまともに入ってなくて、
ヒールは最低限、薬草で痛みをごまかして、
それでも前に立っていた。
あの坊主、見た目の年齢はどう見てもガキだ。
だが立ち方だけは、すでに「折れないやつ」のそれだった。
怖いのに前に出る。
勝てないのに時間を稼ぐ。
倒せない相手に対して、“止める”ことだけは諦めない。
ああいうのを目の前でやられると、厄災級としても少し考える。
(……まあ、作者の都合も悪くないか)
こっちは散々な目に遭ったが、
少なくとも、あの一戦で坊主の中に何かが決まったのは見えた。
守りたい、だけでは足りない。
前に立つ形がいる。
受けるための技がいる。
運で生き残るのではなく、生き残る技術がいる。
そこまで理解させる役目だったのなら、
俺様の出番にも、まあ意味はあったんだろう。
◆
とはいえ、だ。
だからといって待遇改善を要求しないほど、俺様も物分かりの良い悪魔ではない。
まず登場前日に設定が生えるのをやめろ。
せめて事前に資料を配れ。
厄災級なら厄災級らしく、もっと準備期間をくれ。
次に、「でも死なせるな」はやめろ。
無茶ぶりにも限度がある。
あと時間切れ退場。
あれは駄目だ。
俺様にも悪役としての美学がある。
消えるなら消えるで、もう少しこう、格のある消え方が欲しい。
最後に――
もしまた呼ぶなら、
今度は「村を出る決意をさせるため」以外の理由で呼べ。
俺様は便利イベントではない。
いや、少しは便利かもしれんが、
少なくとも本人の前でそれを言うな。
傷つく。
◆ エピローグ
というわけで、俺様メッサーラ。
厄災級と呼ばれたが、
実態は「プロット調整用のかませ悪魔」であった。
だが、かませにはかませの誇りがある。
俺がいなけりゃ、ちゃたろ〜はあそこまで綺麗に腹を括らなかった。
村も、守るだけでは足りないと突きつけられなかった。
外へ向かう理由も、もう少しぼやけたままだったかもしれない。
そういう役回りなら、胸を張って退場するまでだ。
……ただ、一言だけ言わせてほしい。
「次に呼ぶときは、もっとマシな扱いを頼む」
できれば資料つきで。
あと退場条件も事前共有で。
必殺技の発動保証があるとなお良い。
俺様はただ、観客の記憶に少しでも爪痕を残せれば、それでいい。
まあ――あの坊主の頭に残る“死の重さ”になれたのなら、
今回は、それで勘弁してやる。




