表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/55

2章 第16話「三年後の朝、変わったものと変わらぬもの」

 ――木が軋む細い音とともに、小屋の扉が押し開かれた。


 ひんやりとした朝の光が、まだ温もりの残る薄暗がりをやわらかく切り裂いていく。


「……起きてる? 朝よ」


 そっけない声。それでも、毎日変わらず聞こえる“日常”の音だった。


 ちゃたろ〜は寝返りを打ち、背を向けたまま淡々と答える。


「……起きてる」


 半ば凍えた空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと上体を起こす。


 視界の端には、三年使い続けたライトメイスが、まるで番人のように寄り添っていた。


 この三年間――


 簡易治療所の手伝い。

 薬草採取。

 自警団の巡回。


 “生活のために生きる”日々が、いつの間にか彼の血肉となり、どれも大きくないが確かな経験となって積み上がっていた。


「ほら、また寝ぐせ。薬草マニアなら髪のコンディションにも気を使いなさいよ……ま、どうでもいいけど」


 ジト目で立っていた少女――受付嬢ルナは十五歳。


 ティナの後任としてギルドに入ってきた新人だ。


 辛辣な言葉とは裏腹に、どこか“言い慣れていない優しさ”が滲み出ている。


 彼女はティナに可愛がられていたせいか、ティナとちゃたろ〜の距離感を妙に気にしていて、時折こうして棘を含んだ態度を見せるのだった。


(……朝から刺さるけど、これが彼女の普通なんだよな)


 ちゃたろ〜は小さく息を吐き、身支度を整える。


 村の景色は、三年前とは面影が変わっていた。


 魔物の出没が増え、外部から冒険者が流れ込み、商人たちの往来は活気を帯び、人口も少しずつ増えている。


 増築されたギルドは、いまや軽食の匂いも漂う“拠点”そのものだ。


 昔の寄り合い小屋のような素朴さは薄れ、代わりに確かな“冒険者たちの街の中心”として脈動していた。


 自警団詰所へ寄ると、ミナリスが柔らかな笑みで迎えてくれる。


「おはよう、ちゃたろ〜。ほら、今日の分」


 差し出された保存食。


 三年前と変わらない気配り。


 ジョブレベルは十八となり、ますます隙のない立ち姿になったが、その奥にある気遣いはずっと同じだ。


「ありがとう。……最近また、毒牙ウルフが出てるって?」


「ええ。数は減ったけど、油断は禁物よ」


 軽く拳で胸を小突かれる。


 冗談めかしながらも、そこには確かな“心配”が宿っていた。


(……三年経っても、“完全な安全”なんてものは来ない)


 ちゃたろ〜は静かに頷き、ギルドへ足を向ける。


 ギルドへ入ると、掲示板には新たな依頼が貼られていた。


 奥からひょこっとルナが顔を覗かせる。


 そっけないのに、なぜか目だけはちゃたろ〜を追っている。


「そういえば今日、外部から冒険者が来るらしいわよ。なんでも薬草マニアで――」


「薬草マニア?」


「自称だけど、限りなくBに近いCランク。鑑定眼持ち。葉っぱの音で種類を当てるんですって……バカみたいよね」


 ルナは鼻で笑い、ふいに視線を逸らす。


「……まあ、あんたも薬草マニアなんだから。話は合うんじゃない? 友達にでもなったら」


 皮肉とも応援ともつかない言い方。


 だが、その頬がわずかに赤く染まっていたのを、ちゃたろ〜は確かに見た。


「……会えるの、楽しみかも」


 言った瞬間、ルナはぷいっと横を向いてしまった。


(……わかりやすい)


 苦笑しつつ、ちゃたろ〜は外の光へ歩みを進める。


 森への道すがら、屈強な影が声をかけてきた。


「おう、ちゃたろ〜!」


 剣を担いだバルド。


 三年前より逞しく、鋭く、そして誇り高い男に変わっていた。


 いまや上位職――《デュエリスト》。


 基礎レベル十五、ジョブレベル五。


 村で最も信頼される剣士である。


「やあ、坊主……って言いたいところだが、今や自警団の顔だからな」


 続いて姿を見せたミナリスが、柔らかく微笑む。


「今日も薬草? 本当に変わらないわね、あんた」


 変わっていく村。

 変わっていく人々。


 ──だが、ちゃたろ〜だけは変わらない“歩幅”で、確かに前へ進んでいる。


(……今日も、生き延びる)


 その思いを胸に、森の奥へと足を踏み入れた。


 その先に、新たな気配と新たな出会いが待っていることを、この時の彼はまだ知らなかった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ