外伝:ラシュベリーの逆襲 「誇り高き実は語る」
――俺の名はラシュベリー。
かつて《ぶーぶークエスト》に“空腹回復アイテム”として実装されるはずだった、選ばれし果実である。
……はずだった。
そう、はずだったのだ。
現実は厳しい。
リアル時間連動の空腹システム?
空腹度を微量回復?
草原エリアでランダム生成?
腹は膨れないが、今すぐ死なないための最低ライン?
そんな涙ぐましい設計思想は、ユーザーのたった一言で消し飛んだ。
『こんなもん探して歩くゲームはいやだ』
終わりである。
いや、終わるな。
そこで終わるな、開発者。
せめてもう少し擁護しろ。
「世界観的には大事でして」とか、
「序盤の緊張感を演出する狙いが」とか、
「サバイバル要素としては」とか、
なんかあっただろう。
だが、なかった。
あまりにも、なかった。
かくして俺は、システムごと削除。
実装未満。
存在はしたが、認められはしなかった。
俺は「役立たず」の烙印を押され、世界に置き去りにされた。
……それでも。
俺はここに実っていた。
草葉の陰ではない。木の枝である。
誇りはまだ死んでいない。
いや、果実なのでそもそも生き方の定義が難しいが、とにかく誇りはあった。
誰にも知られず。
誰にも摘まれず。
誰にも期待されず。
それでも俺は、甘酸っぱさを磨き続けた。
すべては、いつか来る“その時”のために。
そして、その時は来た。
ある日、ひとりの少年が森へ現れた。
見た目は十歳前後。
服はぼろい。
顔色も悪い。
どう見ても遭難一歩手前のガキだ。
だが、様子がおかしい。
目が死んでいない。
いや、むしろ妙に落ち着いている。
空腹でふらついているくせに、世界に対してだけは冷静だった。
そして何より、口から出た台詞が変だった。
「……ラシュベリー?」
知っている。
俺の名を知っている。
しかも次の瞬間には、めちゃくちゃ正確な理解を示した。
(空腹システムテスト用の救済アイテム……)
おい待て。
誰だお前。
なんで知ってる。
というか空腹システムテストって何。
いやその通りなんだけど、知ってていいやつじゃないだろ、それ。
少年は俺を摘み取り、しばらく見つめたあと、静かに口へ放り込んだ。
「……ありがとな、過去の俺」
(っしゃああああああああああ!!)
果汁の内側で俺は叫んだ。
聞こえない?
そんなことは知るか。
これは魂の叫びである。
役に立った。
俺は今、役に立っている。
ただ甘酸っぱいだけの路傍の果実ではなかったのだ。
どうやらこの少年、見た目は十歳だが中身が妙にくたびれている。
たぶん人生を二、三回やっている。
少なくとも普通の十歳ではない。
だがその辺はどうでもいい。
大事なのは、俺がようやく“日の目を見た”という事実だった。
……だが。
そこで終わりではなかった。
草むらが揺れた。
腐った臭い。
濁った目。
低く唸る、死の気配。
ラビグール。
ああ、知っている。
序盤の雑魚だ。
プレイヤーからは「チュートリアル敵」とか言われていたやつだ。
だが今、目の前にいるこいつは、まったくチュートリアルではない。
見た目十歳・中身疲れた大人、武器なし、防具なし、腹ぺこ。
どう見ても死ぬ。
(やばい……このままじゃアイツ死ぬ……!)
少年は石を拾って投げた。
逃げた。
また投げた。
息は切れ、膝は笑い、もう限界寸前だ。
(おいおいおい、開発者知識どうした! もっとなんかあるだろ!)
……いや、ある。
あるじゃないか。
俺が。
この俺が!
俺の心に、誇り高き果実としての炎が灯った。
(今だ……俺の存在意義を見せるときだ!)
俺は全力で念を飛ばした。
《おい坊主! いや坊主じゃないなこれ! たぶん中身おっさん! とにかく俺を使え!》
当然、返事はない。
《いいか、よく聞け! 俺は食料だが食料では終わらん! 俺を喰え! いや違う今は投げろ! 投擲用だ! 対アンデッド局地兵装だ!!》
その瞬間だった。
少年の手が、偶然か必然か、布袋の中の俺たちに触れた。
《そうだ! いいぞ! そのまま行け! 今こそ! 削除された仕様の逆襲を見せてやれェェェ!!》
少年は一粒を掴み、迷いなくラビグールへ投げつけた。
それは――俺だった。
(よし来たァァァァ!!)
誇り高き果実としての人生に、一片の悔いなし。
パァンッ!
俺の果皮が弾けた。
甘酸っぱい果汁が霧となって散り、ラビグールの鼻先を直撃する。
「ギィィッ!?」
腐った獣が悲鳴を上げた。
怯んだ。
後ずさった。
効いている。
効いているぞ!!
《見たかァァァ!! これが! “削除されたアイテム”の意地だァァァァ!!》
ラビグールは顔を振り、混乱し、ついには逃げ出した。
森に静けさが戻る。
少年は荒い息をつきながら、呟いた。
「……効いた、だと?」
(そうだよ! 効くんだよ! 言っただろ! いや言ってないけど気持ちでは言ってたよ!)
こうして俺は、誇りを取り戻した。
喰われもせず。
ただ放置されるだけでもなく。
削除されて終わるだけでもない。
ラシュベリーは――武器だ。
その後、少年は残った仲間たちを布袋へ詰めていった。
そのたび、袋の中では小さな騒ぎが起きた。
《おい、今の見たか!?》
《見た! 俺たちやれるぞ!》
《ついに来たな、果実の時代!》
《いや待て、あれ食料扱いじゃないか?》
《違う! 緊急用対アンデッド兵器だ!》
《でも普通に口にも入れてたぞ》
《二刀流……いや二用途だ!》
ざわつく仲間たち。
そのうち、ひときわ丸い実が震えた声で言った。
《つ、次に投げられるの、俺かな……》
《名誉だろ》
《でも潰れるよな?》
《名誉だろ》
《いや痛いとかあるのか果実に》
《知らん! だが誇れ!》
《俺、できれば食料として静かに余生を終えたい派なんだけど……》
《裏切り者め!!》
森の片隅で、誇り高き果実たちのテレパシーが飛び交う。
誰にも知られず。
誰にも評価されず。
それでも俺たちは、今日も枝に実る。
いつかまた、世界に必要とされるその瞬間のために。
……まあ本音を言うと、できれば次はもう少し優しく使ってほしい。
せめて投げる前にひと声ほしい。
心の準備というものが、果実にもあるのだ。




