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外伝:ギルド窓口の日常 「受付嬢ティナ、十歳児に振り回される」

 ギルド支部の夕方は、微妙に気が抜けない。


 日中の依頼受付はひと段落しているのに、今度は「今日中に泊まれるか」「明日の依頼はあるか」「酒はまだか」みたいな話が増えてくるからだ。


 ティナは帳簿を閉じかけた手を止め、扉の音に顔を上げた。


 ギイ……。


 入ってきたのは、小柄な少年だった。


 夕方の来客にしては足音が軽い。

 酔っ払いでもない。

 常連の荒っぽい冒険者でもない。


(えっ、子ども?)


 年の頃は十歳前後。

 髪は少し跳ねていて、服は旅慣れているとは言いがたい。というか、だいぶくたびれている。

 顔立ちはまだ幼い。どう見ても子どもだ。


 だが。


 目だけが、おかしかった。


 落ち着いている、という言葉では足りない。

 慌てない、というより、慌てる段階をだいぶ前に通り越してきたような目だった。


(えっ)


 ティナは一瞬だけ固まった。


 だが受付は受付である。

 固まっていても仕事は進まない。


 とりあえず笑顔。

 まずは笑顔。


「いらっしゃいませ、グレイハウス村ギルドへ。ご依頼でしょうか、それとも――」


 少年はまっすぐティナを見た。


「登録を頼む。ジョブは決めてる」


「えっ、ええっと」


(早い早い早い! まだ私、“いらっしゃいませ”しか言ってないんですけど!?)


 しかも言い方が妙に落ち着いている。

 子ども特有の勢いとか、見栄とか、そういうものがまるでない。

 完全に「用件を済ませに来た人」のテンポだった。


 ティナは慌てて椅子に座り直し、登録用の帳面を引っ張り出す。


「では、登録ですね。はい。えっと、まずはお名前と年齢をお願いします」


「ちゃたろ〜。年齢は十歳」


 羽ペンが止まった。


「……はいっ?」


「だから、ちゃたろ〜。十歳」


「じゅ、十歳……?」


「そうだけど」


「……」


「……?」


(待って待って待って。おかしい。絶対おかしい。完全に大人と会話してる感覚なのに、返ってきた数字だけ異常に小さい)


 ティナは思わず顔を上げた。


 そこにいるのは、やはりどう見ても十歳前後の少年だ。

 背も低い。

 肩幅も狭い。

 声もまだ高い。


 なのに、空気だけがやたら落ち着いている。


(なにこれ。どういうこと? 見た目だけ十歳で、中身どこかに置いてきたの?)


 受付の向こうでは、朝から暇そうにカップを傾けていた冒険者が、ちらっとこちらを見ていた。

 視線が痛い。


 ティナは咳払いをひとつして、なんとか平静を取り戻す。


「で、では登録を進めますね。初回登録ですので、最初に職業を選んでいただきます」


「うん」


「戦士系ならファイター、ソードマン。魔法系ならロッドメイジ、エレメント。回復系ならケアラー、ライトメイス。支援系なら――」


「ライトメイス」


 即答だった。


 ティナの指がぴたりと止まる。


「……ライトメイス、ですか?」


「ああ」


「え、あの、確認なんですけど、本当にライトメイスで?」


「そうだけど」


「その……正直に言いますね?」


「どうぞ」


「人気ないです」


 ぴしゃりと言ってしまった。

 でもこれは大事なことだ。


「攻撃は中途半端、回復も専門職に劣る、器用貧乏ってよく言われていて、実際、選んだ人が後で後悔することも多くてですね……」


「知ってる」


「知ってる!?」


(知ってるのに選ぶの!? なんで!?)


 ティナは混乱した。

 知識があるなら避けるはずだ。

 少なくとも普通はそうする。


「それでいい。“死なないこと”が最優先だ」


 さらり、と少年は言った。


「……」

「……」

「…………」


(なにその中年サラリーマンみたいな職業選択理由!?)


 ティナはつい、まじまじと少年の顔を見てしまった。


 幼い顔立ち。

 まだ丸みの残る頬。

 それなのに目だけは、妙に落ち着いている。


 人生二周目、という言葉が脳裏をよぎる。

 いや、二周で足りるだろうか。

 もっと別の何かかもしれない。


(この子ほんとに十歳? 十歳ってもっとこう、勢いで剣とか選んで「おれ最強!」とか言う生き物じゃないの?)


 帳面に「ライトメイス」と書き込みながら、ティナは内心で頭を抱えた。


 と、そのとき。

 入口近くにいた冒険者のひとりが、ぼそっと言った。


「おい見ろよ、また変なの来たぞ」

「子どもか?」

「子どもだな」

「でも目が嫌だな」

「わかる」


(わかる、じゃないですよ! 私が一番わかってますよ!)


 ティナは聞こえないふりをして、登録を進める。


「では、木札を作成しますので、少々お待ちください」


 小さな魔晶石を取り出し、木札に印を刻む。

 淡い光が走り、名前と所属と職が浮かび上がる。


 できあがった木札を、ティナは両手で差し出した。


「これからよろしくお願いします、ちゃたろ〜さん」


 少年は木札を受け取った。

 しばらくじっと見つめる。


 その顔が、ほんのわずかに和らいだ。


「ありがとう、ティナ」


「……」

「…………」

「………………」


 ティナの思考が、そこで止まった。


「え、呼び捨て!?」


 素で言ってしまった。


 ギルドの中が一瞬だけ静まり返る。

 カップを持っていた冒険者が手を止め、剣を磨いていた男が顔を上げ、奥で椅子にふんぞり返っていた大男までこちらを見た。


 ティナはみるみるうちに真っ赤になる。


(ちょ、ちょっと待って! なんで私が大声出したみたいになってるの!? 違うでしょ! 原因そっちでしょ!)


 だが少年――ちゃたろ〜は、まるで何も問題が起きていない顔をしていた。


「だめだった?」


「だ、だめっていうか、普通はもうちょっとこう……っ、さん付けとか、距離感とか……!」


「わかった。次から気をつける」


「次からじゃなくて今この瞬間の話なんです!」


 冒険者の一角から、ぶふっ、と吹き出す音がした。


 ティナは穴があったら入りたかった。

 いや、穴がなくても掘って入りたかった。


(最悪だ……受付嬢としての落ち着きゼロ……)


 だがそんなティナをよそに、ちゃたろ〜は木札を見つめたまま、ぽつりと呟いた。


「これが、生きる証か」


「なにその渋い台詞!?」


 また素で反応してしまった。


 奥の冒険者が肩を震わせている。

 完全に笑いをこらえている。

 ティナはもうだめだった。


(待って。この子ホントに十歳!? 精神年齢だけ歴戦の兵士なのでは!? というかもしかして前世で国でも背負ってた!?)


 ちゃたろ〜はようやく顔を上げる。


「なにか変なこと言った?」


「言いました! だいぶ言いました! 十歳の初登録で“生きる証か”は重いんですよ!」


「そういうものじゃないの?」


「普通は“わぁー木札だ!”とか、“かっこいい!”とか、そういう反応なんです!」


「なるほど」


「なるほど、じゃないです!」


 ついに奥の冒険者たちが笑い出した。


「ははははっ、ティナ完全に負けてるじゃねぇか!」

「受付のくせに押されっぱなしだな」

「その坊主、面白ぇ」


「面白くないです! 私は大変なんです!」


 ティナが反論すると、ちゃたろ〜が少しだけ首を傾げる。


「大変そうだね」


「その原因があなたなんですけど!?」


 即答だった。


 少年は一瞬だけ考え込み、それから静かに言った。


「……ごめん」


 その謝り方まで妙に落ち着いていて、ティナは逆に勢いを失った。


「うっ……い、いや、そこまで真面目に謝られると私が悪いみたいになるからやめてください……」


「わかった」


「あと、わかるのも早い」


「そう?」


「そうです!」


 もうだめだ。

 調子が狂う。

 完全に狂う。


 十歳の子ども相手に、どうしてこんなに会話の主導権を取れないのか。

 受付嬢としての自信が朝からぐらぐら揺らいでいる。


 ティナはこほんと咳払いし、最後の説明に入った。


「えーと……では、今夜はギルド寮の空き部屋をご利用いただけます。簡単な食事も出ます。明日以降、依頼の受注が可能になります」


「助かる」


「あと、森にはまだ一人で深く入らないこと。東の安全地帯でも、最近は何があるかわからないので――」


「わかってる」


「本当に?」


「死ぬ気はないから」


「重いんですよ、その言い方が!」


 また笑いが起きた。


 ティナはついに机に突っ伏したくなった。

 だが受付嬢は突っ伏さない。たぶん。きっと。


 目の前の少年は、本気で不思議そうな顔をしている。

 ふざけているわけではない。

 本当に、真面目に言っているのだ。


(それが一番困るんですけど……!)


 それでも、最後に木札を見つめるその横顔だけは、少しだけ寂しそうにも見えた。


 ティナはほんの少しだけ声を和らげる。


「……とにかく、無理はしないでくださいね。登録したばかりなんですから」


「うん」


「生きて帰ることが一番大事です」


「それは同意する」


「でしょ?」


「ティナもそう思う?」


「思います!」


「よかった」


 その一言だけ、妙にまっすぐだった。


 ティナは一瞬だけ言葉に詰まる。


「……えっと、はい。受付はだいたいみんなそう思ってます」


「なら安心した」


 そう言って、ちゃたろ〜は木札を首にかけた。

 ぎこちない仕草なのに、どこか決意だけはきれいに見えた。


 その姿に、ティナは少しだけ毒気を抜かれる。


(……変な子。ほんとに変。でも)


 今まで見たどの新人とも違う。

 それだけは確かだった。


 少年は軽く会釈して、寮の方へ歩いていく。


 その背中を見送りながら、ティナはしばらく黙っていた。


 奥の冒険者がにやにやしながら言う。


「で、どうだったよ。新入り」

「どう、って……」


 ティナは真顔で答えた。


「たぶん、めちゃくちゃ面倒な人が来ました」


「人、って言ったな今」

「十歳相手に“人”って言ったぞ」

「もう子ども扱い諦めてるじゃねぇか」


「だって無理です! あれは無理です! どう見ても普通の十歳じゃないです!」


 冒険者たちの笑い声が、朝のギルドに響いた。


 こうして――


 ティナの「受付嬢としての試練」は、妙に達観した十歳児との出会いから始まったのである。


 なお、この時のティナはまだ知らない。


 この“妙に達観した十歳児”が、これから何度も自分の胃と心臓に悪い存在になることを。

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