第12話「確かな足音、定まりゆく居場所」
朝の光が薄いカーテンを透かし、部屋の床に柔らかな筋を描いていた。
ちゃたろ〜は机の上に置いた木札を手に取り、じっと見つめる。
(……昨日まで“2”だったはずだ)
裏面に刻まれた数字は、もう“3”になっていた。木札の色もわずかに濃さを増している。
それはただの刻印ではなく、“生き延びた証”に近かった。
「レベル3……少しずつ、形になってきたな」
ぽつりとこぼれた声は、この数週間で初めて自分に向けて発した“安堵”だった。
昨夜、ティナと買い出しに行った帰り道のことが、心に残っていた。夕暮れの噴水、沈黙の時間、ティナの小さな震え――そして、自分が思わず口にしてしまった言葉。
『俺は、多分。みんなと“同じ時間”では、生きてない』
あれは説明でも、強がりでもない。ただ、事実に近い“感覚”だった。
(……あの子は、どう思ったかな)
胸の奥がほんの少しだけきゅっとした。自分でも理由は分からないままだった。
ギルドに向かうと、人々の声と薪の香りが混じった朝の空気が迎えてくれた。
扉をくぐった瞬間、
「来たか、ちゃたろ〜」
ミナリスが気配もなく横に立ち、鋭い眼差しを向けてきた。
「昨日の戦い……悪くなかった。特に、音を使って注意を逸らせた判断。あれは“訓練された者の動き”に近い」
淡々としているが、それはミナリスなりの大きな評価だった。その事実に、胸の奥がじんわりと温まる。
(……褒められるって、こんな感覚か)
そう思った瞬間、
ドゴンッ!
背中に衝撃。体が前に揺れる。
「よーっし坊主! 今日も元気そうだなあ!」
バルドの豪快な笑い声が頭上から降ってくる。
「……いつも急なんだよ」
「急じゃなきゃ冒険者やってられん! ガハハ!」
ちゃたろ〜は肩をすくめるしかなかった。
ティナがカウンター越しにこちらへ手を振った。夕暮れの買い出しの時よりも自然な笑顔で。
「ちゃたろ〜さん、お疲れさまです。昨日の報告書、ちゃんと届いてますよ! はい、これが報酬です」
銀貨が手のひらにのせられた。その重みは昨日の温かいパンとは違う、現実そのものの冷たい重さだった。
「最初は……ちょっと心配してたけど。今は……もう、“村の外から来た子”って感じじゃないですね」
「そうか」
ちゃたろ〜は銀貨を静かに布袋へしまう。
「生活のために戦うって……やっぱり不思議だ」
「うん。でも、生活があるってことは……“帰る場所がある”ってことでもあるから」
ティナの言葉が胸に落ちた瞬間、ちゃたろ〜はふと、昨夜の噴水の前でのやり取りを思い出した。
――せめて今は。無事でいてよ。
あの震えは、優しさか、不安か、ただの気がかりか。まだ分からない。
ただ、彼女が自分を“気にかける側”へ踏み込んできたあの瞬間、世界がほんの少し温かくなったのは確かだった。
夕暮れ。
ちゃたろ〜は村外れの借屋の縁庭に腰を下ろし、遠くの灯りを眺めていた。
今日の村は穏やかで、どこか幸せそうだった。
子どもが駆け回る声。鍛冶屋の金槌の響き。どこかの家から漂う夕餉の香り。
(俺は、この村のために戦うわけじゃない。……けど)
布袋を握りしめる。生きて帰った証が詰まっている。
「ここで食って、寝て……名前を呼ばれて……」
この村の時間が、自分の時間に触れようとしている。
「……今の俺は、この村の一員だ」
ふう、と息を吐き、星空を仰ぐ。風が頬を撫で、ささやくように夜へ溶けていく。
村はまだ平穏だった。
だが、その静けさの奥で、見えない何かは確かに育っている。
次の異変は、まだ姿を見せていない。けれど確実に、村の境界へ近づきつつあった。




