表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/55

第12話「確かな足音、定まりゆく居場所」

 朝の光が薄いカーテンを透かし、部屋の床に柔らかな筋を描いていた。


 ちゃたろ〜は机の上に置いた木札を手に取り、じっと見つめる。


(……昨日まで“2”だったはずだ)


 裏面に刻まれた数字は、もう“3”になっていた。木札の色もわずかに濃さを増している。


 それはただの刻印ではなく、“生き延びた証”に近かった。


「レベル3……少しずつ、形になってきたな」


 ぽつりとこぼれた声は、この数週間で初めて自分に向けて発した“安堵”だった。


 昨夜、ティナと買い出しに行った帰り道のことが、心に残っていた。夕暮れの噴水、沈黙の時間、ティナの小さな震え――そして、自分が思わず口にしてしまった言葉。


『俺は、多分。みんなと“同じ時間”では、生きてない』


 あれは説明でも、強がりでもない。ただ、事実に近い“感覚”だった。


(……あの子は、どう思ったかな)


 胸の奥がほんの少しだけきゅっとした。自分でも理由は分からないままだった。


 ギルドに向かうと、人々の声と薪の香りが混じった朝の空気が迎えてくれた。


 扉をくぐった瞬間、


「来たか、ちゃたろ〜」


 ミナリスが気配もなく横に立ち、鋭い眼差しを向けてきた。


「昨日の戦い……悪くなかった。特に、音を使って注意を逸らせた判断。あれは“訓練された者の動き”に近い」


 淡々としているが、それはミナリスなりの大きな評価だった。その事実に、胸の奥がじんわりと温まる。


(……褒められるって、こんな感覚か)


 そう思った瞬間、


 ドゴンッ!


 背中に衝撃。体が前に揺れる。


「よーっし坊主! 今日も元気そうだなあ!」


 バルドの豪快な笑い声が頭上から降ってくる。


「……いつも急なんだよ」


「急じゃなきゃ冒険者やってられん! ガハハ!」


 ちゃたろ〜は肩をすくめるしかなかった。


 ティナがカウンター越しにこちらへ手を振った。夕暮れの買い出しの時よりも自然な笑顔で。


「ちゃたろ〜さん、お疲れさまです。昨日の報告書、ちゃんと届いてますよ! はい、これが報酬です」


 銀貨が手のひらにのせられた。その重みは昨日の温かいパンとは違う、現実そのものの冷たい重さだった。


「最初は……ちょっと心配してたけど。今は……もう、“村の外から来た子”って感じじゃないですね」


「そうか」


 ちゃたろ〜は銀貨を静かに布袋へしまう。


「生活のために戦うって……やっぱり不思議だ」


「うん。でも、生活があるってことは……“帰る場所がある”ってことでもあるから」


 ティナの言葉が胸に落ちた瞬間、ちゃたろ〜はふと、昨夜の噴水の前でのやり取りを思い出した。


 ――せめて今は。無事でいてよ。


 あの震えは、優しさか、不安か、ただの気がかりか。まだ分からない。


 ただ、彼女が自分を“気にかける側”へ踏み込んできたあの瞬間、世界がほんの少し温かくなったのは確かだった。


 夕暮れ。


 ちゃたろ〜は村外れの借屋の縁庭に腰を下ろし、遠くの灯りを眺めていた。


 今日の村は穏やかで、どこか幸せそうだった。


 子どもが駆け回る声。鍛冶屋の金槌の響き。どこかの家から漂う夕餉の香り。


(俺は、この村のために戦うわけじゃない。……けど)


 布袋を握りしめる。生きて帰った証が詰まっている。


「ここで食って、寝て……名前を呼ばれて……」


 この村の時間が、自分の時間に触れようとしている。


「……今の俺は、この村の一員だ」


 ふう、と息を吐き、星空を仰ぐ。風が頬を撫で、ささやくように夜へ溶けていく。


 村はまだ平穏だった。


 だが、その静けさの奥で、見えない何かは確かに育っている。


 次の異変は、まだ姿を見せていない。けれど確実に、村の境界へ近づきつつあった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ