第5話 看守長、清滝玲子
―留置所の地上入口において
太陽は分厚い雲に隠されていた。薄暗い森の中にある小さな道路。その最奥に、古びた二階建ての家屋がぽつんと建っている。隣のコンクリートのガレージ。その中には、地下の留置場への車用エレベーターが隠されている。
そのガレージの中で潜んでいるのが、この公安部超能力犯罪対策課所属――この留置所の看守長、清滝玲子である。
(みんなが被疑者を全員護送車に乗っけて出てくるまで、ここを守らないと......)
清滝は電場を読む。二つの電場の発生源が近づいてくる。
(やっぱあの組織の超能力者が来たの......?多分そうだと思うけど、確証がない)
清滝は悩んだ。このままガレージの中に隠れながら先制攻撃をすれば、苦戦せず勝てるだろう。しかし、相手があの組織の構成員である確証はない。その時、清滝はふと紅羽のことを思い出す。
(あの少女に言ったじゃない......あなたの行動は許される範囲を超えてるんだって。―だったら私も、公安の警察官として、許される範囲で動くまでよ)
清滝は脇の小さなドアを開けて、ガレージから出る。清滝の目前には、二人の人がいる。ラフな半袖短パンの私服を着た、少年少女のペアだ。紅羽と同じくらいか、少し幼いぐらいに見える。
「ちょっとあなた達。何しにここに来たの?帰りなさい」
清滝の警告に、二人は嘲笑う。少年のほうが口を開く。
「おいおい、お前。まだ気づいてないのか?」
少女が清滝のほうを指さして言う。
「私らはあんたらのいう組織のメンバーだよ。そこの留置所から仲間を解放しに来たの」
清滝は二人を凝視しながら言う。
「......やっぱあなた達はそうなのね。どうせ私たちが捕まえたジェームズの電波からこの場所を突き止めたんでしょ?」
「そう!ここら辺は一通りみてみたけど、見たところ入口はそのガレージ一つだけみたいだね。電波の反応が地下から来た時は驚いたけど、逆にここさえ押さえればあんたらは袋のネズミじゃない?」
少女は指の先に電気をため始める。
「そうさせないために私がいるのよ。悪いけどそっちがその気なら、手加減できないから」
「あっそう。じゃあ全力で行かせてもらうよ!」
少女の指先に溜まった電気を、一気に解き放つ。電撃は光の速さで空気中を直進し、清滝に直撃する。しかし清滝は微動だにせず、涼しい顔で立っていた。
「うそ......電撃が.......効いてない!?」
「電気は光の速さで進む。見てから避けられるものじゃない。だから私は避ける必要がないようにしてるのよ」
少年は清滝のほうに向けて手を広げ、電気をためる。
「心桜!油断するな!相手はかなりの超能力者だぞ!」
少年はめいいっぱい貯めた電気を、清滝に浴びせた。しかし清滝は微動だにせず、一切表情を崩さなかった。清滝は二人の方に向かって歩き出す。
「へえ。そっちの女の子の方は心桜って言うんだ。結構かわいい名前じゃない」
「うっるさいわね!でもなんで電撃が効かないの?私のも春樹のもまるで効いてない......」
春樹は細々とした声で、確証がなさそうに言う。
「噂には聞いたことあるんだけどよ......高度な風系の超能力者は、周囲に真空の膜をつくって電気を遮断できるとか......」
清滝は少し驚いた顔をして立ち止まる。
「あったり。よく知ってるわね」
「はぁ!?何それ、どうしようもないじゃない!」
「ちなみに私の超能力はただの風系じゃないわよ」
清滝は心桜の方に手を伸ばし、手をぐっと握る。次の瞬間、心桜の体が突然宙へ浮いた。
「うわぁああ!」
見えない何かが、心桜の体を握り締めている。
「何これ!これがあなたの......」
「そう。これが私の超能力。神の見えざる手が、あなたを掴む」
透明で強大な見えざる手が心桜を掴んで空に浮かせる。
(後ろ......)
清滝は背後から電場の乱れを感じた。清滝は振り返らない。見えざる手が、清滝の背後を振り払う。
「ぐうぁ!」
春樹の体が吹き飛び、尻もちをついて倒れる。
「なるほど......確かに背後から近づいて接触さえすれば、私が膜を張ってても電撃は通るわね。考え方は悪くないけど、ちょっと甘いわよ」
見えざる手が春樹を地面に抑えつける。
「くっ......」
春樹は力を込めて抜け出そうとするが、空気の圧には歯が立たない。
「無駄よ。あなた達は負けたの。この後来る護送車に一緒に乗せてあげたいけど......年齢的に逮捕できるかどうか」
「いい気になるのも今のうちだぞ......」
春樹は足掻きながら言う。心桜が続ける。
「せっかく留置所の場所を特定してったのに、組織が送る戦力が、私たちだけなわけないでしょ?私たちはたまたま近くにいただけよ」
ちょうどその時、遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。清滝は電場を読む。超能力者だ。この二人より強い電場を感じる。
(また組織のやつら......?)
一台のスポーツカーが、清滝の前に止まる。車の中から、一人の男性が降りてくる。春樹が声を上げる。
「お父さん!」
「おい、春樹、心桜。大丈夫か?こいつにやれたのか?」
「うん、私たちの電撃が効かなくて......」
「そうか。あとは俺に任せとけ」
「あなた......この子達の父親なのね」
清滝は静かに言った。
「ああ」
「あなたがこの子達を組織に入れたの?」
「俺らの組織はそういう決まりなもんでな」
清滝は一瞬だけ春樹と心桜の方に目を向ける。今まで生意気な悪ガキたちと思っていたが、かわいそうにも思えてきた。
父親は右手に電気をため始める。父親の全身から、この二人の子供とは比べ物にならないぐらい強大な電場が放たれている。
「電撃じゃ私は倒せないわよ」
「それはどうかな?」
父親は清滝に向かって電撃を解き放つ。電撃は空気中を光の速さで突き進み、清滝の周りの真空の膜を突き破って、清滝の胸に直撃する。
「ぐうっ!」
清滝は胸を押さえて、息を荒げる。清滝は体内で、大部分の電気はそらしたが、残りのわずかな量だけでもかなりの痛みを伴う。
「ほらな?」
「なんで......真空の膜があるはずなのに」
「電気の使い方次第で、真空に電気を流すことも不可能じゃないだろ?」
「なるほどね。でも攻撃が通るからって、私が負けたわけじゃないのよ!」
―インヴィジブル・ナックル―
清滝は拳を振りかぶる。巨大な見えざる手が、父親に不可避の打撃を与えた。ドスッと、鈍い音が鳴る。
「......うっ。こりゃ反則だろ。どこから来るかわからないから避けられねぇ」
「避けられないのはお互い様でしょ?どちらが先に力尽きるか、我慢比べと行きましょうか」
「望むところだ!」
二人は互いに不可避の攻撃を与え続け、泥沼の戦いを続けていったのだった。
―留置所の独房にて
日の光の届かぬ地下の独房。紅羽も気が滅入ってしまっていた。ぼーっとコンクリートの天井を眺めていると、足音が近づいてきた。
「98番、今からお前を移送する」
高橋が独房の鍵を開けて、紅羽に近づく。紅羽はさっき聞いた放送の内容を思い出す。
「例の組織による襲撃?」
「ああ。早急にここを捨てて、お前ら囚人を移送する必要がある」
紅羽はしばらく黙り込む。
「おい、行くぞ」
高橋は紅羽の肩をたたく。紅羽が立ち上がると、高橋は紅羽に縄をかけて、引っ張るように連行する。紅羽は数歩歩いた後、突然立ち止まった。
「ねえ......」
「どうした?」
紅羽は高橋の目をじっと見つめて言う。
「私と取引しない?」




