光芒-⑤
夕暮れの中、カンロとクララ、バートンが難しい顔で診療所に勢揃いしていた。問題の赤ちゃんはネムスの腕の中で毛布に包まれてスヤスヤと眠っていた。
「凶星か……」
バートンが顎髭を撫でながらボソリと呟く。クララは普段首にかけている猫と杖のレリーフを手に持ち、暗い顔でピンピン、と指ではじきながらため息をついていた。
一刻ほど前、ネムスはカンロに走らされ診療所に駆け込んだ。どうしたのだ、と聞かれたネムスは、獣人の赤ちゃんが生まれたことを伝えた。ネムスはあえて、凶星という言葉は使わなかったのだが、バートンは状況を聞くや否や「凶星か」といってやおら立ち上がると、ネムスとクララに先にお産のあった家に行っているように伝え、バートンは村長や村の長老などを呼び集めたのである。
隣の礼拝所では、村の偉い大人たちが喧々諤々の議論を繰り広げている。
「バートンさん」
「なんじゃ、ネムス」
「凶星、って何なんですか」
そう尋ねると、バートンは驚いた顔をする。
「ネムス君が知らないことがあるとは」
「知らないことの方が多いですよ」
特にこの世界のことについては、と心の中で付け加える。
「そうじゃのう、なにから話そうか……。まず、そうしたら、クローヌ教の聖典は読んでいたな」
「はい。治癒魔術の習得の一環で。礼拝所のものをお借りしました」
「そうかそうか。クローヌ教はこの国の国教での、建国した王様から脈々と信仰が続いておるわけじゃ。だからの、わしも含めてほとんどの国民はクローヌ教の信者で、その教義を守っておる。文字が読めるものは、必ず聖典を持っているはずじゃ。あれで文字を習うからのう」
「……」
母は文字が読めるはずだが、聖典は自宅にない。このことは黙っておこう、とネムスは直観で思った。
「しかし、この国が建国されたのは300年も前のことじゃ。だからの、時代を反映した内容でな、それが今でも残っているというわけじゃ」
「時代を反映した内容って?」
「この国、ロザン帝国が建国される直前は、さまざまな種族で覇権を争っておったそうじゃ。その中で、聖女クローヌ様を味方につけたロザン帝とその配下が一気に勢力を伸ばしてこの広大な地を平定した。そして、クローヌ様が天に昇られて、女神となられ、クローヌ様を信仰するクローヌ教が国教となった」
そういって、抱かれた子に視線を落としながら続ける。
「クローヌ教の聖典はその時代、つまり他種族との争いの中で国家を維持するための思想が濃厚に含まれているんじゃ。つまり、他種族、獣人やエルフ、ドワーフみたいな他種族を排他するような。争いから無縁になった今でも、その思想が脈々と続いている」
「エルフ、ドワーフ……物語の世界の話と思っていました」
「この村では出会わんだろうな。彼らは彼らでそれぞれ、集団で暮らしていて、まず帝国には入ってこない。帝国に入れば、いい思いはしないことがわかっているからじゃ」
続けるぞ、とバートンが切り替える。
「聖典は、クローヌ様が生前おっしゃったことがまとめてあるのだが、そのうちに、『凶星』というものがあってな」
バートンがクララを見やると、クララが目を閉じてそらんじる。
「『ヒトの子らよ、安寧に溺れるな。常に明日の空を憂え。黒き凶つ星が北方に上がるとき、この地を揺るがす獣の子が現れるであろう』」
「獣の子……」
「もともと古くは獣人もエルフもドワーフも、同じ土地で、助け合いながら魔物に対抗して暮らしてきた。だからのう、先祖をたどれば、どこかでだれしも混じっているものじゃ。純粋なヒト族なんてものは本来存在しない。そしてこうして、時折他種族の特徴を色濃くもった子が生まれてくる。エルフやドワーフの特徴ならまだよいが、獣人の特徴を持って生まれてくる子供は悲惨じゃ」
「黒き星なんてわかんないからね。空を眺めていても、光っていればわかるけど、黒かったんじゃ見えないし。だから、獣人の特徴を持った子供が、予言の子かどうか判断する方法はない」
「だから、クローヌ教の影響が強い帝都周辺では、今でも生まれたらすぐ殺されてしまうこともあるくらいなんじゃ。一方、この村は、帝都から遠く、クローヌ教の影響も小さい。派遣されているのもクララさんみたいな破戒僧じゃから、すぐ殺すなんてことにはならないのだが……」
「破戒僧なんて失礼ね……、まあ実際、帝都から飛ばされてきたわけなんだけど」
「何したんですか?」
「ふふふ、乙女の秘密」
口元に立てた指を当てながらいたずらっぽくニコッとするが、目は全く笑っていなかった。深くは立ち入らないようにしよう、とネムスは心に決めた。
礼拝所とつながる扉が開き、村長が顔を覗かせる。ネムスはその扉の隙間の先で、父カミックが腕を組んで神妙な顔をしているのがみえて、苦笑する。なんだか似合わないな、と思ったのだ。
「バートンさん、クララさん、カンロさん、少しいいか。議論がまとまってきたので意見を聞きたい」
「わかった」
「わかりました」
バートンとクララが応じて礼拝所へ移動する。




