光芒-⑥
バートンとクララが移動したあとも、カンロは動かない。
「この子とネムス君を二人では残せないさ」
「なら中に一緒に連れてくればよい」
村長がそういうが、カンロはかぶりをふる。
「きっと、この子には聞かせられない話じゃろ?だからわたしゃここに残る」
カンロの目はまっすぐ村長を見つめていた。その気迫に気圧されたのか、村長はあいまいに頷くと、礼拝所に戻り、扉を閉めた。
2人きりで残されたネムスは、カンロに尋ねてみる。
「カンロさん、今までこういう子を取り上げたことはあるんですか?」
カンロは遠くを眺めるような目になって言う。
「そうさねえ……。もう何年前かも忘れてしまった」
すっかり暗くなった診療所内で、細いろうそくの火がゆらゆらとゆらめく。
「あの時も、赤ちゃんをどうするかで議論になったのさ。あの時は、赤ちゃんを守ることが出来なかった。今でも、そのことを思い出して後悔することがあるのさ」
「守れなかったって、もしかして殺されちゃったんですか」
「いんや、でも、ほとんど同じようなことか、もしかしたらそれより質が悪いかもしれない」
「どういうことですか」
「『試しの儀』をやるってことになったのさ」
「『試しの儀』?」
「ほんとは、成人する子たちがやるんだよ。正式に村の一員になるための儀式さ。森の中に、今でも残ってる古い時代の祭壇があってなあ。そこで一晩過ごさせるのさ。もちろん、魔物が出ることだってある。成人した男なら、それなりに戦えるじゃろうが、それを赤子一人でやらせたんだ」
「どうなったんですか」
「次の日朝早く、祭壇まで見に行ったが、そこには影も形もなかった。女神様に拾われた、なんてみんな言って、それで終わりってことになった。本当にそれで終わりだったんだよ。大方魔獣に食われたんだろうに。でもみんな次の日には何事もなかったように過ごしてさ」
やるせないよねぇ、とカンロはため息をつく。
「その夫婦も別れてしまって、そのうちどちらもこの村を出て行ってしまった。当然だわね。今でも、本当は奇跡的に誰かに拾われて育っていてくれていないだろうか、なんてことを心のどこかで祈っているのさ」
カンロが愛しそうに赤子の耳をなでると、ふえ、と赤子は声をもらす。
「だから、今回はそんなことにならないといいのだけれど」
「……カンロさんは、あまり、獣人への偏見みたいなものはないんですね」
ネムスが尋ねると、カンロは宙をみて言う。
「そうさねえ……正直、嘘偽りなく話せば、あの時はそのやり方が絶対にまちがってる、と思ったわけではなかったさ。村の人たちが恐れる気持ちも分かるし、自分もその気持ちがあった」
「なら、どうして」
「年をとるとね、本当にいろいろあるのさ。とくにこういう仕事をしていると。生まれてくる命の尊さが、そこに貴賤がないことが、感覚でわかってくるものなんさね。でも、本当の意味で分かったのは、つい最近の事じゃ。だからネムス君には感謝しているさ……。おかげで、救える命が増えるじゃろうて」
「……。」
ネムスは何も言えなかった。医療者の精神性として、一つ高みにいる、その積み重ねた年月に、深い敬意を抱いたのである。
「それに、バートンさんとクララさんに出会ったことも大きいのう」
ちょうど、そこでバートンの怒号が診療所まで聞こえてくる。どうなっているんだろう、と聞き耳を立てていると、それを察したカンロがいう。
「ネムス、少し見てきてよいぞ」
「いや、でも、カンロさんが行った方が」
どう考えても、説得力が……というネムスを押しとどめて、カンロは言う。
「わたしゃ、あの二人を信頼して任せたんじゃ」
ほれ、いい社会勉強じゃ、と促され、ネムスはこっそりと礼拝所へと滑り込んだ。




