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ーーー深い、不快、不解。


掻き分けても、掻き分けても、(まと)わりつくように 行く手を阻んでいる黒い水。


何度も諦めそうになりながら、それでも必死に 深奥を目指した。





 …ここは、彼女の心象風景の中。

ラウちゃんと協力して錯乱している彼女の隙を付いて、心の内側を見ている。

理由が知りたかったんだ。そこまで世界を呪い続ける理由を。



…それにしても、ここは ひどく寒くて、息苦しい。



「(ラウちゃん、大丈夫?)」


「(平気だよ。

今のところは結界だけで対応出来てる。それより、そっちの方が危ないんだから、

気をつけて。本当はこんなマネさせたくないけど 他に代案がないからね。)」


「(うん。必ず、無事に二人で帰ろうね。)」



 まさか、ここで腕輪の通信機能が役に立つとは…。

…他には もう変な機能、付いてないよね?


……、


…いやいや!今は、集中しなくちゃね! 全部終わってから聞けば良いんだよ。

うん。




 進むほどに、黒い水は濃度が薄まり、透明さを増す。

そして突如 様々な、細切れの風景たちが、私を襲う。



「あ…、」



 これは、彼女の記憶の断片だ。

ひとつひとつが、キラキラと星のように輝いている。

何百年もの蓄積された想いに、私は息を呑む。


そして。真新しい記憶の中に、私の姿があったのに、驚いた。




私を不思議そうに覗き込む、あの子も。


走って転んだ私に「ばかね」と言いながら、心配してくれたあの子も。


両親のケンカに怯えている時も、おばあちゃんのお葬式で泣き続けた時も、

一番近くに…あの子は、居たんだ。





…あぁ、そうか。そう、なのか。


私は全てを知った。どうして、こんな大切なことに気付かなかったんだろう。




本当にずっと、ずっと前から知っていたんだ。この人のことを。





目が痛くなるほど青くて澄んだ水底で ようやく彼女を見つけ、側へと降り立つ。




「あなたは、」



 長い黒髪、漆黒の瞳。

着ている衣服は、平安時代のお姫様のよう。

でも、本当は違う。彼女は呪術の心得のある巫女だったんだ。

これまでの魔獣も、その応用。死んだ動物の体を使った ”呪詛” 。



「ふ、ここまで来るなんてねぇ…。

まぁ ティーアの孫だし、ずーっと同じ体を共有してたんだものね。

私が入れて、アンタが入れない道理はないかぁ。


…せっかくだし、聞いていく?」




 少女は、やはり平安時代の日本からトリップしてきた人間だった。

突然のことに戸惑い、嘆き、悲しんで、それでも 気丈に言葉の通じない世界で、

必死に生きようと模索し続けた。畑仕事も、水仕事も進んでやった。



周りの人々も、その姿に好感を持ち 出来得る限り少女を助けてくれた。




…ところが、ある時。

生活の援助をしてくれた人が、泣きながらこういって来たのだ。



「年貢が厳しくて、もう どうすることも出来ない。後は死ぬしかない。」と。




 少女は、異世界に来てから 自分に不思議な能力があるのに気が付いていた。

血を一滴、地に落とすだけで そこは豊かな土になる。


最初は、恩人を助ける為に 一度だけのつもりだった。

しかし それを周囲の人間はそれを許してはくれなかった。

…少女は、一滴も残さず 血を奪われて死んだ。


 それでも、少女は人々を憎まなかった。

人々が すぐに正気に戻り、犯した罪を深く後悔して 少女に償う為に祠を建てて

くれたから。


祀られた少女は、少しずつだが祀る人々の願いを叶えられる力を得ていった。

死んでからも、少女は他者のために尽くした。




 だが。 それが、次の悲劇の引き金だった。

300年前の飢饉が発端の戦で、少女が一番怒りを感じたのは 石像を壊された

ことでも、信仰を失ったことでも、自分の無力を責められたことでもなかった。



世界が、人々が、自分たちは嘆くばかりで行動に移さなかった。

都合の良い『英雄』を勝手に作り上げて、全ての ”必要悪” を『彼ら』に押し

付けた。

私と同じ、『黒髪と黒い瞳をした異端の子らと、その子孫たち』に。



当時もそうやって、自分は特殊なばかりに依存され、死んでいった。

人間は変わらない。あの時は感じなかった怒りが、彼女の身も心も焼き焦がした。




「後は、ヒトの作った歴史の通り。

あたしは自分勝手に災いを蔓延(まんえん)させた悪者ね。


どぉ? わかった? ちょっとは同情してくれた?」


私は、首をゆっくり 横に振る。


「理不尽な話だし、あなたを取り巻いていた環境にすごく腹が立つけど、

同情は一切してないよ。」


「…残念、つけ込んでやろうと思ったのに。」



それは、きっと本心ではない。

感情のこもっていないその言葉を聞き流し、彼女に思ったことを告げた。




「…あなたは、献身的過ぎたんじゃないかな。

自己犠牲の精神も そこまでいくと異常だと思う。


あなたは 神様なんかにならないで、もう一度、新しい命になってやり直す道を

取るべきだったんだよ。

これだけのことが出来たあなたなら、出来たはずでしょう?」



私を見上げる少女は、とても辛そうに引きつった笑いを浮かべて答える。



「…そうだったのかもね。


でも、もう何もかも遅いかなぁ。

私のこのドロドロに煮詰まった負の感情は、すでに私の制御から離れている。

ここもすぐに飲み込まれて、あたしはあたしではなくなるの。


アンタもここにいたら、同じように飲まれるってことね。

心中するつもりがないなら、出て行きなさいよ。」



あぁ、もう!

なんて面倒くさい人なの!



「馬鹿じゃないのっ!?

本当は諦めたくなんかないくせに!


悲劇のヒロインぶってるのは、あなたの方じゃない!」



 私は、座り込んでいた彼女の手を掴んで、無理矢理 立たせて走り出す。

気が付けば、もう不穏な気配が すぐそこまで来ている。



急がなくちゃ…!


想いとは裏腹に、空気は重く、出口は遥か彼方に見える。




…だけど、私はこんなところで 終わりたくなんかない。

待っている人たちが、心配しているだろう人たちがいるんだ。 行かないと!




「ちょっとぉ…っ!


…行くなら、アンタだけにしなさいよ!

偽善なら、同情なら、まっぴらごめんよ!

私はここで消えたいの! 邪魔しないでよ! 本当にウザイのよっ!



…離しなさいよぉ!!」



”ウザイ”とか言いながら、今にも泣き出しそうなのはどこの誰よ?



「あのね、あなたがここで消えたら、私が後味悪いから連れて行くの。

こんな気持ち悪いところに、あなたを残していける訳が無いでしょ!


…さっさと生まれ変わってさ、今度は一緒に遊ぼう!」



「なにを、言って…、」


行く先に、目映い光が見えた。


待っている人がいるから、いくらだって頑張る。大丈夫だ、まだ走れるよ。



掴んでいる手を、尚更ギュッと握り締めて 私は彼女に言う。




「生まれた時から、16年も一緒に居てくれたのに 気付いてあげられなかった。


許して、なんて言えない。…でも。

ごめんね、そして、ありがとう。あなたが産まれて、幸せに生きられる世界に、

きっとするよ。 こんなことしか、言えなくて、本当にごめんなさい。


… ”サクヤ” 。大好きだよ。」



 出口が近くなって、視界が真っ白に塗り潰されて 自分の輪郭も分からなく

なる。


意識が途切れる直前、強く 手を握り返されて、




「   」



彼女が小さく必死に、呟いた声が聞こえた。

私は、ただ笑って頷く。




うん。『またね』。


必ず、また会おう。約束だよ。サクヤ。

ーーー私の、愛しい片割れ。








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