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---目が開けると、ちろちろと小さな炎が揺らめいている。篝火だろうか。
壁に灯されている明かりを頼りに、遺跡に横たわったまま目を凝らして周りを
観察した。
天井は無く、星の河が雄大に広がっていた。
それに、微かだが遠くから水音がする。
石造りの…遺跡? 暗くてよく見えないけど、なんかボロボロだ。
「いてて…ここ、どこ?」
起き上がると、関節の痛みと謎の目眩に襲われた。
わー、グワングワンする。
「梨月ちゃん…!」
「…わ、えっ!?」
その声に振り向けば、いつも通りの青年の姿のラウちゃんが何も無いところから
現れて、私をガッチリ抱きしめて来た。
驚き過ぎて されるがままに、抱え上げられてしまう。
「ちょ、ラウちゃん、なんで?」
おかしいぞ、さっきまで夢とかあの世の手前で戦ってたんじゃなかったか…?
…って、オイ!
うぐぐっ!そんな力いっぱいされたら苦しいんだけど!
あ、息が出来な、い…。
「ボス〜、お嬢さん潰れちゃいますよー?」
「はっ! ごっ、ごめんね!」
ラウちゃんがハッとした様子で、ようやく力を緩める。はー、苦しかったぁ。
「君をひたすら待っていたら、いきなり暗転して目が覚めてさぁ!
焦ったのなんの…!
人員総出で、梨月ちゃんの身体の所在を急いで割り出して、
素っ飛んで来たんだよ。
大丈夫? どこも異常ない? …よかった、ほんとうに、よかったぁ…。」
よくない。全然よくない。うっかりまたあっちへ旅立ちそうになったよ!
…って、んん?
あれ?なんか後ろに居る、あの眼鏡の人…見たことある気が…。
……っ! あっ。あの解剖オタクの人だ!!
リクハルドさん…だったよね。
「あなた、なんでここに!?」
「どうもです〜。」
解剖オタクさんは、にこやかに私に手を振る。
…手を振るのは良いから、どういう状況なのか 教えて欲しいんだけど。
あっけにとられていると、またもや聞き覚えのある声が掛けられる。
「よぉ、お嬢!
身体は どこも痛まないか? 本当、エライ目に遭ったよなぁ。
だが、もう大丈夫だ。
俺達に任せて休んでな。…オイ、テメェは何サボってんだ?
しっかりしろよ、ラウリ。お嬢の安否が分かったんなら、さっさとやんぞ!」
あぁ、やっぱりさっきのは…!
と、いうか、マティウスさんまで何故こんなところに!
「梨月。」
混乱する私の後ろから、聞き覚えがある声が聞こえる。
「あぁ、紛らわしくて ごめんね。
今はこんなピチピチの若い姿だけど、お婆ちゃんよ。
梨月の身体を操っていた あの子の痕跡を追って、皆で ここまで来たの。
オルヴォ君はもう避難したわ。ここまで来てくれるって言ったけれど、さすがに
それは危ないから。」
首を少し傾げて 優しげに笑う赤毛の半透明少女。
その口調といい、笑い方といい、夢の中で出会った若いおばあちゃん ティーア
そのままだった。
「ほ、本当にティーアがおばあちゃんなの? 私がいない間に何が…?
オルヴォ君って…あのオルヴォ君だよね?」
さらなる混乱の中、もうひとつの声が聞こえた。
『詳しく尋ねたいのは 私も同じだが、一刻の猶予もない。
既に、奴らは すぐそこまで来ているのだ。
かいつまんで説明しよう。
ティーアは、お前に付いてこちらにやって来たが、実体が無い為に消えかけた。
そこを、この少年の夢の中に潜む事で、力を蓄えて機を待っていたそうだ。』
すーっと、蜃気楼のように若おばあちゃんの横に ネストリ師匠が現れる。
…なんだろう。師匠の気配が安定しないというか、薄い気がする。
それを見て、私は訳の分からない 不安感に襲われた。
「師匠、」
怖々、尋ねようとした声は思いがけず遮られてしまう。
「…っ、失礼致しますわ! 交戦中だった魔術師からの報告です!
各地の魔獣達が、少しずつ融合しながらこちらへ侵攻しています!
各地から人員を呼び戻していますが、とても間に合いません…っ!!」
悲鳴のような声と一緒に現れたエリーサさんの報告に、場の空気は凍り付いた。
彼女は、魔獣にやられたらしい赤黒い血に塗れた左足を引き摺り、息を切らせ
ている。
倒れないのが不思議なくらいに、真っ青な顔色だ。報告を遂げて緊張が途切れた
のか、崩れ落ちそうになり マティアスさんとリクハルドさんに支えられ、遺跡
の入り口から出て行く。
最初に沈黙を破ったのは、ラウちゃんだった。
「梨月ちゃん、掴まってて。
とりあえずメルヴィ達のところまで送るから、 …梨月、ちゃん?」
私を抱えて、ここから担ぎ出そうとする彼を押し止めて、首を横に振る。
「私、ここにいる。」
「ちょ、何言ってるの!?」
ラウちゃんの抗議を黙殺して、私は問いかけた。
「教えて下さい、師匠。一体何を隠しているんですか?
…ラウちゃん達は知ってるの?」
「う、黙秘権はー…ダメだよね。」
『………。』
おばあちゃんは目を伏せたまま動かない。
ネストリ師匠は眉間に深いシワを寄せ、しばらく黙考しているように見える。
その後、深い溜め息を零して、師匠がそっと話し出した。
『お前ばかりが、あの女神と情報を共有した訳ではない。
私も”呪い”という形とはいえ、あれに関わった。封印されている長い時の中、
あれの見た物を垣間見る事が幾度かあったのだ。
何があれを歪ませ、この大陸で何が行われていたのか。
同情しなかったと言えば、嘘になる。…せめてもの情けだ、同じく異世界の者の
血を引く我々が引導を渡してやりたい。
それをティーアともに、実行する。それだけの事だ。』
「梨月。
私達は、過去の幻影なのよ。未来を閉ざす存在…そろそろお別れしなければね。
300年前のいざこざや、もっと前の因縁にあなた達は関係ないんだもの。
あなた達には、これからの事を考えて欲しいわ。
例えば…うふふ、新婚旅行とかね。」
「あぁ、なるほど…!」
「ちょ、おおおっおばあちゃん!? こんな時に何言ってるの!!
ラウちゃんも、なんでノッてるのよっ!」
「もしもの話よ。
そうね、どうしても何か梨月も手伝いたいなら…お坊ちゃんとこの子に聞いて
からにしなさいな。」
<…ご主人。>
小さく凛と響く、温かな声。この声は、
「ルーちゃん!」
若おばあちゃんの腕の中に、いつの間にか ルーちゃんが居た。
さっきまでは居なかったのに。
いつも通り、ザクロのような美しい深紅の体と瞳。なのに、いつもより何故か
小さく見えた。
「どうかしたの?どうして、こんなところに…。」
彼女はしばし言いにくそうに俯き、しかしスッと顔を上げて語り出す。
<ご主人。私は、貴女に隠し事をしていました。
…私の以前の主は、神となる前のサクヤ様です。私は あの方に作られた人工生命体。
と、言ってもこの姿です。まともな戦闘能力はありません。
ただ、あの方の孤独を慰める為の存在でした。>
彼女の告げる、その衝撃的な話に 皆の視線が集まる。
< …それでも、とても幸せでした。あの方は、優しい方なのです。
村の人々が、喜ぶ姿を見たかった。ただ、それだけだった。
ですから…あの方が居なくなられた時は、本当に、本当に悲しかった…!
私は、どうして良いか分からず、今に至るまでの時間、あの方をお捜して
おりました。
…まさか、こんな事になるだなんて…!>
悲しそうに俯くルーちゃんを、私は そっと抱き締める。
その体は、出会った時よりも遥かに軽くなっていた。
どんな想いで今までいたのか、私には想像もつかない。
でも、本当に長い長い年月、心を痛めていたんだと思う。
「…ルーちゃんは、どうしたい?」
見上げるルーちゃんの潤んだ瞳は、本物のガーネットみたいにきらきら綺麗に
光る。
<ご主人。恥を忍んでお願い致します。
私は あの方をお救いしたい。貴女の、あの方の力を、私にお貸し下さい。>
「…ラウちゃん。」
「……。 はー、仕方ないなぁ。…君はこっちに来てから、無茶ばっかりだ。」
「うん、ごめんなさい。」
*****
森の木々を薙ぎ倒し、進んでくるそれは 酷い悪臭を撒き散らし、あらゆる
色彩を飲み込んで来たのであろう、暗く陰鬱な黒色をしていました。
私は赤い鱗に覆われた、『龍』 とご主人の世界で呼ばれている生き物に 姿を
変えて頂き、あの方を浸食し続けた 憎き敵を迎え撃ちます。
「ねぇねぇ。梨月ちゃん、分かってると思うけど…、」
不安げにご主人を見る、ラウリ様。
ご主人はそれを遮るように返答します。
「分かってる。
心配しなくても、これ以上は 何もしないし、したくても出来ないよ。
夢の中の戦いで、私すっごい消耗したみたいだし…わずかに
残っていたものは、ルーちゃんに全部託したから 今すっからかんなの。
回復するまでは、葉っぱ一枚だって 動かせもしない。情けないなぁ…。
… …うーん。と、いうかさ、気になってたんだけど、何故におんぶなの…?」
「えっ、お姫様だっこの方が良いの?
でも、それは防御が少し不安だし、ねぇ?やっぱりおんぶじゃないかなって。」
「小首を傾げないで!なんか、あざとい!
…あーもう、いいや。この際、恥ずかしいけど我慢する。
私どうせ今、役立たずで足手まといだし。ラウちゃんが近くに居た方が安心だ。
うんうん。」
「心籠ってなーいなー。ちぇ〜。」
気丈な言葉とは裏腹に、ラウリ様の背に負われていても 青白い顔をしている
ご主人が痛ましい。
一刻も早く、敵をなんとかしなくては。
…正直に言いますと、まさか この期に及んで あの方以外の主に仕えるなど、考えもしていませんでした。
最初こそ、あの方に似た気配を持っていたという安直な理由だったのです。
結果的に あの方が、ご主人の中に居られたのですから あながち間違っては
いなかったのですが…。
このご主人は その事を抜きにしても、とても興味深い方だと感じました。
出会ったばかりの私をひたむきに信じ、側に置いて下さった。
たくさんの楽しいお話をしました。たくさんの色々な物を見ました。
ご主人を背に乗せて、共に泳いだあの空の美しい青を 私は、決して忘れません。
ご主人。
貴女と過ごせた、僅かな日々は、私にとっての瞬き程の時間は。
あの方と過ごした時間と同じくらい、とても とても幸福でした。
…これ以上は、居るべきではない。 そう、わかっているのに。
この割り切れない気持ちは、やはり ”未練” というものなのでしょうか?
いいえ、いいえ。きっと気のせいです。
元より、この命はあの方に頂いたもの。
あの方の為に、最後まで役立てるならば 本望です。
私のちっぽけな生にも、少しは意味があったと誇れましょう。
…ねえ、そうですよね。サクヤさま。
*****
真っ黒な巨体を引き摺るように、おぞましい形をした物が、ついに私たちの
目の前に現れた。
コールタールを思わせる色や臭い。息苦しくて、吐き気がひどい。
実体がない自分にも分かるレベルだ。実体のある彼を連れて来なくて良かった。
オルヴォくんには、本当に迷惑をかけてしまったわね。
こんな実体もない不確かな私を、信じてくれた優しい男の子。
…将来、変な人に騙されないように気をつけて欲しいわね。
優しさに甘え続けた私が言うのも、何だかすごくおこがましいけれど。
「さぁ、亡者は亡者の国へ帰りましょう。」
私は傍らに立つ、ひどく疲れた様子の兄へと微笑む。
『あぁ。300年ぶりに張り切ったからか、死ぬほど疲れたよ。』
「ふふふ!嫌ねぇ。もう私達死んでるわよ。」
そう答えれば、生前のあの頃のように 彼は笑っていた。
『ははっ、…確かにそうだった。』
波瀾万丈の人生だったけれど、今は何一つ後悔はしていないわ。
ひ孫の顔を見れないのだけは本当に残念だけど、仕方ない。
指揮をしている各隊の隊長達が忙しなく指示を飛ばす声に混じり、一際大きな
怒声が当たりに響き渡る。
「迅速に、ありったけの魔力を練り込め!
全精神力を結界の作成と維持に回せ!! 奴を絶対に外に出すな!!」
地響きのような鬨の声と共に、旧大神殿があった湖を中心に 幾重にも
折り重なった厳重な結界が次々と発生していく。
…数十秒と経たないうちに、辺りには魔力の霧が立ち込め 鏡面に似た壁に
囲われた痛いほどの静寂に包まれた空間が出来上がった。
醜悪な黒い巨体は湖の真中で、ただ呆然と立ちすくむ。
そして、鬱陶しそうに空を睨みつけていた。その見えぬはずの濁った眼には、
一体何が映っていたのだろうか。
『『亡者の思念は、亡者の元へ還れ!』』
「『共に戦場を駆けたみんな!私達に今一度、力を貸して!』」
私とネストリの声に呼応し、湖は金色に光り輝き始め 辺りを目映く照らし
出した。
光は、黄金の数多の茨に姿を変え、黒い巨体が見えないほどに覆い尽くす。
<… … … …ッ!>
深紅の龍が放つ業火が、身動きを止めた巨体と周りに散っていた魔獣達を
焼き焦がし、跡形も残さず灰に帰させる。
黒い身体はもうじき崩れ落ちる。
きっと永い眠りに落ちる事が出来るでしょう。
トドメはやっぱり私達の仕事よね?
「…おばあちゃんっ!師匠ぉっ!」
水色頭のお坊ちゃんの背中に背負われた、泣き虫でお転婆で 頑張り屋さんの
可愛い私の孫娘。
泣かないで。大丈夫だから。
「梨月、幸せにおなりなさい! そして、恐れずに 人を愛しなさい!
あなたがたくさん笑ってくれることが、おばあちゃんの幸せだから!」
ーーー ふたつの光の剣が、闇を切り裂く。
怨念はひと欠片も残さず、灰となり空へ溶けて行った。ーーー
世界は 朝焼けでキラキラと美しく輝いて 今日も変わらず、そこに存在して
いる。




