第七話 あだ名は『死んだ目四天王』
軽度ですが、主人公に対する性的な接触描写があります。
なぜか急に闘技場の気温が下がったせいで、ちょっと寒い俺です。
熱いのは平気なんだけど、寒いのは苦手。今シースルーの防寒ゼロなアホ衣装だし。
俺が下を向いている間に、試合は始まっていたらしい。
ハクラギの相手は、肌に鱗がある竜人だった。
大会のルールとして、武器と防具は持参が認められている。ハクラギは服装こそ昨日と同じ黒シャツに黒いズボン、膝までのブーツという出立ちだったけど、武器は自身が愛用している長めの剣を使っていた。カタナ、という名称の武器だと聞いている。
一方で竜人は、その肉体に絶対の自信を持つ種族故に素手だった。『武器を持つ=弱い』という信条があるらしい。俺は魔術がメインなので武器は使わないけど、肉体派たちの世界というやつなのだろう。
ライリダスは俺を自分の膝の上に無理やり座らせて、さっきから身体中をまさぐっていた。昨日ハクラギが触れてくれた頭も、背中も、全部上書きされていく。
ま、じ、で、最悪。
こいつだけは、絶対殺す。
殺し、尽くす。
コッロース。
俺を観客に見せつけるみたいに、ネチネチと触っている。最初は楽しそうにしてたライリダスだけど、俺が無表情のままなのでさすがに「おや?」と思い始めたようだ。
甘ったるい匂いが強くなる。いつのまにか部屋の隅の香炉の数が。
増やすな、増やすな。観客にまで届いたら大惨事になるだろ。
……待てよ、その方がいいか。
——…っ、てスリットの中に手が入ってきた!!ガチでキモい!!
身を捩ると観客の歓声が大きくなって、ライリダスの表情も満足気なものになった。
何なの、この羞恥プレイ。お前ら、ちゃんと試合見ろ!この世で一番かっこいいハクラギが戦ってるのに!ハクラギもすっごいこっち見てるけど!見ないでもらっていい!?お願いします!
ライリダスの舌が俺の美しい首を舐めたーー!うっぎゃーー!!!
「勝者ッ!ハクッ!」
あ!なんか目を閉じた一瞬で竜人が吹っ飛んでた!ハクラギって、『ハク』で登録してたんだね!その単純さ、好き!
観客の視線が闘技場の中心に集中する。
審判の声に辺りが、シン、と静まり返った後。
一転して、大きく沸いた。
おお!皆試合の方を見てる!今だー!
全員の注意がハクラギに向いた隙に、部屋の隅にある「何それ」みたいな木彫りの像の後ろに、聖王の元奥さんこと眷属Dをこっそり召喚する。地につくまで伸ばした黒い髪に、儚げな佇まい。ちなみに髪は元々は薄い緑だったけど、堕ちたらやっぱり黒くなった。目は、どんよりと曇っている。俺も含めて、皆目が死んでる。
彼女の力は、一言で表すと『超強力なバフ』だ。部屋に漂っていた媚薬香が、更にパワーアップして一気に闘技場全体に広がっていく。
こんな馬鹿げた遊びを楽しんでいたような連中だ。同じ目に遭っても、文句を言われる筋合いはない。
ライリダスは、まだ気付いてないみたいだけど。
俺の尻を鷲掴みにして、そのまま持ち上げるように抱き上げたライリダスが、王者の貫禄でハクラギに声をかけた。
「望む褒美を言うが良い」
予想していた台詞だ。一騎討ちを挑むハクラギに、ライリダスが応じればそれで良し。腹は立つけど、こいつの首はハクラギに譲ろう。けどもしこいつが戦いから逃げるようなら。
ハクラギが、ライリダスを真っ直ぐ見上げた。連戦のせいか、額に少し汗が滲んでいる。かっこよ。拭いてあげたい。
本来濃金色の彼の目は戦いの余韻か、まだ深い赤に染まっている。
その目を、綺麗だと思った。
「——…その者を、私に」
…………ん?
んん!?
「あっ!いや!間違った!」
間違うなーーー!!!
な、なんで間違った、今!!
一番間違っちゃ駄目なところだろ!!すっごく、ときめいたけども!!
馬鹿!部下思い!おっちょこちょい!でも好き!
「よかろう!だが先に儂が喰らうてらからだ!……ム!?」
ほらー!オッケー出ちゃったよー!俺としてはこっちの方が都合が良いから、むしろグッジョブなんだけどー!良い感じに媚薬香も広まってるしー!
眷属Dの術で拡散された激強媚薬香は、あっという間にコロシアム全体を包んでいたようだ。しかもおかしな方向で。
性欲と本能は、ほどんど同じ位置にある。命の危険を感じると性欲が増すとか言うしね。元々『欲』が強い魔族がそれを限界まで刺激されるとどうなるかというと。
殺し合い喰らい合うように、なってしまうらしい。
「香を焚きすぎたか。弱い連中はこれだから困る」
香を強化しただけとは言え、眷属Dの効果範囲にあっても正気を保っているライリダスは、なるほど確かに強者なんだろう。
大会そっちのけで殺し合いを始めた観客たちを一瞥したライリダスは、俺の腕を掴むとそのまま引き摺るように歩き出した。
「ここは騒がしい!特別に、我が褥で可愛がってやろう!勝者よ!儂の下がりをくれてやる故、そこでしばし待つがよい!」
「なっ、待て!ライリダス……!」
追ってこようとするハクラギにも、観客たちが襲いかかる。
ごめん。だけどまぁ、大丈夫だろう。と思ってたら、ハクラギの近くにいた観客が内側から弾け飛んだ。
「ヒヒッ!ヒヒヒッ!」
かなりイッた目をしてる魔術師が、杖をぶんぶん振り回してる。あの術、あれか。湖に近づいた連中を処理していた妙な術か。
これは想定外。
本当に、ごめんなさい。
面倒くさそうな奴なんで、倒しておいてくれると嬉しいです。
その間に俺は、ライリダスを始末してしまおう。
ライリダスがコロシアムの廊下を、護衛も付けずに歩いていく。
強者としての、絶対的な自信。
実際ライリダスは、強い。多分、今のハクラギと同じくらい強いだろう。その身には、長きに渡り研磨してきたと言えるだけの覇気が宿っている。
……でも、俺やママ上から見れば。
——最初、ライリダスは自分の身に何が起きたかわかっていないようだった。
引き摺るように連れて歩いていた俺が、足を止めた。
それを反抗と捉えた気の短い奴は、掴んでいた腕を握り潰そうとした。
その瞬間、
奴は自身の腕が、宙に舞ったのを見た。
「だ、誰だ…、貴様ッ…!」
それでも一瞬で意識を切り替え飛びすさり、残った手を構えたのはさすがだと言える。
ライリダスの前には、黒い鎧を着たイケオジ騎士がいた。奴からすれば「一体どこから!?」という心境に違いない。
正解は、足元からだ。そして俺の眷属である『死んだ目四天王』は、あと三人いる。
特別だぞ、ライリダス。
俺が彼らを同時に召喚することなんて、ほとんどないんだからな。
黒い犬の口が、ライリダスのもう片方の腕を容易く食い千切る。
少女人形の手から伸びた糸が、右脚を。聖王の元奥さんが、手にした扇で左脚を切り飛ばす。
胴体だけになったライリダスが、空気を縦に裂くような悲鳴を上げて、逃げようとする。
どこへ逃げるつもりだ?
ハクラギにも触ってもらったことない場所に、勝手に触れておいて。
——……下郎が。
死すら、生ぬるい。
「ヒッ!ヒッ!ヒイッッ!!」
うつ伏せのライリダスが、必死になって這っていく。それをイケオジが剣で床に縫い止める。
この世界には。
神界、聖界、人界、魔界の四つの階層が存在している。
そして、その更に下に、もう一つ。
怖れ故に、神々の力により封じられた世界。
冥王レイヴン。
俺のパパ上が総べる、冥界が存在していた。
血を吐きながら蠢くライリダスの前に、巨大な石門が現れる。
聖王さえも封じた、俺と冥王だけが使える術。
無詠唱化できるようになるまでに、千年かかった。
どこからか鐘の音がする。
それを合図に、ゆっくりと、門が開いていく。
『向こう側』から、門と同じくらい大きな、皮と骨だけの手が伸びてくる。
それに掴まれたライリダスが、命乞いをしながら子どものように泣き始めた。
だが手はライリダスを恐ろしいほど優しく握りしめたまま、静かに下がっていき。
再び、ゆっくりと門が閉まっていく。
また鐘の音がして。
幻のように全てが消えた後には、何も残っていなかった。
スタフネルの王ライリダスは。
聖王と同じ終わりを、迎えた。
——……何回見ても、こっっわ!!
あの腕誰!?ジャンケンしたらノってくれたりする!?今度やってみていいかな!?ていうか、鐘の音ってどこから聞こえてんの!?誰が鳴らしてんの!?そういう係の人!?
謎の演出満載の門が消えた辺りを見上げてから、背後に控えていた『死んだ目四天王』へと振り返る。
イケオジが騎士の礼をして、床から頭しか出てないデカい犬が服従するようにマズルを下げ、少女人形がカーテシーをして、聖王の元奥さんが扇を閉じて頭を下げる。それからそれぞれが魔法陣へと消えていった。
……はー、やれやれ。
終わった。
まずは、このアホ衣装をなんとかしたい。闘技場はまだ阿鼻叫喚の地獄絵図だろうから、このまま王専用の通路を通って外に出て、普通の服を調達してこよう。ライリダスさえいなければ、ハクラギは無双できる。着替えてから行っても大丈夫なはず。
そう考え、クルッと踵を返したら。
唖然とした顔で立つハクラギと、目が合った。
次回終話は5月19日18時更新です。




