第五話 美形設定、使ってこ!
何故ですか陛下…!と。
見覚えのあるイケオジが煌びやかな宮殿で、煌びやかな衣装を着た聖王に向かって叫んでいた。
『何故ですか、陛下!我ら聖霊は人界の守護者ではなかったのですかッ…!?』
イケオジの足元には、大勢の人間が肉塊となって転がっていた。
俺に追い詰められた聖王が、気まぐれに人間たちに与えていた聖力を取り戻すべく無理やり聖界へと召喚し、その力を吸収した結果だった。
『二百年前…、勝てるはずもない聖女を魔界へと送り込み、嬲り者にさせたのも貴方だと聞いた…!何故なのです!?』
ああ、それ聞いたのか。と俺は二人の様子を眺めながら思っていた。聖王の奥さんが伝えたのかな。彼女は今、ようやく得た自由に涙しながら『滅びさえ見届ければ、悔いもなき。終わりにしてたもれ』と自室で死を待っている。俺の問いに頷いてさえくれたら助けることはできるけど、それは彼女の意思一つだ。
彼女からは、聖騎士団長、あのイケオジは助けてやってほしいと頼まれていた。ただ純粋に、人界を護り抜いてきた男だからと。
イケオジの血を吐くような問いかけに、聖王は面倒くさそうな顔をしただけだった。俺との戦いの肉壁になりそうにないイケオジは、もう必要ないと判断したのだろう。役立たずめ、と呟き指を振る。
イケオジの身体が袈裟斬りの形に斜めに割れた。
腹から零れた臓物が、人間たちの肉と混ざり合う。強い死臭。イケオジは悪くない。ただ、何もわからないまま聖王に召喚され聖力を奪われ死んでいく勇者や聖女を、泣きながら護ろうとしただけだ。
そしてそうせざるを得ないまでに聖王を追い詰めたのは、つい先日までイケオジの散歩友達をしていた俺で。
イケオジを真っ二つにした聖王は、自身の盾となる聖獣と身代わり人形を呼び戻すべく、そのまま虚空へと消えていった。
辺りに、血のにおいが満ちる。
『へ、…いか…』
イケオジは、まだかろうじて生きていた。ほどんどの聖力を取り戻したアレの一撃を受けて即死じゃなかったのは、それだけ彼が強者だからだろう。
イケオジの瞳から、赤い涙が溢れ出る。
『おのれ…、ッ、おのれ聖王ッ…!』
彼の魂が黒く染まっていくのを、見ていた。
堕ちていく。
光の聖騎士が、闇の黒騎士へと。
足元を血で汚しながら彼の元へと近づいた。
俺はママ上の術によって喋れない。
だけど、魂の盟約であるなら。
音は、必要としない。
【汝、聖騎士……デーヴァレインよ】
血で目を赤く染めたイケオジが、呆然とした顔で俺を見る。
【我が眷属となり、この地を灼熱に沈める魔となるか?】
イケオジの口から、噛み締めた歯が砕ける音がする。
この日。
聖界で最も輝ける騎士であると人界から慕われていた、聖騎士デーヴァレインは。
その身を、魔へと堕とした。
……割と直近の夢を見たな。
ていうかハクラギが良い匂いすぎて、五分くらいで速攻寝ちゃってた。なんなら、またすぐ寝れそう。
だって、ハクラギが俺を抱き枕みたいにして寝てるんだもん!!
俺の頬は、ハクラギの厚い胸板に寄せられている。がっしりとして、高めな体温のパーフェクトボディ。背中に回された腕は、時々俺の背中を撫でるように動いていて。ちょっとゾクっとする。
寝顔は国宝として祀られるべき美麗さとあどけなさが同居していて、眺めているだけで何百年でも時間を潰せそうだ。
時よ止まれーー!!お願いだから朝来ないでーー!!
穴だらけのバラック小屋の隙間から、空を見上げる。濃い金色の月が、丸く浮かんでいるのが見えた。
「…、…っ」
ふと感じた息遣いに顔を上げる。
ハクラギの寝息が少し乱れ、眉根が苦しそうに寄っていた。
悪い夢でも見ているのかもしれない。
かわいそうに。
年寄りの胸を貸してあげよう。
よしよしと頭を撫でてから、そっと腕から抜け出し、逆に彼の頭を胸に抱えるようにして寝直す。
リズムをつけて優しく叩くと、しばらくしてハクラギの呼吸は元の静かなものに戻った。
まだたった二百歳なんだ。たくさん甘やかしてあげないと。
トン、トンと背中を叩いていると、再び回された腕に、ギュッと力が入った。
大丈夫。
大丈夫だよ、ハクラギ。
君を地下牢に閉じ込めて拷問していた連中は、もういない。
どこも痛くない。
どこも苦しくない。
だから、ゆっくりお休み。
目が覚めるとすぐ傍に、微笑むバチくそイケメンの顔があった。
朝から死ぬ。
「良い夢を見ることができた。お前のおかげだろうか」
なんて言って、俺の頬を撫でると寝床からしなやかに起き上がる。彼の長い髪がサラリと肩から背中に流れる。黒髪でもかっこよ!そういえば今は、俺とお揃いの色!嬉しっ!
魔界には太陽なんて登らないけど、それでもちょっとは明るくなるから、朝だとわかる。今日も薄赤い雲に覆われた空。
神、聖、人、魔。
四界の中で一番下に作られた、魔族の世界。
俺が顔を洗って寝床を片付けている間に、ハクラギが朝食を買ってきてくれた。新鮮なマンドラゴラがサラダの皿から逃げようとするのを捕まえる。……やっぱ逃すか。生きてるマンドラゴラとか、口の中で暴れてモゴモゴするし。
解放してやると、マンドラゴラは礼を言うように手を振って、叫びながら颯爽と走っていった。意外に尻がプリッとしている後ろ姿に向かって、俺も振り返す。人間はあれの悲鳴を聞くと狂い死にするらしいけど、魔族からすればただのうるさい野菜だしね。特に害はない。
俺とマンドラゴラのやり取りを見たハクラギは、楽しそうに笑っていた。
コロシアムは、王城から近い場所に建設されていた。外観は巨大な円柱形をしていて、広い闘技場をすり鉢状になった観客席が囲んでいる。かなりの人数が収容できるけど、チケットは人気過ぎて完売続きらしい。
今日は闘技大会の日とあって、周辺は参加者や観戦者、それを目当てにテントを張って一儲けしようする者たちでごった返していた。
「つまり、観戦できないということか……」
参加手続きを終えたハクラギが、俺の分の観戦チケットを買おうとして断られていた。それはそうだろうなぁという気がする。闘争大好きの獣人が多く住む国で開催される、月に一度の闘技大会だ。チケットなんてかなり先の分まで完売していることだろう。
残念がるハクラギだが、…大丈夫、俺には秘策があった。
今日の俺はフードを目深にかぶっていた。そのまま歩いているとイキリ兵たちに尻を揉まれそうになるからだ。
それを、バサリと外す。
周囲の目が一気に俺に向いた。
美しすぎて、申し訳ない。
目と表情筋は死んでるけど。
少し離れた場所にいたモブ兵が同僚らしき隣のモブに耳打ちして、どこかに走っていく。しばらく待っていると、数人の兵たちが「王のお召しだ」とやってきた。
はい、釣れた。
「お召し、だと?」
あまり穏やかじゃない雰囲気を滲ませるハクラギの腕に、そっと触れない程度に手を重ねるようにして首を横に振る。それを見て、どうやらこれがコロシアムの中に入るための策であると理解してくれたようだ。
魔族は強くて美しい者に惹かれるが、その中でも特に強欲な権力者たちは美しい者を嬲ることに執心する傾向にある。魔帝ノクルドが二百年前に聖女に子を産ませたのも、同じ理由だ。まだ堕ちる前で喋れていた頃の眷属Dに聞いた話によると、とても美しい人間だったらしい。
権力者たちは、力を持つが故に自身の欲を隠さない。つまり俺ほどの美青年に食いつかないはずがないのである。
……普通に嫌なんだけどねー。
やらしいことしながら試合を観戦するような王に侍るのは。
でもハクラギのためなら、俺はやる!
心配気な視線を背に、俺は『お召し』という形で本日の美青年枠として連行されていった。




