第四話 幸せすぎて死んじゃう
し、し、新婚だ。
これはもう、新婚生活だよ…!
一つ屋根、…ボロすぎて割れて二つになってるな…、二つ屋根の下でハクラギと二人っきり!
しかも「腹は空いてないか?」って市場に誘ってくれたりなんかして。
ただいまデートの真っ最中です!!
単なる上司と部下の食事?ちーがーいーまーすー。デートなんですぅー。この間「飯に行こう」って誘ってくれたの覚えてて、わざわざ連れ出してくれたわけですよ。俺の推しが尊すぎでやばい。
ちなみに俺の隣を歩くハクラギは、黒い髪をしています。スリが擬態系の術を持っていたらしくて、明日の日没までの設定でかけてくれた。それとスリが用意した偽造の証明書を使って、ハクラギはスタフネルに入国できたらしい。
スリ、有能だった。彼の魂は少女人形が食べてしまったので厳密には今のスリはスリじゃないんだけど、それでも彼は生存決定だ。功労には報いて然るべきである。
スリの身元?は、オブシディオンが送り込んでいた間者ということになっている。彼には今後もこの国で活躍してもらうべく、「では、あっしはこれで(キリッ)」と良い感じに立ち去ってもらった。そのまま置いておくと、俺に対してだけバキバキの忠誠心を持つ謎キャラになってしまうからね。
「あちらに揚げ菓子があるぞ。珍しいな。一つ食べるか?」
トン、とハクラギの腕が俺の腕に触れる。上着脱いどきゃよかった…!そしたら彼の生腕を感じられたのに…!
ちなみにハクラギが言う揚げ菓子とは、魔界産の小麦を水で練って油で揚げたものにマンドラゴラの蜜をかけたものだ。甘味が少ない魔界では権力者たちがそれらを独り占めしてしまうので、下々まではなかなか届かない。そこで代用品として用意されたのが、マンドラゴラを絞った汁を煮詰めて作った蜜。魔蜂の蜜を十倍くらいに薄めた感じのうっすい味らしいけど、甘味自体が貴重な庶民には人気がある。
俺はハクラギがくれるものなら何でもいいので、頷いた。屋台の鼠のような見た目の獣人が、丸い輪っかになった揚げ菓子を二つ渡してくれる。サクリ、とハクラギがそれを一口食べて「美味いぞ」と笑う。し、幸せだ…。千年以上生きてきた甲斐があった……。
俺も一口齧った。うん、よくわからない。食べ物だっていうのだけ、わかる。でもハクラギがくれたものだから、美味しい。
美味いか?と聞かれて頷くと、彼の指が俺の口元に伸びてきた。
「……ついてる」
親指で唇を拭われる。
——結婚してッ!!!!
あまりにも幸せでニヤニヤしてしまう。見た目的にはピクリともしてなかったとしても、こういうのは心の問題だ。
優しいなぁ、ハクラギは。やっぱり聖女の血を引いているからかな。
聖王と戦っている間、色んな情報を手に入れてたんだけど。その中の一つが、聖界に住む者は任意で人界の者を勇者や聖女にできる、というものだった。誰がその力を行使するかで強さが変わるから、人間にとっては結構なギャンブルだ。多分それも含めて聖界の奴らは楽しんでいたんだと思う。
二百年くらい前に。
聖王は、人間の少女に力を与えた。
それは人界の者たちにとっては強力な力で、彼女はたちまちに聖女として祭り上げられ、聖王の聖託通りに魔界へと送り込まれた。魔皇エルヴァイラを滅ぼすために。
だけど彼女はエルヴァイラ、つまり俺のママ上と戦うよりも先に、魔帝ノクルドに捕まってしまった。偵察に忍び込んだ聖王の宮殿で、聖霊Fあたりが笑いながら話していたのを聞いた。
人界の者たちは、自分たちよりも上の世界に住む聖界や、その更に上の神界の者たちのことを盲目的に信仰している節があるけど。一度立ち止まってちゃんと考えた方がいいのに、と思う。
……あれら、は。
ひどく残酷で、傲慢で。
醜悪な生き物だ。
自分たちよりも下の世界に住んでいる生き物を、玩具としてしか見ていない。
聖界を灼熱地獄に変えてやって、心底ざまぁである。
俺が聖界から堕としてきた眷属A〜Dも、その点だけはきっと俺を褒めてくれるに違いない。
特に聖王の奥さんだった眷属Dは、心底聖王を憎んでいたから。
食事を終えて住処に戻る。スリが掃除してくれたので、床には塵一つ落ちてない。それでも汚いけど。
ハクラギは喋れない俺に、あれが美味かった、これが美味かった、と楽しそうに話しかけてくれる。雰囲気的には、近所の子どもを祭りに連れて行った気のいいお兄ちゃんだ。実際そんな感覚なんだろう。
魔族は見た目から年齢を計ることはできないけど、人間基準で言えばハクラギは俺よりも五つくらいは年上に見える。ハブられている新入りの俺を気にかけてくれるのは、優しい彼としては当然の親切なのだ。好き。
「さて、明日に備えて眠るとしよう」
入国時に着ていたマントを寝床の板に敷いたハクラギが、トントンとそれを叩いて俺を見る。
——明日。
ハクラギは、俺が出る予定だった闘技大会に出場する。危ないからやめてほしくて身振り手振りで訴えてはみたけど、無駄だった。驚くことにママ上、魔皇エルヴァイラの許可ももらっているとのことだった。
そりゃあ、ハクラギは強い。たった百五十年でオブシディオン魔皇国軍の最高指揮官になるくらいだ。だけど、願い事を叶えるという餌に釣られて集まった強者の群れの中を勝ち進み、更にスタフネルの王に挑んで勝つ、という連戦の極みはさすがに厳しいんじゃないだろうか。
この世で一番最高なハクラギの顔に傷でもついたら、俺はスタフネルも灼熱地獄に変えてしまうかもしれない。
しかしハクラギ自身はそんな俺の心配なんて、どこ吹く風だ。「観戦席で見ていてくれ」と頭をポンポンしてくれる。
ママ上としては、俺が出場しようがハクラギが出場しようが、どっちでもいいんだろう。スタフネルさえ手に入れば、それで。
うーん。
うーん。
……ピコーン!と閃いた。
あんまり閃きたくなかった案だけど、ハクラギのためなら全然ウェルカムだ。明日は俺なりに頑張ろう。
よし、と気合を入れていると、俺を見ていたハクラギがもう一度寝床をトントンと叩いた。
「おいで」
…………えっ。
「おっ、目が丸くなったのは初めて見たな」
ははは、と快活にハクラギが笑う。
いや、待って。
おいで?
どこに?
……えっ?
「寝台は一つしかないからな。床もかなり汚れてるし。身を寄せ合えば落ちることもないだろう」
……やっぱ新婚じゃん、これ。
おめでとう、俺。
ありがとう、俺。
そ、そんな!俺なんて…!みたいな清楚系ムーブは絶対しない。
いそいそと彼の元に行く。俺を見つめる眼差しが『熱を帯びた』とかじゃなくて『子どもの面倒を見る大人』みたいな感じだったとしても、全っ然気にしない。
お邪魔します、と頭を下げて先に横になっていたハクラギの隣に身を寄せる。
「落ちないようにな」
ふわりと、彼の温かな手が背中に回った。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
ママ上、俺を産んでくれてありがとう。
顔は知らないパパ上、ママ上と恋に落ちてくれてありがとう。あのママ上と恋愛できるなんて、肝が据わってるよ。
よーし!今日は絶対に寝ないぞ!
一晩中、ハクラギの匂いを嗅ぎまくってやるんだ!!




