第三話 隠密行動に向いている俺
無事スタフネルに潜り込んだ俺です。
一人です。
……あのさ。こういう展開って、隣にハクラギがいて「ついてきてくれた…!」てならない?ならないの?あぁ、そう。
二人で共に敵国に潜り込んでさぁ、追手が迫ってきて「仕方ない…!」とか言って薄汚い路地裏で恋人同士を装ってキスをして、追っ手が「なんだ、盛ってる奴らか」て気付かず素通りしていく、までが様式美じゃないの?
本気で凹んでるんだけど。こんなに凹んだのは、七百六十年前に喉が渇きすぎて虹色に光る川の水を飲んだら聖水だって気付いて死にかけた時以来だよ。あれ、人界の人間が飲んだら賢者とかになれるやつだったな。
そんな思い出はさておき、スタフネル。
渇き切った大地の表層に湖が見えて、感動する。
この土地は、あれがあるから昔から争いが絶えない。ママ上が今まで手を出さなかったのも、ある程度まで敵を減らしてからでないと面倒が多いと思ったからだろう。
スタフネルは、争いの種である湖を囲うように作られた、要塞国家だった。
魔界では、水はとても貴重なもの。氷結術で作った氷を火炎術で溶かしても水にはならない。相殺されて消えるだけなのである。
だからみんな、必死になって水を求める。
ここには、雨なんて降らないから。
スタフネルは、周辺を高い壁に覆われている。
中に入るには厳しい検問があって、通行証のような物が必要となる。ちょっと顔を隠した程度では駄目なのだ。ハクラギが俺に付いてきてくれない理由の一つでもある。いや、理由とか聞いてないけど。普通に仕事があるからなんだろうけど…!
ちなみに街を囲う壁は、乗り越えて入ってくる者がいないように、等間隔に兵が立ち常に見張りをしている。
では俺は、どうやって入ったのか。
首に刻まれた失音の術痕を見せて、紙に「一族の仇である魔皇エルヴァイラに一矢報いようとしたが返り討ちにあった。この術を施され、処刑寸前で逃げてきた」と書いた。術痕を調べたら魔皇エルヴァイラのものであることは、すぐにわかる。そしてそれが、重い罪人に使われる術であることも。
スタフネルは獣人が治めているだけあって、普通の魔族よりも更に実力主義で好戦的な者が多い。俺は「あの魔皇に挑むなんて、ガッツがあるな。匿ってやるよ」なノリであっさり中に入ることができた。
警備の穴を通って入った本人が言うのも何だけど、こんなにザルで大丈夫?
俺のせいで全面戦争になったら気の毒なので、できるだけ速やかに国だけ明け渡してもらえるように頑張ろう。
余談だけど。特に対策してなかったのか、ツルッチョとヒョロリは怪しまれて、ここで脱落したようだった。なんで来たんだ、ヒョロリ。ツルッチョと共に安らかに眠れ。
街に入ると、それなりに活気があった。市場があって、露店が軒を並べている。偉そうに振る舞っているのは、スタフネルの兵たちだ。オブシディオンもそうだけど、下っ端の兵卒ほどあんな感じになる。俺もさっき下卑た顔で尻を揉まれそうになったので避けたら、「そんなに?」ってくらい激怒されて追いかけられた。今は、犬の腹の中にいる。俺が美しいのが、悪い。
それにしても俺を見て嫌な顔をする者がいないというのは、素晴らしいことだ。ひょっとして、ここに住むべきなのでは?
俺がこっちについたら、ママ上とガチンコか。ひゃ〜、怖、怖。自分で自分のギロチン紐切るようなもんでしょ。それにママ上に恩があるハクラギが魔皇国を裏切るわけないから、彼とも戦う羽目になる。そんなことになるくらいなら、そこの湖に沈んで「あなたが落としたのは金の斧?銀の斧?」をやる係になった方がマシだ。
フラフラと歩きながら街を見て回る。魔界の通貨は大きな国同士では一応統一されているから、この間貰った報奨金の小銭も使える。ただ、物価はオブシディオンよりも高い。ざっと見た感じ、俺の全財産はそこの露天に並んでる胡桃一個分くらいだ。
と思っていたら、小銭入りの布袋をスられた。俺の警備もザルだった。
けどちょうど良かったので、慌てずスリを追う。なんか爬虫類っぽい見た目の魔族だ。
入り組んだ路地を抜け、小さな袋小路へ。そこが住処なのかな。
ヘッヘッヘ、って言いながら袋から小銭を出して、がっかりした顔をしている。それ、一応フレスベルクの群れを討伐した報奨金だからね。九割九分中抜きされてたとしても。
声が出たら上手いこと言いながら登場できたんだけど、あいにく話せないのでそのままスリの前まで歩いていく。俺に気付いたスリは、一瞬驚いた顔をしてから「さっきの随分お綺麗なあんちゃんか。……金が無くなって体でも売りに来たのか?」と、いやらしい顔をして嗤った。
同情の余地がなくて、すごく助かる。
右手を少し上げて、人差し指をクルリと回す。黒い魔法陣から、同じ色の煙が出てくる。
スリの前に、小さな子どもサイズの少女人形が浮かんでいた。黒髪巻毛のロングヘアが美しい眷属Cだ。もちろんどんよりと濁った目をしている。髪も本当は金髪だったのに、堕ちたら黒くなってしまった。
人形が大きく口を開け、黒い煙を吐き出す。それに包み込まれたスリが、白目を剥いて後ろにひっくり返る。
その後、『糸で操られているかのように』起き上がった。
これで、スリは身体だけじゃなく魂も少女人形の物となった。その記憶も何もかも。
俺は手を伸ばして柔らかな黒髪を後ろから撫でてやった。
グルッと首だけこちらに向けた少女人形が、濁った目で俺を見てくる。嫌がってはいないと思いたい。
起き上がったスリは、さっきまでの「ヘッヘッヘ」みたいな様子と違い、キリッとした顔で片膝を付いて命令を待っていた。彼は今回の任務のお手伝いさんだ。急に人が変わられたら怪しまれるので、少女人形に心の中で「今まで通りの、ヘッヘッヘなスリで固定しといて」と指示を出す。人形はもう一度煙を吐き出してスリを包むと、首を一回転させて消えていった。
立ち上がったスリがキリッとした顔で言う。
「ヘッヘッヘ、ご命令を」
……そうじゃないんだよなぁ。
変な固定をされたスリの話によると、スタフネルの王ライリダスは、暴力と酒池肉林大好きっ子とのことだった。月に一度コロシアムで闘技大会を開催し、ちょっとエッチなことをしながらそれを鑑賞しているのだとか。実に魔族的だ。
ちなみに都合がいいのかどうなのか、エッチなことをする相手は美青年とのことだった。
……絶対に嫌だ。
こんなん、アレでしょ。布地面積少ない服着せられてガハガハ笑う権力者の膝の上に座らされて変なとこ触られるやつでしょ。
誰が選ぶか、そんなルート。
俺の玉の肌に触れていいのは、ハクラギだけなんだからね!
ハクラギに会う前なら気にしなかっただろうけど、今は駄目。
俺はベッドの中で彼に「初めてだから優しくして」って言うのが夢なんだ。こんなところでエロ獣人を相手にする気は更々ない。
となると、コロシアムでの参加一択だ。優勝すると一つだけ願いを叶えてもらえるそうなので、一騎討ちを挑むとしよう。獣人の性質上、正当な理由で挑まれた勝負から逃げることは許されない。大変だね。俺だったらどんな場所で挑まれようと、面倒だったら断るのに。
怪しまれないように、参加の事前申請なんかも全てスリにやってもらう。エントリーさえできれば、後は当日に参加者本人が登録して完了。残念ながら前回の大会は終わったばかりらしく、次の開催は一ヶ月後とのこと。
……結構あるな。
時間的に伝言くらいはできそうだ、とスリにハクラギ宛の手紙を託した。
今後の予定について、書いてある。ママ上に「遅い」と思われないためだ。俺が遅いんじゃなくて日程のせいだと、責任転嫁するためでもある。
手紙は十回くらい書き直したら、なんだがすごく堅い文面になってしまった。伝わればいいか、とスリを送り出す。元気でな。多分片道便だ。
スリの住処を間借りして、のんびり過ごす。大会まで、特にやることはない。街に出て色々見てみたけど、すぐに興味がなくなってしまった。
唯一気になったのは、湖だったけど。あいにく、一般魔族は近付けないようになっていた。無理に突破しようとすると、結構グロいことになる。俺がいる間だけでも、どこかの国の間者らしき魔族が何人か割れた風船みたいな最期を迎えていた。妙な術の使い手がいるらしい。気をつけよう。
なおスリは、予想通り戻って来なかった。今頃はきっと、飢えた魔獣の餌になっている。お前も安らかに眠れ。
することがなさすぎて、残りの日はスリの住処で座ってじっとしていた。
住処とは行っても、崩れかけたバラック小屋だ。いくらか食料もあったので、それで栄養を補給する。どうせ家主はもういない。好きに使っていいだろう。
……じっとしているのは、好きじゃない。千年間のあれこれを思い出すから。
千年も聖界にいたら、知り合いだってできる。俺を匿ってくれたり、優しくしてくれたり。
そんな彼らを、俺は最後に裏切った。
騙して、裏切って。
——眷属に、堕とした。
「……おえっ」
濁ってなかった彼らの瞳を思う時、必ずこうして口からゲロが出る。
さっき食べた干し肉のようなものが、未消化のまま床に落ちる。
もう眠ってしまおう。起きてるからゲロが出るんだ。
スリが寝床にしてただろう板の上に横になる。
あぁ、ハクラギの顔が見たいなぁ。
……見れた。
え?なんで?どゆこと?
闘技大会の前日、なんとスリが一人の美丈夫を連れて住処まで戻ってきた。
…すごいね!行きは魔獣に襲われないように防御術をかけてたけど、帰りには消えてるから絶対途中で脱落してると思ってたのに。
オブシディオン皇国軍最高指揮官殿が護衛をしてくれたようだ。
……なんで?
「手紙を受け取った。……お前に全て背負わせるような真似はさせないから、安心しなさい」
え、笑顔が優しすぎて、死ぬ……。
俺はとりあえず、乾いたゲロがこびりつく床からできるだけ遠い位置にハクラギを移動させた。ごめんね、ゲロ三つくらいある。スリに掃除してもらおう。心の中で指示をすると、スリは汚れた布巾片手に掃除を始めた。ありがとう、スリ。出会いが最悪だったから、使い捨てにしようとして本当にごめんなさい。
ハクラギにお茶とか出したいけど、何もないから魔術で水を沸かせてお湯を出す。水だけは豊富にあるんだ、この国。カップは洗浄の術を使ってピカピカにしてあるから汚くない。
はっ!これはもしかしなくても、俺からハクラギへの最初の手料理なのでは?料理第一号『お湯』。今日は記念日だ。
ちょっと傾いている椅子に腰掛けるハクラギにカップを手渡して、俺も近くに座る。ハクラギは嬉しそうな顔をして、何も疑わずにそれを飲んでくれた。「美味いな。身体が温まる」なんて笑顔を添えて。
好ーーきーー!
スタフネルに来たハクラギは、いつもの最高指揮官の騎士服じゃなくて、もっと庶民的な服を着ていた。具体的に言うと、黒い長袖のシャツに黒いズボン、皮のブーツ。それだけ。シャツの袖は肘くらいまでまくりあげられていて、腕の血管が浮いているのが見えた。目に焼き付けておこう。胸の部分は、かろうじてボタンが止まってる、って感じで筋肉に引っ張られてるし、肩から背中にかけての筋肉の張りがすごい。がんばれ俺の脳みそ。全部記憶するんだ!
「闘技大会に出場し、優勝した褒美としてスタフネルの王と一騎討ち。失敗しても、『オブシディオンから逃げ出した罪人がここでも暴れた』だけだから、怪しまれることはない。作戦としては、間違ってはいないんだろう。……だけどな」
ハクラギの手が俺の頭に乗り、そのままスルリと髪を撫でられる。
「……そんなの、お前がつらいじゃないか」
好うぅぅきぃぃぃぃ!!!
たとえこの頭撫で撫でに『子どもに対する親心』みたいなものしか感じなかったとしても!俺は気にしない!昨日髪洗っといてよかった!せっかくハクラギが撫でてくれたのにベタっとしてたら、後悔で肉体がポップコーンみたいに弾け飛ぶところだった。
全てを背負わせ、なんてハクラギは言うけど、特にすごい覚悟の手紙を送ったわけじゃない。書き直しすぎて最終的に箇条書きになっちゃったけど、大体以下のような感じだ。
コロシアムの闘技大会に参加して優勝します。
好きな褒美が貰えるそうなので、スタフネルの王ライリダスに一騎討ちを申し込みます。
スタフネルは実力主義なので、勝ったらオブシディオンへの無血開城を要求します。
負けても逃げてきた罪人としてスタフネルに入国してるので、気にせず全面戦争に入ってください。
特に変な事は書いてない、はず。
そもそも負ける気ないし。負けないと分かってるから、ママ上は俺を指名したんだし。
獅子の獣人、ライリダス。
確かに強いんだろうけど。
それでも、俺の敵じゃない。
次回は5月17日18時の更新です。




