第二話 友情とか育めない感じですか。
声無しルーキーにも、一つだけメリットがある。
それは、兵舎の部屋を一人で使えるということだ。イェーイ。
小さな部屋にぎゅうぎゅうに押し込まれた2段×4、合計八台の木製ベッド。普通ならプライベートなんて存在しない大所帯な空間。でも俺は、悠々とそれを一人で使っている。
声無しルーキーとの同室を、皆が嫌がった結果だ。
俺といると魔皇に対する心象が悪くなる、とでも考えてるんだろう。
そんなことないのになぁ。
あの人は、そこまで俺を見てなんかいないよ。ひょっとすると、兵卒にしたこととかも忘れてるんじゃない?
別にいいけど。
魔界の木を削り出して作られたベッドは所々怨念みたいな顔が浮き出ててキモい上にとても硬いけど、まともに眠ることすらなかった俺としてはありがたい代物だった。意味もなく、日替わりで寝る場所を変えてみたりしてる。
食事ができて、体を休めるために目を閉じる時間がある。
それで充分。
俺はこの平和を、のんびり味わいたいんだ。
さて。
一本角の魔族とグッバイしてから数日が経って。
俺の手元には、わずかばかりの報奨金が届いていた。
中抜きされてる感が、ものすごい。いくらかでも俺に残されたのは『渡した』という事実が必要だっただけだろう。
使い道もないので片付けておこうかなと考えて、ふと思い出す。
そういえば、ハクラギから「今度飯にでも行こう」と誘われていた。社交辞令じゃないと信じたい。俺が知るハクラギは、そんな相手をぬか喜びさせる性格じゃないはず。
プルル、と体が震える。
い、行っちゃうか…!?魔族たる者、自分の欲には正直であるべきだ。
未だかつてない丁寧さで小銭を布で包んで、俺は自分の部屋から出た。
……なんてこった。
こんな時に限って、ハクラギが見つからない。
俺は一般兵用に割り当てられた区画を、ウロウロと歩き回った。ハクラギは最高指揮官だけど人望の塊だから、しょっちゅうこの辺りまで来てくれるのに。いないということは、また近々進軍があるのかもしれない。
オブシディオン皇国は、快進撃を続けている。広い魔界も、半分以上がママ上のものになった。
俺は頭の中で地図を広げた。抵抗を続けている国、従属を選択するだろう国。身を潜めている、いくつかの種族。
——次に皇国が仕掛けるとすれば、湖国スタフネルか。あの国は、我欲にまみれた王による独裁だ。自らに不利となれば、死なば諸共と魔界唯一の湖に毒を投げるくらいのことはするだろう。俺が『母上』なら、強い個を送り込んで、まず頭を落とすであろうな。……、おっと。
うっかり口調が昔に戻ってた。
気を取り直して、ハクラギを探そう。
テクテクとひたすら歩く。
けれども残念ながら、結局その日は薄赤い魔界の空の下でも輝く白銀の髪を見つけることはできなかった。
わいわい、ガヤガヤと。
大勢の魔族たちが、立て看板の前に集まっている。口々に「なんだコレ」「誰が志願するんだよ」と、呆れたように口にしている。
そこには「若干名。ザルグへの水運び」と書かれていた。ザルグとは、拡大を続ける魔皇国の隅っこにある小さな集落の名前だ。極々少数の、争いを好まない魔族たちがひっそりと暮らしていて、血の気が多い軍の下っ端連中からは腰抜けだの何だのと馬鹿にされている。なぜそんな者たちが、と思うだろうが、ママ上が居住を認めているので誰も表立って文句は言えない。
ママ上は自身に絶対服従する者に対しては、意外にも寛容だ。だから魔皇国に魔族たちが集まるんだろう。
しかしながら、この立て看板に関しては、実際のザルグのことを指しているわけじゃない。
争いを好まない魔族が住む地への水運び。
水資源が豊富なスタフネルを、争いを好まぬ者が住む場所に持っていく。つまり『誰か行ってスタフネルを無力化してこい』という意味である。ママ上が好きそうな、周りくどい言い方だ。謎かけを解けた者だけが、魔皇から特別な任務を与えられる。
これだけ集まっていれば誰か一人くらいは分かるだろう、と看板に背を向ける。そこで、はた、と気付いた。
スタフネルは水が豊富だから、良質な茶葉が収穫できた気がする。
無傷で落とせばお茶好きのハクラギが喜んでくれるかもしれない。
俺は意気揚々と、看板の下にぶら下がっていた申し込み用紙を一枚抜き取った。
それを見た者たちが「声無しが水運びをするらしいぜ」と囃し立てる。失礼だな。俺は水を運ぶんじゃない。ハクラギに茶を運ぶんだ。そこ、間違えるなよ。
サラッと名前を書いて、投函箱に入れておく。抽選にならなければ、とりあえず大丈夫だろう。
俺の他に応募していたのは、二人だけだった。少なすぎる。どうなってるの、魔皇国軍。脳筋しかいないの?
この場にはもう一人いるけど、そっちは後で説明する。
立て看板が出てから、しばらく後。
募集が締め切られて数日経って、応募した者たちは軍幹部の居住区の、とある一室に集められていた。
豪華ではないけど清潔に整えられた室内は、いかにも『ここでできる男が仕事してます!』という感じがする。本棚には難しそうな背表紙が並び、窓際には書類が積まれたテーブルが一つ。そしてその奥に座る、できる男が一人。
「時間通りだな。悪いが立ったまま聞いてくれ」
応募者を集める側である、ハクラギ・リンフォードが口を開いた。
俺は、部屋の空気を全部吸う勢いで深呼吸をする。
ここは、ハクラギの仕事部屋だ…!
うーわー!初めて来たーー!
床を転がって身体中にハクラギをつけて帰りたいー!この空気って、ハクラギが吸って吐いたやつ!?ちょっと、そこの血の気が多そうなツルツルマッチョ!ハクラギエアーが減るから息止めろ!
「妙な募集だったのは、馬鹿をふるいにかけるためか。上手くやれば、将軍の椅子も夢じゃねぇな」
ツルツルマッチョ、頭脳と血の気のハイブリッドだった。
「水運びじゃなかった……今更勘違いしてたとか言えない」
小声で震えてるのは、俺よりもさらにルーキー扱いされているひょろっとした兵士くん。
ちなみに二人とも、俺を見た時に嫌そうな顔をした。普通こういう時って、『そういうの』を気にしない面子が集まって最終的に友情を育んだりするものなんじゃないの?スタートから、つまづいてる気がする。
ママ上、これ作戦間違ってるよ。
あの人のことだから、失敗したらしたで正面から国ごと消すつもりなんだろうけど。
そんなことされたら、水源が台無しになってハクラギが好きなお茶が育たなくなるかもしれない。ツルツルマッチョとヒョロリには期待せず、頑張ろう…!
ハクラギから聞かされた作戦は、実に単純だった。
各自でスタフネルに忍び込み、現王を殺す。それだけだ。単純すぎて、伝えるハクラギ自身も微妙な顔をしていた。例えるなら、上司の無茶振りに付き合わざるを得ない部下の顔と言うか。
ちなみに現王は普通に強い。忍び込んだ一般兵が勝てるとは、とても思えない。
……ママ上は。
多分、俺が動くのを知っていた。
あの看板は、実質俺に宛てた命令だ。
直接言って!?
ヒョロリが結構気の毒だろ!?
あっ、俺見てまた嫌そうな顔してる!
仲良くしようよ!俺とか聖界で最終的に知り合い作れてたよ?……堕としちゃったけど。
ていうか、ヒョロリは早く事実を話してこの計画から降りた方がいい。スタフネルの国王って、獅子の獣人でしょ。死ぬよ、ヒョロリ。
俺が喋れたら「早く逃げた方がいいと思う」くらいは言ってあげられたんだけど。
諦めよう。ヒョロリの運命はヒョロリのものだ。自分の判断ミスで死地に向かうのを、止める義理はない。
一方でツルツルマッチョはやる気だ。何がツルツルなのかというと、全身がツルツルだった。髪どころか眉毛もまつ毛もない。多分この調子だと下の毛もなさそう。ツルツルマッチョだと長いからツルッチョって呼ぼうかな。
ツルッチョはハクラギの命令を受けてめちゃくちゃやる気になっていた。俺でさえ色々考えて「めんどい……」てなってるのに、出世欲がすごい。応援したくなる。ただ、俺を見るたびに「失せろ声無し」って言いたげな目を向けてくるから、本気で応援したいかと聞かれたら答えは否だった。
いや、ほんとに。
こういう時、どっちかと仲良くなれるのが物語というものでは?どっちからも嫌われてるとか、ウケる。
「出立も自由だ。……この作戦は、必達ではないと聞いている。看板の意味を解いた者への褒美も含めた、陛下の余興の一つだ」
ハクラギの瞳が、少し憂いを帯びる。今日も最高にかっこいい。テーブルの上にある、あの羽ペンになりたい。いや、やっぱり椅子がいいな。ハクラギが座ってる椅子になりたい。誰か変化の術とか開発してよ。
「最高指揮官殿よ。褒美も含めてってことぁ、成功すりゃそれなりの地位が確約されてるんで?」
ツルッチョは、言葉遣いの噛ませ犬感がすごい。俺の経験上この手のタイプは、どんな手段を使ってものしあがろうとする。もしハクラギを蹴落としてでも……なんて考えているのなら、どさくさに紛れてやってしまおう。
「陛下からは『期待せよ』とのお言葉をいただいている」
「ヒュー!そりゃいいな」
ヒュー!って口笛じゃなくて台詞で言うんだ。
ていうか、何でツルッチョはハクラギにタメ口なんだ。あれか、ハクラギより弱いのにハクラギより年上だから、とかそんな感じか?
魔族は長寿だけど闘争で早死にする者が多いからハクラギの二百歳も普通に中堅レベルのはずなのに。
何歳なんだ、ツルッチョ。五千歳とかだったら、……うん、まぁ、タメ口を許そう。
指示があまりに単純すぎてそれ以上話をすることもなく、すぐに解散となった。仮に、綿密な打ち合わせを必要とする作戦だったとして。こんな寄せ集めのメンバーじゃ纏まるものも纏まらないから、これはこれで良かったんだろう。
やる気にあふれたツルッチョと、絶対にやりたくなさそうなヒョロリが退室していく。
退室前に、もう一回深呼吸しておこう。
そう思いハクラギ成分が多そうな本棚の近くへ移動しようとすると、不意にハクラギ本人が椅子から腰を上げた。
「……クロウ」
はい!はーいはい!
ハクラギが俺を呼ぶ時の声、目覚ましにしたい。
この世で一番かっこいい最高指揮官殿が、俺の前まで来る。靴音すらかっこいい。コツコツ、って感じ。俺とかテクテクなのに。
ハクラギは、何かを言い淀んでいるようだった。だけどそれを声にすることはなく、ため息と共に口を開く。
「この作戦には、最初からもう一つ別の指示書がある。お前が一人で任に当たれ、と。こちらは必達だ」
あー、なるほど、と思った。
やっぱりママ上は初めから俺を行かせて、スタフネルを手に入れるつもりだったのか。この集まりは、単にそれを伝える手段。成功したら後で「実はあの看板はスタフネル侵攻の希望者募集だったよー」とでも言うに違いない。
だから、何で直接言わないの!?
言えないか!不自然すぎて目立つもんね、下っ端兵卒の俺に『お前一人で行ってスタフネル落としてこい』なんて!
「スタフネルの王は、獅子の獣人だ。……お前が強いことは、分かっているが」
えっ…、心配してくれる…?
新入りの俺がスタフネルの王の首を取ってこいと言われて、しかもそれが必達だと言われて。
や、優しい……、好き……。
絶対に王だけ始末して、スタフネルを無血開城させよう。あと茶畑農家を保護してもらおう。
あぁ、声が出たらなぁ。
大丈夫だよ、慣れてるって、言えるのに。
俺の手は、君よりもずっと多くの血を吸ってるから。
——かつて。
聖界の王は魔界に対して、長い間浄化の力を送り続けていた。それは魔界でわずかに育つ食料の生育を阻害し、力のない魔族たちの寿命を縮めていた。
強い魔族には、大きな影響があるわけじゃない。だけど、従属した者に対しては優しいママ上を動かすには充分だった。当時興したばかりの魔皇国から離れられないママ上が選んだ策が、俺を聖界に送り込む、だった。
失音の術をかけてから送ったのは、本当に、本当に単に『ママ上と呼んだ罰』なんだろうけど。
それを知ってるから、俺もママ上を恨んだりはしていない。表情筋が死んだせいでハクラギにリアクションができないのはちょっと悲しいけど、俺がもっと強ければ表情筋を犠牲にする前に聖王を倒せたんだから。
——だけど。
こうやってハクラギが俺を心配してくれる度に、聖界にいた時の俺がよしよしされている気になる。
千切れた腕を必死で修復してる時の俺や、踊りキノコの毒でゲロ吐いてる俺が、報われたように気になるんだ。
せめて、笑えたらいいのにな。
そしたら、ハクラギを安心させられたのに。




