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第一話 伝説なのに兵卒でウケる

 魔界には、一つの伝説がある。

 魔皇エルヴァイラの命を受け、聖霊たちが治める聖界へと単身乗り込み千年もの間戦い続け、ついに聖王を討ち聖界を滅ぼしたとされる、畏怖すべき魔族の皇子の伝説だ。

 彼の魔術は、魔界最強と言われる魔皇エルヴァイラに匹敵し、その美貌は魔皇エルヴァイラが唯一愛した者の生き写しと言われ、彼女の寵愛を欲しいままにしている。


 はい、俺ですね。

 余裕で、俺です。

 寵愛の部分だけ、間違ってる俺です。

 戦場から魔皇国オブシディオンに戻って、兵舎で配給のスープをもらっている俺です。

 俺の椀だけ肉が入ってない。悲しい。


 今日の料理担当の兵卒Aが、俺の首元を見てチラッと嫌そうな顔をした。見えないようにはしてあるけど、首に刻まれた失音の術痕は有名だから仕方がない。

 ママ上が皇国民に愛されている証拠だ。

 奇襲してきたオーガ、頑張って一人で全部倒したのにな……と思いながら椀を受け取る。そこに横から大きな肉の塊が入れられた。

「肉は兵一名に付き一つ。陛下の指示のはずだが」

 隣でピリッと空気が張り詰める。

 ……えっ?隣で?

 死んだ目をキラキラさせながら見上げると、そこにはトレイを持った銀髪の美丈夫が眉間に皺を寄せて立っていた。

 鎧を脱いでいる。騎士服の上からでもわかる、分厚い筋肉。肩の厚み、すっご。そんで、かっっっこよ!!!

 こ、この位置から彼を見るのは初めてだ!なんて良い日なんだ、今日は。こんなに良い日だと思ったのは、六百三十年前に空腹のあまり聖界で猛毒だと言われてた踊りキノコを食べて「あ!これ魔族だと、お腹壊すくらいで全然いけるやつ!」と気付いた時以来だ。おかげで聖王を倒すまでの残り四百年弱で、聖界中の踊りキノコを食い尽くした自信がある。俺の体は、踊りキノコでできている。

「さ、最高指揮官殿……!」

「クロウ・クローは今日の戦場でオーガの奇襲を一人で食い止めてくれた。これがその功績に対する礼か?」

「……、し、失礼を、いたしました」

 兵卒Aめちゃくちゃ悔しそう。肉がなかったのはちょっと悲しかったけど、いつものことだから別にどうでもいいのに。俺は肉が盛られた自分の椀を見て、それから隣のハクラギ・リンフォード魔皇国軍最高指揮官にペコリと頭を下げた。

「すまなかったな、クロウ。目が届いていなかった私の責任だ。こちらにおいで。一緒に食べよう」

 

 はわーー!!!

 おいで、って言われたーー!!


 き、聞きまひた!?あ、噛んだ。聞きました!?ベッドで言われてぇー!閨どころか、キスどころか、手を繋ぐどころか、自分から誰かに触ったことさえない俺ですけどーー!


 ルンルン気分で最高指揮官殿についていく。目の前の背中の筋肉が、歩く度に動いて、最高すぎる。誰か録画魔法開発しないかな。


 ハクラギ・リンフォードは、ママ上が百五十年ほど前に滅ぼした魔帝ノクルドが、飼っていた奴隷に産ませた子だと言われている。奴隷は人間で、人界では『聖女』と呼ばれていたらしい。俺は魔族なので悪事にどうこう言う気はないけど、それでも千年前からすでに評判が最悪だった魔帝に捕まったのは嫌だっただろうなぁ、と思った。彼女の死が、せめてママ上による穏やかなものであったことを祈りたい。

 ハクラギは、産み落とされた瞬間から魔帝の居城の地下牢に幽閉されていたと聞く。ママ上の兵によって発見された時、ハクラギはまだ五十歳くらいだった。子ども相手に可哀想すぎる。俺がそこにいたら、幼ハクラギをよしよしできたのに。

 その後はなんやかんやあったらしく、——この辺の話は全部兵たちがしていた噂の総合だからハブられている俺は面と向かっては聞けない——、ハクラギは魔皇国入りしてママ上の部下となりメキメキと頭角を表して、たった百五十年でオブシディオン最高指揮官となったのだ。

 すごい!かっこいい!

 俺とか千年かかって、やっと聖王を倒せた程度なのに!


「この辺りで食べようか。今日の肉は、ブラックウルフだな。美味そうだ。熱いから気をつけるんだぞ?」

 簡素なテーブルにトレイを置き、背もたれのない木椅子に腰を下ろしたハクラギが、スープを食べ始める。

 ハクラギは、最近軍入りした俺を多分まだ年若い魔族だと思っている。戦歴どころか経歴も白紙だから、そう思うのも当然だ。だからスープの熱さも気にしてくれる。優しっ!好き!俺、熱無効だから溶岩とか食べても大丈夫なのに!あと毒も大丈夫!無数の踊りキノコたちが俺を毒無効にしてくれた!

 スープを一口飲む。美味いかと聞かれても、よく分からない。味がある、というのは分かる。

 俺にとって食事は『食べられる』か『食べられない』かの二択だけだ。

「美味いか?」

 だけどハクラギに聞かれたら全力で美味いと答える。首を縦に振ると、ハクラギは明るく笑って俺の頭をポンと撫でた。


 な、な、撫でたーーー!!

 一生、髪洗わんとこ!


「……こうして話すと、お前が良い奴だってのはすぐに分かるのにな……」

 ハクラギの目が、少しだけ切なげに細められる。失音の術のことを言ってるのだろう。憂いを帯びた眼差し、かっこよ。

「過去に何があったのかは聞く気はないが……、お前は本当によくやってくれている。先日、後方の補給路を襲ったフレスベルクの群れを壊滅させたのもお前だろう?部下から無理やり聞き出してやった。報奨金を渡すよう、手配している」

 ハクラギが言っているのは、オーガとの全面戦争を前に補給路を確保していた時の話だ。


 一兵卒の俺は、えっちらおっちらと袋を提げて徒歩で補給地へと向かっていた。収納の術を使えば手ぶらで行けたけど、それをすると何も持ってないと思われて荷物が増えるだけなので、ちゃんと持って歩いた。

 かなり歩いたところで悲鳴が聞こえ空を見上げると、兵卒Dくらいの魔族が巨大な灰色の鳥に掴まれて飛んでいた。死鳥フレスベルクだ。群れで行動して獲物を襲う。強さはよく分からないけど、多分聖界にいっぱいいたヤタガラスとかいうピカピカした鳥よりは弱い。

 歩きながら術を展開した。仲間を助けるという意識は魔族にはあまりないが、補給地にはハクラギが好きだというお茶が運ばれている。ハクラギの好物を奪うことは、俺が許さん。

 黒い魔法陣から、どんより濁った目の影のような鎧を着たイケオジが召喚される。聖界で俺が堕として手に入れた、眷属Aだ。喋ったりはしてくれないけど、見ているだけで目の保養になる。美しいものは、好きだ。

 イケオジの剣撃から生まれた衝撃波が、上空にいたフレスベルクを全て捉える。灰色の体が真っ赤に染まり、地に落ちてくる。捕まっていた兵卒Dは、無事なようだ。多少高いところから落ちても無傷なのは、さすがに魔族の体といったところか。

『す、すまない。助かった。…ていうか、誰その人…』

と、礼を言われ問われたが、返す声がないので頷いてみたら変な空気になった。こういう時に備えてノートとペンくらいは用意しておくべきだったかもしれない。

 そうしたら、このどんより目のイケオジが聖界の元聖騎士団長だって教えてあげられたのに。


「果物は好きか?私の分もやろう。……内緒だぞ?」

 回想から戻ってきた俺を、圧倒的な太陽光が照らし尽くす。こ、これが聖女の息子の聖力か…!弱い魔族だと死んじゃうんじゃない?俺も死にそう。ハクラギがかっこよすぎて。


 内緒だぞ、だって。

 言い方がすでに最高。


 誰かに自慢したい。後でイケオジ召喚して聞いてもらおう。支配者と眷属は魔力で繋がってるから、意識すれば声というか意思を伝えることができる。眷属化して一切喋らなくなったから、聞いてくれるかは謎だけど。この間ツンツン突いてみたら迷惑そうな顔されたから、多分向こうも意識くらいはあると思う。

 ハクラギが、小さな赤い実を俺のトレイに乗せてくれる。魔界だとすごく貴重な甘味。何食べても同じ味に感じる俺なのに、ハクラギがくれたってだけで美味しく感じる。「美味しいよー!」って言いたいのに、長く一人でいたせいですっかり表情筋が死んでるから「ありがとう」の意思を込めて頷くのが精一杯だ。

 俺の気持ちが伝わったのか、ハクラギが微笑んでくれる。好き……。

 彼に子ども扱いされるのは、嫌じゃない。千歳以上の歳の差なんて、魔界の長い歴史から見たら誤差だ。

 黙々と食べる。残念ながら俺の食はかなり細い。これも千年の結果だ。最小のエネルギーで最大限に動けるように体が作られてしまったんだろう。ハクラギがくれた果実と、スープが入った椀を食べ終わる頃には腹が膨れてしまっていた。

 残っていたパンを、ハクラギに差し出す。俺と違って、彼は大食漢だ。パンだって美味しく食べられた方に良いに決まってる。

「……クロウ、もっと食べないと駄目だ」

 優しっ!好き!

 でも本当にいらないので、首を横に振って彼のトレイに乗せる。ハクラギは少し困ったようにパンと俺を見比べた後、「ありがとうな」と笑って豪快に二口で食べた。

 ちらっと見えた白い歯と赤い舌。かっこよ。俺も食べて!踊りキノコのせいで全身猛毒化してる可能性がある美ボディで良ければ!

 顔には出ないけどニマニマしていると、周囲から視線を感じた。嫉妬、敵意、悪意。俺が感じるくらいだからハクラギも分かっているはず。

 みんな、俺が声を出せないのは知っているけど、それでも一方的にハクラギに喋らせて頷いているだけの俺が気に食わないんだろう。

 せめてもう少し可愛げのある小柄な少年魔族なら別だったかもしれないのに、あいにくそれなりの上背とそれなりの筋肉もある美青年なのである。しかも死んだ目をしていて、一言も話さない上に、無愛想。

 千年かけて固まった表情筋は、お風呂のマッサージくらいでは解れてくれない。

 皇国にあるハクラギ・リンフォード最高指揮官ファンクラブにも入りたいのに、会員規則が『みんな仲良く笑顔で応援』だから諦めてるくらいだ。

 俺たちの食事が終わると兵たちがソワソワと動き始めた。ハクラギを自分たちのテーブルに呼びたいんだろう。さすがにこれ以上独り占めしてしまうと、ヘイトを買いすぎる。もう一度ペコリと頭を下げて、トレイを持ってその場を後にした。




「どうやって最高指揮官に取り入ったんだ?罪人の分際で」

 一般兵用の食堂から兵舎に戻る途中、ひとけのない場所で変な奴に絡まれた。

 魔族なんてのは基本倫理観が終わってる連中が多いから、上の人間の目が届かないところではやりたい放題だ。俺、めっちゃ上の人間なのに。絡まれるのも日常茶飯事だから、別にいいけど。

 変な魔族は、頭に角を生やしている種族だった。一本しか生えてないから、そんなに強くはない。この手の『パーツが多い方が強い』種族って、最終的にどうなるんだろうっていつも思う。角生えすぎてキモいことにならない?

 ぼんやりのんびり考えていたのが良くなかったのか、一本角の魔族が手にしていた棍棒を俺のすぐ側に振り下ろした。巻き起こった風が髪を揺らす。ちょっとだけ涼しい。

「どうせそのお綺麗な顔で色仕掛けでもしたんだろ?オレのもしゃぶってくれよ、声無しルーキー」

 ちなみに『声無しルーキー』というのは、俺のあだ名だ。『声無しギルティ』とかじゃなくて良かった。

 正直、この手の連中はしょっちゅう現れる。魔皇国は今や、魔界で最も大きな国だ。血の気の多い奴も多いから、軍の規模は膨らむ一方。末端まで入れるとどれくらいの数になるのか、見当もつかない。そしてそこでは当たり前に暴力が横行している。怪我をするだけならまだマシで、命の奪い合いも珍しいことじゃなかった。

 一本角の魔族の手が俺に伸びてくる。ハクラギの手の感触が上書きされたら、一週間は寝込みたくなる。スルリと避けると、一本角の魔族が面食らったような顔をした。

 いや、避けるでしょ。汚いし。逆になんで触れると思ったのか、聞きたい。

 靴先を少し持ち上げ、トン、と地面を叩く。

 一呼吸もしない間に一本角の魔族の足元に黒い魔法陣が描かれたかと思うと。

 地から伸びるように現れた巨大な黒い犬の口が、その肩あたりまでの一気に飲み込んだ。


「——……は?」


 何が起きたか全く理解できていない一本角の魔族の体から豪快に噴き出た血が、犬の口に吸い込まれていく。

 犬っていうか、多分フェンリルだ。俺が聖界で堕としてきた眷属Bである。元は白い毛並みだったけど、堕ちたら黒くなった。主に証拠隠滅を担当している。大きすぎて口しか出てないけど、その目は眷属Aと同じようにどんよりしている。

 痛みにようやく現実を知ったのか、一本角の魔族が戸惑いを見せた後、絶望の表情を浮かべた。

 俺は軽く指を振る。

 それだけで、一本角の魔族は犬の口の中に消えていった。

 後には何も残っていない。

 血の一滴さえも。

 振られた棍棒のせいでちょっと乱れた髪を直してから、兵舎へと足を向けた。


 ああ、まったく。

 魔族って奴は。


 つくづく倫理観が終わっている。

次回は5月16日18時更新です。

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