第八話 箱庭の外にも世界はある
捨て駒ボンバーが怖すぎる。
俺の長い魔族生の中でも十五番目くらいに怖い。
だって首から上が吹っ飛んで、頭部が芽と根だけになって、おまけに触手みたいなのぶん回しながら襲いかかってくるんだよ?
俺、魔術師タイプの魔族で良かった。あれと接近戦しろとか言われたら、遠くから石とか投げちゃうかもしれない。
神殿の中に入った俺たちを待ち構えていたのは、襲撃してきた魔族を倒そうと覚悟を決めた人間たち……、ではなく。
彼らと戦いながらも俺たちを見つけた途端襲いかかって来ようとする、頭が植物となった化物軍団だった。
「な、なんだコイツらは!?ウワァッ!」
気の毒に。どんどん人間がやられていく。信仰の芽を植えられているのが上位の神官や巫女、神兵だから、太刀打ちできないんだろう。
……多分だけど。限定解除で一帯が魔界化したことにより、オートだった信仰の芽のプログラム的なものがバグったんじゃないかな。
俺だったらこうするかも、と考えていた、信仰の芽を植えられた人間たちの捨て駒ボンバー化。まさにそれが目の前で起こっている。
魔界の気を感じて、ペナルティを恐れた信仰の芽が自身を守るために人間の意識から実体化。その際に頭がボンバーして植えられていた人間は死亡。信仰の芽は根っこをボディ全体に伸ばして、行動開始。同じ信仰の芽仲間以外を敵と認識。→NOW。といったところ。
あれ……?これ、俺のせい?
神殿の廊下、その曲がり角から飛びかかってきた捨て駒ボンバーを、イケオジ騎士こと眷属Aが両断する。
〈神めッ…!人間をなんだと思っている…!〉
喋れるようになってる。そして死んだ目のまま怒っている。
ここは元々は大聖堂だった場所だ。聖騎士デーヴァレインとして人間を守護していた眷属Aから見れば、捨て駒ボンバーなんて『神の御技』どころか『悪の所業』にしか見えないだろう。
「デーヴァ、俺から離れていいから神殿の中にいる信仰の芽を全部摘んでおいで」
〈御意…!感謝しますッ!〉
走って行った。うーん、やっぱりみんな徒歩。いや、走ってはいるけど。
ガッシャガッシャ鎧を揺らしながら爆速で走って行くその背をハクラギが見ていたので、「知ってる?デーヴァレイン」と聞いてみる。エリシウムヴェイルも知らなかったみたいだし、さすがに知らないか。
「聖界で最も優れた剣技を持つ騎士だと、聞いたことがある」
知ってた。剣に関することには詳しいんだ。俺とか、やたら強いイケオジだなぁ、くらいにしか思ってなかったのに。この間ママ上に俺の眷属は聖界の四守聖霊だ、って教えてもらわなかったら一生気付かずに暮らしてたよ。聖界で色々情報収集してたのに、そこだけピンポイントで外してたの逆にすごいよね。
捨て駒ボンバーを倒したり、捨て駒ボンバーにやられそうな人間を助けてみたりしながら、長い廊下を進んでいく。
普通の神兵や神官との戦闘も予定してたのに、ボンバーたちのおかげでそれがない。もうこれ、ボンバーはむしろ味方と言っても良いのでは。
礼拝堂の前まで来ると、神気が扉から少し漏れているのがわかった。誰か仰々しいBGMとかかけてほしい。今から、ステージボスだから。
ハクラギの一振りで、重量がありそうな扉の原形が無くなる。
ステンドグラスが、赤くなった空の光を透過している。
ズラリと並ぶ、頭がボンバーになった捨て駒たちと。
「——……まさか魔族だったとは……」
なぜか背中から羽を生やしてバサバサしてる、神人がいた。
……そっちが飛ぶんだ、ずるい。
俺は礼拝堂へは入ることなく立ち止まり、進んでいくハクラギの背中に「頑張ってね」と声をかける。
一度刀を鞘に収めたハクラギが、腰を落として構えをとった。
「——…閃」
わ、すごい、俺でも見えない。
多分居合なんだろう、礼拝堂にいた全ての捨て駒ボンバーたちが、一瞬で物言わぬ骸に変わる。
「ハクラギかっこいい!」
思わず拍手すると「や、やめなさい」って照れられた。かわいい。
あれを俺が防ぐとなると、常に全面に防御を展開し続けないといけなくなる。できなくはないけど面倒くさいし、常時フルガードとか魔力の消費がえげつない。
さては魔術特化の俺の天敵だな、ハクラギ。
「神の御兵であるツァイバが一瞬で…!?」
そんでそんな名前なんだ、捨て駒ボンバー。
思えば彼も気の毒な存在だ。神に選ばれたってだけで、ここにいるんだから。
選ばれさえしなければ、どこか世界の片隅で誰かを拷問でもしながら楽しく暮らしていただろうに。いや、それはそれでどうかな。
俺は特にやることがないので、礼拝堂の奥にある大きな石像を見上げた。
上位存在は像をたくさん作りたがる。
なぜならそれが『目』になるからだ。
石像の顔に、生々しい色の目玉が浮かんでいる。ギョロギョロと辺りを見て、……俺と目が合う。
ピースでもしとこ。
すっごいブチ切れた顔をされた。
石像の足元に、お馴染みの魔法陣が描かれる。
〈アマリ、美味シクナイ〉
巨大な犬の口が、石像を丸呑みして消えて行く。
好き嫌いとかあるんだ。
今度好みの味を聞いてみよう。
「おのれ、魔族めッ!神よ!僕に力を!」
犬の好みを考えている間に、神人がテンション上げ上げで一人盛り上がっていた。どういう原理なのか、羽からポコポコと二足歩行タイプの信仰の芽が生まれてくる。大きさは俺と同じくらい。キモい。腕になる部分が蔓みたいになってて、「何するんだろう」と見てたら、やらしい動きで俺に絡みついてきた。
「なんだ、これ。エッチすぎる」
呟いた時には、たくさんいた信仰の芽人間?たちは、とっくに細切れになっていた。
ハクラギが構える刀身が青白くなっているのが見える。
あれは。
魔帝ノクルドの、雷の力だ。
神人がキラキラと輝く剣を振りかざし、ハクラギへと襲いかかる。
アレも、人間としてなら最強に近い個なんだろう。衝撃波を生むほどの速度と、限定解除の領域内にあってもなお溢れる神気。オブシディオン魔皇国軍でも、将軍クラス以上じゃないと厳しいんじゃないかな?
——だけど。
ハクラギの力は、その遥か上を行く。
白刃が、閃く。
「……人界に来て、様々な人間を見てきたが」
音もなく。
神人の体が、縦に割れた。
「貴様が最も、クロウの目に映るに値しない」
わぁ、照れる。
これはもう、スパダリと呼んで良いのでは。
わかってる。
わかってる、って。
ハクラギは俺をそういう目では見てない、でしょ?
だから心の中でキャッキャしてんの。
思うだけなら、タダ!
割れた神人が雷の熱によって燃え上がる。あまりの高温に炭となり、骨となり。
灰となって、その場に散らばった。
……終了。
眷属Aの方も、大神殿内の草むしりが終わったみたいなので撤収させる。ちょっと悲しんでいる気配がしたので、よしよししておいた。イケオジは、本当に良い人だ。善!って感じで。俺のせいで魂の色が真っ黒になってはいるけど。
「クロウ、怪我はないか?」
「ピンピンしてるよ」
「……そのようだ」
ホッとしたように、ハクラギが笑う。ペナルティ中の雑魚の俺を見てたからね、彼は。心配するのも無理はない。
「その雷の力、ノクルドの?」
問いかけるとハクラギは、静かに頷いた。
「強かったからね、彼。俺は千年前の姿しか知らないけど、それでも当時の俺よりも強かったよ。極悪だったけど」
「さすがに陛下には勝てなかったようだが」
「……彼女と比べるのは厳しいな。……多分どこかから、『堕ちて』来た人だから」
「——……」
ハッとしたような顔をするハクラギに「行こう」と声をかけて踵を返す。
道を引き返し大神殿の正門前まで戻ると、跪いて平伏する人間たちで辺りが埋め尽くされていた。
「ご主人様!わたし頑張りました!」
女の子がニコニコしながら手を振っている。白い巫女装束と黒い髪のコントラストが眩しい。しかもご主人様呼びになってる。
「街の人たちに真実を、ご主人がわたしに伝えてくださった『生きている間も死んでからも神々がわたしたちを弄ぶ様子』を、夢にして見せてあげたんです。そしたら皆、わたしと同じように目を覚ましてくれて…!とっても嬉しくて!力を合わせて、街にいた頭が芽になってしまった人たちを、全部倒してきました!」
よく見ると、平伏してる人間の中にチラホラと血だらけの棍棒を横に置いている人がいる。……あれ、お団子屋さんだ。親切な兵の人たちもいる。みんな無事でよかった。無事って言っていいのかな。
女の子は「真実を見せた」と言ってはいるけど、ナイトメアは自身の意思も夢と一緒に送り込むことができる。
……ひょっとしてこれ、洗脳がスライドした感じ?
捨て駒ボンバーにする予定もないし、嘘で操ってるわけじゃないから、ギリセーフ?
明日もハクラギが楽しく買い食いできそうだから、……ダブスタ上等、良しとしよう。
とりあえず褒められたがってる女の子の頭を撫でる。エヘエヘと照れた女の子は「さぁ、この街をお治めください!」と煌めく笑顔で言った。
神都サンクトリア。
いや、新生魔都サンクトリア。
制圧完了、である。
空がひび割れ、赤い色が剥がれ落ちて行く。
限定解除も、効果切れだ。
またチャージしておかないとね。
喉の圧迫感が戻ってくると同時に、身体を包むペナルティが復活する。
しばしのお別れだ、俺の声。




